今を生きる奇跡
この物語は母の実際の体験を元に筆者が一部加筆修正したものです
「楽しかったね〜」
「また行こう行こう」
私は親友の友香と共に成人式の後、旅行へと行っていて今、神戸に帰ってきたところだった。
「ただいま」
マンションに帰った私は玄関を閉めながら言う。
「おかえりなさい」
「姉ちゃんおかえりー」
「おかえり」
お母さんに続けて弟とお父さんが声をかけてくれる。
「疲れたから先にお風呂入るねー」
「はーい」
いつも通りの日常。ずっとこんな生活が続くのだと思っていた。
あれからお風呂と夕飯を済ませた私は布団に入り、天井を仰ぐ。
周りには月明かりが差し込む窓と大きな本棚が見える。
「楽しかったなーまた行きたいな」
旅行の事を思い出しながら思う。
「でも明日からはまた(専門)学校かぁ……」
少し憂鬱になりながらも考えているうちに私は寝入っていた。
1月17日早朝
ガタガタ
地面が小刻みに揺れている事に気付き私は目を覚ました。
揺れは勢いを増し、本棚が大きく揺れ、積んであった物や掛けてあったものがあちらこちらに飛ぶ。
私は本棚の事を思い出し、布団から飛び出ると机の下へと潜った。
ドダンッ!
音を立てて本棚が机に乗っかるように倒れる。
ガタガタガタタガタタタ
気付けば揺れは収まっていた。
私は机から出る。
するとさっきまで私が居た場所、すなわち布団は本棚の下敷きになっていた。
もしあの時、とっさに机の下へ行かなかったら……
考えるだけで怖かった。
(取り敢えずリビングに……)
その時私はあることに気付いた。
(ドアが本棚が邪魔して開かない)
その時私は薄暗い光の入る窓に気付いた。
「えい!」
力を入れて窓を開く。
「へっ……」
私は唾を飲み込む。
マンションの通路から見える街並みは変わり果てていた。
あちこちのビルにはヒビが入ったり、煙が上がったりしていてガス漏れだろうか。ガスの臭いもしていた。
ドンドン!
私は玄関を叩く。
ガチャッ
玄関のドアが開いて弟が顔を出す。
「ふぅ」
弟が無事だった事に安心したのも束の間、部屋の奥から母の声が聞こえた。
「お父さん!」
私と弟は急いでリビングの隣にある親の寝室へと向かう。
すると壁際にあったタンスが倒れ、父が下敷きになっていた。
「ちょっお父さん大丈夫!?」
「「「よいしょ」」」
「すはぁ」
あれからお母さんと弟と私でタンスを持ち上げてお父さんを救出した。
幸い氏に至るようなことは無かった。
お父さんが無事だった事に安心しながら私は窓の方を見た。
窓の外の光景に私は声が出なかった。
それもそのはず2階建ての駅で一階には改札口やお店、銀行等が入り、2階は電車が止めどなく行き交うホーム……だった。
あったはずの一階部分はホームに押し潰される形になっていた。
そして街のあちらこちらから叫び声や助けを求める声、泣き声などが飛び交っていた。
この様子を見て私は改めて今回の地震がとんでもなく大きかったのだと自覚した。
「取り敢えず避難所行こうか」
お母さんが立ち上がりながら言う。
確かに。このまま建物の中に居ると倒壊などの可能性も無いとは言えない。
私と弟とお父さんも立ち上がると避難所になっていると言う近くの公園に向かった。
公園も暗い雰囲気だ。
あちらこちらからお母さん、お父さんと叫ぶ子供の声や俯いていている方、心配そうにしているお婆さんなどみんな心配の面持ちだった。
がサァー
余震のたびに公園の木が揺れて音を立てて、周りからは心配の声が上がる。
当然そんな心配の気持ちを抱えながら寝る事は出来なかった。
それから私達は避難所で一夜を明かした後、無事だったと言う親戚の叔母さんちへと向かった。
それからマンションは全壊判定の赤紙を貼られ、しばらくは叔母さんの家で生活した。
~31年後~
あれから私は結婚し一人の息子も授かる事が出来た。
あの日から私は少しの揺れ、例えば人の往来とかで橋が揺れるのでも怖いと思うようになってしまった。
でも私はあの時良くとっさに動けたなと思う。
もしかしたら私は息子を授かる為に神様が生かさせてくれたのかもしれない。
私は亡くなった方々の分も生きようと誓った。
fin




