六月の監獄と、奪われた一時間
6月 6日
世界が静止する時間が、長すぎる。
以前の目眩は、数分間、目を閉じて嵐が過ぎ去るのを待てば収まる程度のものだった。脳幹の過負荷による一時的なエラー。僕はそう高を括っていた。
しかし、この一ヶ月で、その「エラー」は僕の生活を侵食する巨大なバグへと肥大化している。一度視界が揺らぎ始めると、完全に焦点が戻るまでに一時間、長い時には一時間半以上も、僕はただの「肉体の塊」として床にへばりつくしかなくなる。
今日、大学の実験室でそれは起きた。
ミラー先生に提出する脳波のクロス集計を行っている最中、液晶画面の文字が突然、激しい濁流となって右から左へ流れ去った。
立ち上がることすらできない。僕はデスクの下に滑り込み、冷たいリノリウムの床に額を押し当てた。
知能は、驚くほど冷静だ。僕の意識は、暗闇の中で「今、小脳への血流が一時的に阻害されている」「前庭神経が異常なパルスを発している」と、自分の機能不全を完璧に実況解説している。
しかし、肉体は言うことを聞かない。指一本動かせず、激しい嘔吐感と闘いながら、僕はただ、壁の時計の針が刻む音を聞いていた。
チクタクと、一秒ずつ、僕の貴重な「二十四歳の時間」が削り取られていく。
この一時間があれば、論文をもう一本読めた。
この一時間があれば、ギルバートさんのために新しい発酵原価の計算を終えられた。
頭脳は最高速度で空回りしているのに、肉体という檻がそれを完全にロックしている。これほどの拷問が、他にあるだろうか。
一時間半後、ミラー先生に発見されたとき、僕は汗まみれで、文字通り泥のようになっていた。
先生は僕をベッドに横たえ、悲痛な声で言った。
「ガイ、もう限界だ。脳の神経ネットワークが、情報処理の熱量に焼き切られようとしている。来月には、薬の投与量を減らすか、完全に中止する。そうしなければ、君の命に関わる」
薬を止めれば、僕はまた、あのいじめっ子たちに囲まれてへらへら笑う「六歳のガイ」に戻る。
いや、先生が言っていた副作用を考えれば、それ以下の、自分の名前すら忘れた「何か」になる。
夜、パン屋の自室で、震える手でこの日記を書いている。
一時間以上の空白を経験するたびに、僕は自分の「精神の死」へのカウントダウンが確実に進んでいることを知る。
ギルバートさんがドアを叩き、「ガイ、飯を置いとくぞ」と声をかけてくれた。その優しい声に応えるだけの体力が、今の僕には残っていなかった。
僕の知性はまだ、世界の真理を掴んでいる。
けれど、僕の身体は、もうすぐそこから滑り落ちようとしている。




