陽の氷
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
星をなぜ昼間に見ることができないのか? みんなは自分よりも小さい子に、こう尋ねられたら、どのように答える?
星々の光は太陽に比べるとずっと弱いものだ。昼間は他にも強い光が多く、それらに隠されてしまうわけだね。しかし、見えないだけであって、その場に存在しないわけではない。
もし、目のスペックをあげることができたのであれば、昼間に星を見ることもできるだろう。けれども、それでは他の光があまりに明るすぎてしまい、目は自身の処理能力の限界を超えて、どうにかしてしまうだろうな。
やりたいという欲求はあれど、身の程をわきまえないと余計な被害や疑いを受ける。世の中のなんとも難しいところだ。
手の届かないことは、手の届く誰かに任せておけばいいのだろうけど、背伸びして思うようにやりたい……という気持ちも否定できない。子供のうちは特に。
だが、親たちはみな、かつてはみんなと同じように子供だったんだ。親の心子知らずはあれど、子の心親知らずはなかなかない。
知っているからこそ口すっぱく話し、危うきに近寄らせまいとする側面もあるだろうが……お互い、人間だからこそ理解は難しかったりするものさ。
先生の昔の話なのだけど、聞いてみないか?
夜、むやみに外を出歩いてはならない。
小さいころ、みんなも少なからず注意されたことではないか? 昼間が光あふれる時間ならば、夜間はそれらが極端に少ないとき。なにが暗闇の中へひそんでいるか分からず、どのような被害を受けるか予想できない。
大人でさえ不十分なのだから、人生経験値で劣る子供にとっては危険のかたまりだ。外出を控えさせるのは当然の判断といえる。
そして、そのような「ダメ」を超える機会があるとき。心はわくわくして、つい足も軽くなったりしてしまうものだ。
いつもは門限のある先生だったが、その日は部活動の打ち上げということもあり、帰宅は遅くなっても構わないといわれていた。
今みたいに、スマホでポンと連絡というのが難しいご時世だったからなあ。親としては早いところ帰ってこないか、気が気でなかっただろう。
しかし子供側としては、自由が利く時間を手放すことはあまりにもったいなく。先生も解散時刻を過ぎても、真っすぐ家には帰らずに、コンビニのホットスナック買い食いという、ささやかながらこれまで全然やったことないものに、目を輝かせていたんだ。
周囲はすでに暗くて、街灯もとっくにつき始めている。それでも昼間の明るさにはほど遠く、車もほとんど通らなければ、空にまたたく星もない。
先生は点々とした明かりのもとをたどって、家へ歩いて行ったのだけど。
家まで二百メートルあたりの地点。
明かりのない曲がり角で、先生はふいに何かとぶつかった。反射的に頭を下げて謝ってしまったものの、ぶつかった相手からの反応はない。しかも、衝突した瞬間の身体は、飛び上がりそうなほど冷たかったんだ。
数歩あとずさった先生がみたのは、でっかい氷だった。まさに氷壁とたとえるにふさわしく、車がすれ違える幅の道路をすっかり塞いでしまう広さがあったんだよ。
この道、元から利用する車はめったにいない。この時間ならば、なおさら困る人は少ないだろうが、この氷だけでも異様すぎる事態だ。
先生としては家直前で通せんぼされた形。気味悪さに気に食わなさがブレンドされた、嫌な気持ちが渦巻くのを覚えつつ、先生は氷を観察し始めた。
特徴的なのが、氷そのものがほのかに光を放っていること。
このあたりはちょうど光源が途切れ、本来であれば闇に沈んでいるべき箇所。それがこの氷全体はそれ単体で視認できるんだ。氷の内側に、なにか仕込みでもあるのだろうか。
氷の表面は鏡のようで、近づけば先生の顔も映り込む。いったい、何者がこのようないたずらをしているのか……と首をかしげながらも、あらためて氷へ触ってみた。今度は服の袖で手のひらを覆ったうえで、だ。
先ほどよりもマシとはいえ、やはり相当に冷たい。しかも、ほんの少しの接触で袖が氷にくっついてしまうほど。
力任せに引きはがしたはいいが、そのはがした表面に映っているものが、先生の視線を釘付けにする。
先生の右手の背後に、火の玉が浮かんでいた。
いや、厳密には異なる。弓につがえられた矢、その矢じりに当たる部分に丸い布が取り付けられ、それが赤々と燃えていたんだ。
弓をおさえる手までは見える。けれどもその先にあるべき腕や肩、顔も身体も氷には映らない。
振り返ると同時に、頬のすぐよこを火矢が通り過ぎる。先生はというと、そこに暗い夜道以外の何物も見つけられなかった。体はおろか、氷に映っていたはずの手や弓矢に至るまでもだ。
いっぽう、放たれた火矢は効果を発している。火矢そのものはいずこかへ消えていたが、氷全体が先の赤い火に包まれて溶けだしていたんだ。
火そのものの勢いは強くない。こたつなどの暖房器具を思わせる光でもって氷を包み、溶かしていく。その氷が発するのは、透明な体に似合わない薄い紫がかった煙だったんだ。
溶けるのに時間はさほどかからず、煙と化していく氷がすっかりなくなるころには、空もまた同じ色に染まっていたんだ。
そのまま家へ戻るや、玄関前で待っていた母親にこっぴどく怒られたよ。もうすでに日付が変わったどころか、夜明けも間近な時間だとね。
そんなバカなと、先ほど体験したことを包み隠さず話したけれど、信じてもらえなかったなあ。えらくおしおきを食らう羽目になったよ。
あの氷とその溶かし。世が夜明けを迎えるために必要な、儀式だったんじゃないかなあと先生は思っているのさ。




