婚約破棄が流行っています
明るく眩いばかりのシャンデリア。豪華絢爛な温かい食事が並び、色とりどりのドレスを纏った貴婦人たちが笑い合う。
わたくしはそんな人々の間を、コツコツとヒールの音を響かせながらすり抜けていく。
見えてきた。
ホールの中央あたり、わたくしの婚約者のはずのジェニファー・スティングラとその自称幼馴染のエリシア・フィーティア。わたくしのエスコートもせず、エリシアを腕に引っさげているジェニファーに向かってわたくしが歩みを進めると、わたくしの姿を目視したジェニファーが一瞬焦ったような表情を浮かべ、ご自慢の金髪をさらりと触った。
ちらりと時計を見ると、今夜の夜会の主催者である王家の皆様の入場まで残り5分ほど。間に合うわね、と心の中で呟きながら、わたくしの後ろを歩く執事のセバスに視線を送る。どこからかセバスが取り出した書類を受け取り、ジェニファーに突きつけた。
「ごきげんよう。婚約者様。あなたの婚約者たるわたくしをエスコートせず、お友達とこちらへ? この夜会は婚約者か結婚相手、そのどちらもいない者のみ親族との同席が許されている……わかっているのかしら?」
「め、メリアーノ……いや、エリシアには相手がいないというものだから……」
慌てながら言い訳をするジェニファーを一瞥し、書類を差し出す。エリシアは身分差も考えずにわたくしを睨みつけている。愛らしいと評されるピンクゴールドの髪とその容姿がもったいないものだわ。
わたくしの言葉と、二人の様子に、周りの方々がザワザワとなさっている。
「まぁいいわ。時間がないから簡潔に言うわね。わたくし、そんな男いらないの。婚約破棄いたしますわ。こちらの書類にサインいただけるかしら?」
最近物語や劇団でよく流行っている婚約破棄。わたくしがする運命になるなんて思わなかったわ。
セバスが書きやすいようにとわたくしの差し出す書類の下に板を挟み、インクをつけたペンをジェニファーが取りやすい位置に持つ。
「い、いや。だから、単なるエスコート相手で、」
「え、私たちお友達なんですけど、妬いちゃいましたかぁ?」
ジェニファーの肩を触りながら、エリシアがわたくしに向かってニヤニヤと笑みを浮かべる。
チラリと時間を確認したわたくしは、言い訳を重ねる彼らに盛大なため息を落として、頭を抱えた。
「こんなこともいちいち説明しなければならないの? まったく……スティングラ伯爵家も落ちたものね。あぁ、最初からフィーティア子爵家については眼中にもないから結構よ」
そう言い放ったわたくしに絶句する二人を無視して、わたくしは説明する。
「今夜の夜会は婚約者か結婚相手以外のエスコートは禁じられているのは先ほど説明したわよね? いない相手は親族も許されているけれど……それを無視したあなた方。いえ、あなた方の家がどうなるかわかるかしら? 謀反の罪で一族郎党皆処罰を受けるわ。なにかしら。この平和な安定した世を、そんなつまらないことで混沌とした派閥争いの世に戻したいのかしら? わかったなら、わたくしとの婚約を破棄してさっさとそこの子爵令嬢と婚約なさい。陛下方がいらっしゃるまで時間がないの」
わたくしの言葉に、ジェニファーが息を呑み、エリシアが顔色を悪くする。我が家に婿入り予定のジェニファーも、わたくしの従兄弟にちょっかいをかけようと必死だったエリシアも、お互いを婚約者として置くのは想定外だったのだろう。単なる火遊び程度の気持ちで、一族郎党皆処罰、少なくとも張本人たちは処刑される覚悟などなかったのだろうから。外務卿として夫婦で他国に行っているスティングラ伯爵も、まさか実の息子がこんなことを起こすなど思わなかっただろうに。
「い、一度婚約破棄するが、後からメリアーノと再び……」
ジェニファーの言葉に笑顔を浮かべたわたくしが、ちらりと時計に目をやると、わたくしの表情に安堵の息を吐き、時間を見て慌てて、二人は書類にサインした。
「セバス。早急に提出してきてちょうだい」
「はい、お嬢様」
セバスが書類を提出するまでと、陛下方がいらっしゃるまでには間に合うだろう。ほっと胸を撫で下ろすわたくしの手を取ろうとするジェニファーの手を振り払い、わたくしは微笑む。
「婚約者でもないのにやめてくださる?」
「そんな拗ねるな、メリアーノ」
「拗ねる? いいえ。あなたみたいな男が婚約者になるなんて、金輪際お断りだわ。もちろん、わたくしのお父様の了承も、スティングラ伯爵家ご当主の了承も得ているわ。命があるだけわたくしに感謝なさい」
ジェニファーにそう言い切ったわたくしは、後ろを向き、二人から離れ、お父様の近くに戻るためにヒールの音を響かせながらその場を後にした。
「皆、今日という良い日に集まってくれ、余は嬉しい。……おや?」
ジェニファーとエリシアの姿を見て首を傾げた陛下に、側近の方が耳打ちする。陛下は、わたくしの方をみて小さく頷いてくださった。
「今夜も楽しんでくれ」
陛下の様子を見ていた第一王子殿下と第二王子殿下は、わたくしの方に視線を送りながら、お互いを牽制し合っている。
そんな様子に思わず笑いながら、わたくしは今夜も夜会を楽しむのだった。
子爵家は方々からの圧力で取り潰しに。
継ぐ爵位のないジェニファーとエリシアは平民落ちだが、生きれることをメリアーノに感謝しろと両親から散々言われ、毎日罵倒しあいながら夫婦として過ごしている。
女公爵になる予定のメリアーノの元に婿入りするために、第一王子と第二王子は次の王位を押し付け合っているとかいないとか。




