10歳の僕と、見えてきた世界
4月 4日
きょうも 青い薬を飲んだ。
頭の中が、どんどん 透明になっていく。
今までは、世界が ぼんやりとした 絵本のようだった。でも今は、カメラのピントを合わせたみたいに、あらゆることが はっきりと見える。
パン作りも 変わった。
今までは ただ 「あったかくて きもちいい」 からパンをこねていた。
でも今は、室内の温度や お水の量、 発酵にかける 時間を 正確にはかりたいと思う。
ギルバートさんに 「温度計はある?」 と聞いたら、彼は 目を見開いて しばらく 動かなかった。
「ガイ、 おまえ、 そんなことを 気にするようになったのか」
彼は 少し震える手で 古い温度計を 貸してくれた。
僕が 論理的に パンを焼くと、 今までよりも 形がきれいで、 味のムラがないパンが焼けた。
それは うれしいことのはずなのに、 なぜか 「パンが笑っている」 という感覚は 消えてしまった。
お昼、 また 例の 三人が やってきた。
彼らは 僕を 「ハッピー・ガイ」 と呼んで、 わざと 小銭を 床に ばらまいた。
「ほら、 ひろえよ ガイ。 おまえ、 犬みたいに ひろうのが 得意だろ?」
以前の僕なら、 しっぽを振るみたいに 笑って 拾っていただろう。
でも、 今の僕には わかる。
彼らは 自分たちが 「まとも」 であることを 確認するために、 僕を 踏み台にしているだけなんだ。
僕は 拾わなかった。
彼らの 目を見て、 静かに言った。
「そんなことをして、 何が 楽しいんですか?」
三人は 顔をひきつらせて、
「チッ、 気味が悪い」
と吐き捨てて 逃げるように 帰っていった。
夜、 日記を書いている。
文字を 書くのが 楽しくて、 辞書を めくる手が 止まらない。
でも、 知れば知るほど、 悲しいことも 増えていく。
僕は いままで ずっと 「かわいそうな人」 として 笑われていたんだ。
あの ヘラヘラしていた 自分を 思い出すと、 胸の奥が ひりひりと焼けるように 痛む。
あしたは もっと 難しい本を 読んでみよう。
先生は 「無理をしないで」 と言うけれど、 僕は もっと 勉強したい。
追いつかなければ いけないことが、 この世界には 山ほどあるんだ。




