【オカルトマニア番外編】ハッピーハロウィーン
「ハッピーハロウィーン、三隈さん!」
待ち合わせ場所目前で三隈清孝の前に飛び出して来たのは、魔女帽子を被った高野姫だった。
ひと口に魔女帽子といっても、細かな装飾が施され、かなりの拘りを持って製作されていることが判る。おどろおどろしさも存分に含んだその衣装は、今日、この場にこそ相応しい。
骨を模ったネックレスに、ペットのつもりなのかかなりリアルな見た目の切り落とされた手を肩の上に乗せ、作り込まれた魔導書型の鞄を持っている。
「……あの、三隈さん?」
じっと衣装の出来を眺め、心の中で褒め称えていた三隈はハッとして目を上げた。
「……どうも。ハッピーハロウィーン。凄いね」
「そうですねぇ。思ってたより賑やかでびっくりしちゃいました」
そう言って通りを振り返る高野は、三隈が衣装について感想を述べたのだとは気が付いていないようだった。
──まぁ、別に良いけど。
「いやいや、三隈は『高野さんの衣装、凄いね』って言ったんだよ」
ニヤニヤとしながら歩み寄って来た稲田卓也が「な?」と首を傾げる。それに「まぁな」と応えてから、三隈は稲田の全身を見回した。
「お前は吸血鬼か」
「そ。俺も似合ってるでしょ」
稲田は、紅色のベストに黒いマントを羽織り、口元には鋭い牙を覗かせていた。
「この間見た映画の吸血鬼がとっても格好良かったので、稲田さんには吸血鬼になって貰いました。市販のものに少し手を加えただけですが……」
「いやいや十分凄いって。俺は今日お供出来るだけで楽しいし。こんなイベントやってたのね」
今日は、ハロウィーン。
三隈と稲田は、高野に誘われて、とある商店街のハロウィーンイベントに参加することとなった。
想像より賑わっている商店街では、道行く人々皆が思い思いの仮装をして楽しんでいる。
「今日は、急なお誘いだったのに、本当に有難うございます」
元々は友人と訪れる予定だったという高野だが、友人に急遽仕事が入って予定がなくなり、折角用意した衣装もお蔵入りか、という所、その話を聞いた稲田が「じゃあ俺達と行こうよ」と言い出したのだった。
「無秩序なハロウィーンは迷惑なだけだが、こういうのなら興味あるし、気にしなくていい。──さっき『はぢっかき』らしき仮装が居た。あとアマビエ女子がやたらと多いが、一体何人と遭遇するのか気になってる」
昔懐かしい雰囲気を持った商店街だからか、全体の仮装の傾向は日本の妖怪が多いように感じられた。当然、西洋のモンスターや、それ以外の仮装も見られ、和洋折衷の百鬼夜行の様相を呈している。
「もう早速楽しんでんじゃねぇか。その前に、まずは仮装だろ」
稲田が呆れた笑みを浮かべて言った。
「そうだったな。──言われた通り、黒い服を着て来たけど」
そう言うと、ひとつ頷いた高野は、手にしていた袋から黒いカチューシャを取り出し掲げて見せた。
「三隈さんは、黒猫さんです!」
背伸びをし、三隈の頭にカチューシャを付けた高野は、再び袋に手を突っ込むと、尻尾と肉球付き手袋を取り出した。そうして、三隈と目を合わせ、動きを止める。
「あ……あの、猫さんお嫌ですか……?」
「いや……? だが、高野さんが魔女で稲田が吸血鬼なら、定番でいけば狼男とかフランケンだとかその辺りで来るかと思ってたんだがな。黒い服指定というところは気になったが、まさかの黒猫? 使い魔? そもそもハロウィーンに黒猫のモチーフは定番といえば定番だが、男の俺にそれをさせるのか? というか、猫ってなんだ。猫って。そこら辺に居るだろ」
ぐちぐちと言う三隈の横で、稲田が盛大に吹き出し、腹を抱えて笑い始めた。
「いーじゃん、かわいーじゃん! それに、黒猫って似合うんじゃねぇ? お前基本的に黒いし、なんか素っ気ないとこもあるし、猫みたいなもんじゃん。高野さん、ナイスチョイス!」
「あ、あの、でも……」
きょろきょろと視線を彷徨わせる高野の手から残りの衣装を取り上げた三隈は、淡々とそれを装着し、ひたと高野を見下ろした。
「似合ってるか?」
「に、似合ってます!」
「おい、三隈! 語尾に『ニャ』って付けて喋れよ。猫なんだから!」
そうゲラゲラと笑う稲田を睨み付けたが、「猫耳のせいで迫力ねぇー」と更なる笑いを生んだだけだった。
思わずはぁ、と息を吐いた三隈の前で、高野が申し訳なさそうにしているのに、もう一度息を吐いた三隈は、顔を上げた。
「まぁ、別に猫でもいい。こんな所で文句を言うつもりはない。準備をして貰った訳だからな」
しかし、高野は未だ表情が晴れる様子はなく、何かを言いたそうな顔をしている。
「なんだ? まだ装備があるのか?」
「え、えーと……。本当に、三隈さんには黒猫さんが似合うと思って、完全に私の好みに走ってしまいました。実際に見てみて、本当に似合っていて素敵だと思ってます。それで……その……」
そこで言葉を止めた高野は、鞄から一本のペンを取り出した。
「お鼻とおひげも描かせて頂けませんか! ちゃんとメイク落としを持ってきたので、最後は責任を持って落とさせて頂きます!」
そう言って、ぺこりと頭を下げる。
笑いを堪えていた稲田が目線で訴えるのに、三隈は長い溜め息を吐いてから答えた。
「判った。腹をくくる。好きにしてくれ」
「有難うございます!」
パッと顔を上げ嬉しそうな笑みを浮かべた高野に、内心で苦笑しつつ、三隈は高野の前に屈み込んだ。真剣な顔をした高野が、手にしたペンで三隈の顔に鼻とひげを描き込んでいく。
覗き込みニヤニヤとしている稲田を睨み付けていた三隈だったが、ふと手を止めた高野に気が付き、眉を寄せた。
「終わった?」
「あ、終わりました。その……とっても可愛い猫さんになりました」
ニコニコとする高野の横で、稲田はじろじろと顔を見回すと、ニッと笑った。
「いーんじゃね? 完璧黒猫じゃん」
「……さっきまでニヤニヤして馬鹿にしてた癖によく言う。十字架押し付けるぞ」
「馬鹿になんてしてねーよ。あと俺には十字架は効かねぇよ! そんなことより、写真撮ろーぜ!」
さっとスマートフォンを構えた稲田に急かされるようにして、三隈はひとまず表情を作った。
「稲田さん、あとで送って下さいね」
「おっけー。というか、高野さん単体でも撮っておこ。友達に写真撮って来てって言われてるんでしょ?」
「あ、はい。じゃあお願いします」
稲田がポーズを決める高野を撮るのを眺めていた三隈は、おもむろにスマートフォンを取り出し、二人を写真に収めた。
それに気が付いた二人が、不思議そうに顔を向ける。
「ん? 何撮ってんの?」
「稲田と高野さん」
「いや、せめて表情作らせろよ!」
画面を覗き込んだ稲田が、微妙な顔をするのに、高野は可笑しそうに笑い声を上げた。
「こういう普通の感じもいいですね。あとで見返した時に今日の思い出が蘇ってきそうです」
「……そう? んじゃあ俺も後で気が向いた時に撮っちゃお」
「私も撮ります!」
そう盛り上がる二人の肩を、三隈はポンと軽く叩いた。
「ひとまず行こう。腹が減った」
「そういや、そうだな。俺は早めに終わったから此処来る前に軽く食って来たけど」
今日は土曜日。
当然三隈は通常仕事。稲田は催事手伝いに出ていたのだった。
「そうですね! 事前に気になるお店をチェックしてあるんです!」
そう言ってマップを取り出した高野に釣られるようにして、三隈は歩き出した。
なかなかに力の入ったハロウィーンイベントだけあって、出店の熱量も凄まじいものがあった。
目玉や指、血液……見た目はどれも通常人間が食べるものではないが、確かな味の料理の数々が飛ぶように売れ、それを妖怪やモンスターに扮した者達が食べている。
まさに、異界へ迷い込んでしまったようだ。
──思っていたより、面白いな……。色んな国の〝ハロウィーン〟が合わさっているが。
音楽のステージや、ジャックオランタン作り、ハロウィンにちなんだクイズ大会。怪談会なども催され、この賑わいも頷けるというものだった。
既に混沌と化しているが、それが異界と言われればそうだとも思える。
目玉型のゼリーを食べながら、興味深く辺りを見回していた三隈は、ふと自分の格好を思い浮かべ、内心で息を吐いた。
──どうせ猫なら、猫又とか火車が良かった……。文句は言えないが。
その時、突然鳴ったパシャリ、という音に目を向ければ、高野がスマートフォンを構えていた。
「盗撮禁止」
「盗撮じゃないです。思い出作りです。さっき三隈さんも私のこと撮ったじゃないですか」
「あれは記録だから」
「同じようなものですよ!」
頬を膨らませていた高野だったが、ふと三隈の手元に目を移し、難しい顔をした。
「食べる?」
目玉ゼリーの入ったカップを差し出すと、高野はふるふると首を横に振る。
「あ……そうじゃなくて、よくそんなに平気な顔で食べられるなぁ……と思って。ゼリーって判ってても、口に入れるの躊躇しませんか? 絵面だけ見ると、目玉を食べる三隈さんでしかなくって、結構ホラーです」
そう言って高野が掲げて見せたスマートフォンを覗くと、気難しそうな顔をしながら目玉ゼリーを手にする自分の姿は、確かにホラー世界の住人に見えなくもなかった。
──人食い猫だと思えばいいのか。
内心で納得し、またひとつ目玉ゼリーを口に放り込む。
血管までリアルに表現された目玉ゼリーは、確かに躊躇う者も多いだろうが、食べてみれば爽やかな甘みが美味しい。
「お待たせー。今、ヴァンパイアな女の子達と写真撮って来ちゃった、俺」
両手にカップを持った稲田が、ニコニコとした笑みを浮かべながら言った。
「そうか、良かったな」
「お、妬いた? 俺、モテ期到来かもね」
「妬かない。本物のヴァンパイアなら多少は興味があるがな」
稲田は、じっと三隈を睨み付けるようにしたが、しかしすぐに高野へとピカピカと光るカップを差し出した。
「はい、高野さんの。なんか……ハロウィーンスペシャル」
「有難うございます」
濃い紫やピンクに黒、とおよそ飲み物とは思えない色をした液体の中で、氷を模したライトがピカピカと光っている。
一口飲んだ高野は、首を傾げた。
「……苺というか、フランボワーズ……でも、なんだかかぼちゃの風味もあるような……それなのに、美味しいと感じるのが不思議です」
その評に、稲田がクックッと笑う。
「お前のそれはどうなんだ? 想像していたより血液だが」
稲田が手にしているのは、濃い赤をしたどろどろの液体だった。見た目はまさに血液そのものだ。その名も「ヴァンパイアドリンク」。
一口飲んだ稲田は、眉を寄せ、やはり首を傾げた。
「なんだろこれ。酸っぱいような感じもするし、でもどろどろしてるし。血って飲んだらこんな感じなのかなーって感じの炭酸。まぁ、美味い……かな?」
そう言った稲田は、「よく判んない飲み物飲んでる俺達ぃ」と言いながら、高野と写真を撮り出した。
それを視界の端に捉えながら、三隈は改めて道を行く人々に目を向けた。
アメリカ式のハロウィーンが基になっているのだろうが、日本の妖怪が多く見られ、時代も何もかもがあべこべの空間。
ひょっとしたら、この中に〝本物〟が混ざって、この混沌とした場所を楽しんでいるかもしれない。そう考えると、わくわくとした気持ちが湧き起こって来る。
──オカルト全般に言えるな、この感情は。
未知のものに寄せる思い。
解き明かそうとしても長年それが叶わないでいる様々な不思議なこと。
──ここは、それを体感出来る場所、か。
「おい、何ニヤニヤしてんだよ」
稲田が頭を小突くのに、目を上げる。そうしてから、摩訶不思議な空間に目を戻し、言った。
「日本の妖怪や幽霊達も楽しんでいるだろうか、と思ってな」
釣られたように辺りを見回した高野が、嬉しげに笑う。
「そうですね。そう考えると、楽しいですね。ハロウィーンってお化け達のお祭りですから」
その言葉に、三隈はさっと鋭い視線を向けた。
「いや、そもそもハロウィーンというのは、古代ケルトのサムハイン祭が起源と言われているが、サムハインは夏の終わり、そして冬の始まりという意味を持つ。最初は収穫祭の意味が強かったと言われているんだ。ケルトに関しては文書記録が残されていないからはっきりとしたことは判っていないが、今行われている〝ハロウィーン〟というものは──」
「待て待て待て。急に変なスイッチ入れんな! 絶対長くなるだろ、その話!」
「……まぁな」
話を遮られた三隈だったが、確かに今此処で語るには騒がしいし、時間が足りない。
目玉ゼリーの残りを口に放り、立ち上がった。
「まだ気になるものがあるって言ってたよな? 俺達は終電前には帰らないとならないからな。そろそろ行こう」
このイベントの気合いの入り方で特に他と違うのは、夜通し行われるということだ。
しかし、三隈と稲田は明日も仕事がある。当然、明け方までここで過ごし、そのまま出社するなんてことをするつもりはない。そして、高野を一人で残していくつもりもない。
「はい、行きましょう」
「だな。そういえば、あっちでお菓子配ってるって、女の子達が言ってたぜ」
そうして、三隈達は混沌とした日本風ハロウィーンを楽しんだのだった。
夜通し行われるイベントとはいえ、家族連れや三隈達のように明日も仕事があるなどの大人達は少しずつ帰路に就き、三隈達もそろそろ帰るかという話になった頃、高野が突然「あっ」と声を上げた。
視線の先を見てみれば、猫の被り物をした店主が、小さな台を前に屈み込んでいた。三隈達の視線に気が付くと、ちょいちょいと手招きする。
「この黒猫さん! 三隈さんに似てませんか?」
台に並んでいたのは、羊毛フェルトで作られた様々な模様の猫達だった。どれもハロウィーンに相応しい格好をしている。
その中で高野が指差したのは、ツンと澄ました表情でちらとこちらを見つめる黒猫だった。魔女帽子を被り、マントを羽織っている。
──別に、こんなに澄ましてるつもりはな──
「おー、本当だ。なんかツンとした感じが三隈っぽい。しかも、今日の俺達の要素全部入ってるくない?」
「わ、本当ですね! 帽子にマントまで! 今日の思い出に買っちゃおうかな」
そう言った高野に、猫の店主はちょいちょいと看板を指差した。
『猫の方が猫語でご注文で五百円ですニャ』
パッと高野が振り返る。
稲田がニヤリと笑みを浮かべる。
猫の被り物の奥から、店主の熱い視線が突き刺さる。
「……いや、作品は適正価格で購入するべきだ。高野さんだってその値段で納得して買おうとしたんだか──」
しかし、店主はもう一度看板をちょいちょいと指差して見せ、高野と目を合わせ「ねー?」と小首を傾げて見せる。
「ほら、三隈」
酒が入りいつも以上にへらへらとしている稲田が、面白がっているのを隠しもせずに言った。
じろりと三人の顔を見回した三隈は、はぁと息を吐いて黒猫を指差した。
「……この黒猫をくださいニャ」
わぁっと店主は全身で喜びを表し、期待の瞳を向けていた高野はぴょんぴょんと飛び跳ねる。
──高野さんも、呑み過ぎじゃないか。
高野は、稲田と盛り上がり色々とアルコールドリンクにも手を出していた。足元はふらついていないし、呂律も回っているが、それでもいつも以上にふわふわとしている感じがある。
取り出した財布を仕舞うように高野に手を振った三隈は、猫の店主に五百円玉を渡すと、リボンで飾られたビニール袋に入った黒猫を受け取った。
それを高野の手に乗せ、歩き出す。
「あの、三隈さんお代金を……」
後ろを追って来た高野を肩越しに見やる。
「別にいいニャ。この黒猫を見る度に今日のことを思い出すと良いニャ」
「わぁ、有難……ん?」
首を傾げた高野の横で、稲田が笑いを堪えるように唇を噛み、しかしたまらず吹き出した。
「お、怒ってる……めっちゃ怒ってんじゃん!」
「えぇ⁉ ごめんなさい三隈さん! そんなつもりはなくて! 猫語喋ってる三隈さん可愛いとか思ってごめんなさい! 完全に好意的に捉えてましたごめんなさい!」
謝りながらも嬉しそうに笑う高野をじとりと見つめ、足を止める。そうして三隈は、満面の笑みを浮かべ、言った。
「呪いというものは、相手に『呪われた』と知らしめることでより強い効力を発揮するニャ。高野さんは今呪われたニャ。今夜は無数の目玉に見つめられ続ける夢を見るニャ。しかも、その黒猫を見る度にそれを思い出して目玉の夢を見るニャ。せいぜい楽しみにしているが良いニャ」
「の、呪いの猫さんにしないで下さい⁉」
手に持った黒猫を小さく振りながら、高野は困ったように眉を下げた。
三隈は、ケタケタと笑っている稲田にも目を向けた。
「お前もだニャ。そんなに俺にニャーニャー言って欲しいなら、一晩中猫語で怪談を語り聞かせてやるニャ。夢の中なら、ただ恐怖が残る目覚めが最悪な話になるだろうニャ」
ひーひー言いながら笑っていた稲田は、目元を拭うと、未だ笑いを残したまま手を合わせた。
「ごめんって。もう十分ニャーニャー楽しんだよ。……動画撮ったから、またいつでも見られるし」
「今すぐ消せ」
おろおろと三隈と稲田を見やっている高野に視線を戻した三隈は、はぁとひとつ息を吐いた。
「まぁ、今日はなんだかんだ楽しめた。有難う、高野さん」
「え、あ……その、私も凄く楽しかったです。黒猫さんも大切にします」
「呪いは本当だけど」
「えー⁉」
驚きに声を上げる高野の様子に、思わず笑っていた三隈は、ふとその肩に目を留めた。ずっと肩に乗せていたあのリアルな切り落とされた手がなくなっている。
商店街の奥を振り返るが、まだ多くの人々がいるせいで──いや、この混沌とした場所で小さな手が見つかる訳がなかった。
「高野さん、手がなくなってる。時間もないし、本部に届いてないか訊いてみよう」
念の為、辺りを見回しながら言って本部に向かおうとした三隈は、稲田に肩を引かれ振り返った。
「なんだ? お前が持ってるのか?」
「いや、えーと……手って何? 高野さんの手はちゃんとあるっていうか……そういう仮装じゃねぇだろ」
二人は、ぽかんと三隈を見つめている。それに眉を寄せながら、三隈は答えた。
「肩に乗っけてただろ。やけにリアルなやつを。あれだよ、映画に出て来るハンドみたいなやつだ」
「え?」
不安を滲ませた声で言った高野は、「え?」と繰り返し、稲田を見上げた。
ガシガシと頭を掻いた稲田が、首を傾げる。
「マジで、何の話?」
「そういう古典的なドッキリは要らない。──そうだ、写真を見ればどの辺りからないのか判る筈だ」
スマートフォンを取り出した三隈は、高野を写した写真を何枚も見ながら、その最初までスクロールして動きを止めた。
写っていなかった。
何処にも、あの妙にリアルな切り落とされた手は──写っていなかった。
「お前……何、見てたの?」
「くそっ、あれこそ本物か⁉ 探せ。何処に行ったんだあの手は⁉」
駆け出そうとすると、稲田の手がぐいとそれを止めた。コツンと頭を小突かれる。
「お前も明日仕事だろ。終電に乗ることになるぞ」
思わず唇を噛んだ三隈だったが、しかし長い息を吐いて気持ちを落ち着かせた。
「……確かに、そうだな。明日は朝も早いし。……くそっ、もっと早く気が付くべきだった」
「でもでも、本当にお化けがハロウィーンを楽しんでいたってことですよね」
励ますようにそう言った高野は、しかし徐々に表情を曇らせた。
「……私の、肩に居たんですか?」
「そう、そこに。随分気合が入っているなと感心していたが、まさか本物だったとはな」
三隈の言葉を聞く内に、高野の顔はみるみる青褪めていった。
「どうしましょう。怖くなってきました……」
呟くように言った高野は、しかしハッと顔を上げると笑みを浮かべた。
「とりあえず帰る支度をしましょうか。三隈さんのメイクも落とさないと」
そうして手早く着替えを済ませたが、それでも高野は何処か不安を滲ませていた。
稲田と目線を合わせ、小さく頷き合う。
「高野さん、俺達が送って行くよ」
「え?」
高野は振り返り、二人の顔を交互に見比べた。
「元々そのつもりではあったから。俺の見たものでそう怖がらせるのも悪い気がするし」
でも、と遠慮する高野の肩を、三隈はそっと押した。
「いいから。電車を逃すと俺達が帰るのが面倒になる。俺はまだ徒歩でもなんとかなるが、稲田は少し面倒臭い」
「まぁ、電車なくなったらタクシーでもなんでも使うよ」
そう言って、稲田はニッと笑みを作った。その口からはにょきりと牙が覗いている。
「お前、まだ吸血鬼だぞ」
「あ、やべ」
ケラケラと笑った稲田が牙を取ると、高野もクスリと笑みを零した。
こうして三人は、丁度ホームに入って来た電車へと乗り込んだのだった。
次の朝。
ニャーニャー鳴く目玉に支離滅裂な怪談を聞かされるという夢を見た三隈の目覚めは、最悪だった。
ぱしゃぱしゃと顔を洗い、鏡に映る顔をじっと見つめる。
「冗談でも、気軽に呪いなんてかけるもんじゃないな」
呪いとは、返るものでもあるのだから。




