開戦
「なるほど…時間と空間を操る能力…確かに『魔女』と呼ばれるに相応しいイカれた能力だ。」
「はい、その傷を無かった時間まで巻き戻せます。その代わりに巻き戻した時間に応じて私が疲労してしまいます。今回のように1日近く戻すと、1週間は眠らなければ全身の筋肉が硬直して動けなくなります…はぁはぁ…また、もう一つの空間を操る能力は殆ど使い物になりません。小さな石ころを10メートル先に転移させるのが限界です。それでさえ、使用した後は24時間以上眠らなければ…はぁはぁ…指一本動かせなくなります。」
「なるほど、よく分かった。この事は俺たち2人以外には他言せぬように。それと時間の能力も俺の許可なく使う事を禁ずる。分かったな?」
「はい…すみません…はぁはぁ…もう少し眠らせて…いただいても…いいですか?」
「ああ、だが今日の分の勉強は起きた時にキッチリとやるから覚悟しておけと言っていたぞ。」
「…ああ…この…まま…目覚めなければ…いいの…に…」
ユーファスが戻ってきて一時的に目を覚ました ねるだが、顔色はまだ悪く少し話した後に再び眠ってしまった。
「高い能力の代償か…厄介だな。」
「はい。能力を聞いた時は何でも治せる万能なヒーラーだと期待しましたが、この様子では無理をさせるわけにはいきませんね。」
「あぁ。本人が知らないだけで、眠る事以外にも何か代償があるかもしれない。俺がいない時に ねるが勝手に能力を使おうとしたら、気絶させてでも止めろ。」
「かしこまりました。…それで、公国侵攻についてはいつ開戦なのですか?」
「最も公国に近い東軍には既に出撃を命じている。宣戦布告と同時にコチラから仕掛ける。俺たちもすぐに向かうぞ。」
「はは!しかし…お嬢様はいかがいたしましょうか?」
「本来ならここで安全にしていてもらう予定だったが、何ヶ月も会えないなど俺が耐えられん。目覚め次第、戦地へ連れて行く。護衛の手配を頼む。とびきりの精鋭をな。」
「かしこまりました。」
そして2人は車に乗り込み、前線地帯まで向かった。
長い時間、車を走らせて辿り着いた場所は、公国の辺境の村近くの森の中であり、東軍の軍人たちが行軍の準備をしていた。
2人は車を降りて真っ直ぐに中央の天幕へ向かうと、天幕の中から1人の女が出てきてユーファスの前に跪く。
「お待ちしておりましたユーファス殿下。」
「ああ、ご苦労。して、貴殿が東軍の軍隊長か?」
「はい。私が東軍の軍隊長、ルナリカ・レトロームです。大将軍閣下から話は聞いております。全軍の指揮をお任せしますので、何なりとご命令を。」
「では、ここにいる軍人をこの様なグループに分けろ。そして各グループのリーダーにこの紙を渡しておいてくれ。」
そう言ってユーファスが合図を送ると、背後に控えるジーガスが複数の紙を持ってきた。
「これは…何枚か拝見させていただきます……」
その紙には軍人の名前と、作戦区域、指令などが記載してあった。ユーファスは東軍の全ての軍人をその能力や身体能力、性格などを考慮して各作戦に最適なメンバーを選出してグループを分けた。ここに来るまでの車の中で、東軍の軍人約3000人のデータの全てに目を通し、適切なグループ分けと作戦立案を行っていた。
ルナリカは紙を受け取り、何枚かを確認するといきなり驚いた後、何かに納得したように首を縦に振る。
「了解しました。少々お待ちください。」
そう言ってルナリカは天幕の中に戻って行った。そうして天幕の中が慌ただしくなっている時、ユーファスは用意された椅子に座って不安そうに考え事をしていた。
「はぁ…心配だ。大丈夫だろうか…」
「殿下、それはこれからの戦争の事ですか?それとも…」
「ねるの事に決まっているだろう。あんなに辛そうな顔で…もしもアイツに何かあったら俺は…」
「殿下、これから戦争です。兵たちの命は殿下の指揮にかかっているのですぞ。余計な事は考えずに、戦争に勝利する事だけをお考えください。」
「余計な事?俺にとってこんな戦いなんかよりアイツの事の方がよっぽど大事なことだ。この戦争自体もアイツと俺のためなのだからな。」
「はぁ…殿下は彼女と出会ってから、変わられましたね。」
「それだけ俺は人生に退屈していたという事だ。それに、上層部を軒並み失った公国如きに俺が遅れを取るとでも?今回も油断など全く無い。女王国の時よりも圧倒的に勝利して見せよう。」
「心配は杞憂でしたね。失礼しました。…そろそろ編成も終わったようですね。行きましょうか。」
そう言って2人は集まった軍人たちの元へ向かった。
3000人近い軍人たちが集まる中、ユーファスは彼らの前に置かれた舞台に立ち、拡声器を握る。
「誇り高き帝国軍人諸君。俺が今回の戦争の全軍指揮を任されたユーファスカイト・サクラヤだ。今の俺は第一皇子では無く、君たちと同じ1人の軍人としてこの場に来ている。その事を心に留めておいて欲しい。
さて、今回の戦争だが、先ほど分かれてもらったグループ毎で動いてもらう。各グループの役割は紙に書いてある通りだ。各班の役割が記載してあるので、班員全員がしっかりと読んでおく事。決戦に向けてしっかりと準備をしておけ。以上!」
その号令でグループのメンバーが作戦について一斉に話し始める。
そんな様子を眺めていたユーファスの元へ2人の軍人がやってくる。その2人は殺気立っており、ユーファスの目の前で威嚇するように話しかける。
「おい!第一皇子だかなんだか知らないが、いきなり来たガキの命令に命を預けられるわけないだろ。俺は抜けさせてもらうぜ。」
「全くですわ。温室育ちの皇子様の道楽で死ぬ気はありませんのよ。ごめんあそばせ。」
そう言ってその男女の2人は捨て台詞を吐き捨てて軍を去ろうとする。
「バーン少尉とチゼル中尉だな。帽子を拾ってグループに戻れ。これは総指揮としての命令だ。」
「ああん!?だから、その命令に従いたくねぇって言ってんだろ!?調子に乗ってたら殺すぞガキ!!」
「貴方のようなお子様がこの私に命令しないでくださいませ。私はルナリカ隊長に憧れてこの軍に入ったのですわ。皇族には1ミリも興味ありませんことよ。お分かりですか、おぼっちゃま?」
そう言って2人はユーファスに詰め寄る。しかし、その圧を受けてもユーファスは微動だにしない。
「分かった。では、お前たち2人が私をこの場で倒せたなら全指揮権をルナリカ隊長に譲渡しよう。そして、君たちも3階級特進だ。これで文句はあるまい?」
「いいぜ、言っておくが俺は皇子だからって手加減は…グヘッ!!」
バーンが言い終わる前にユーファスの蹴りがバーンの腕を捉えていた。吹き飛んだバーンはその苦痛から絶叫する。
「ぐわぁああ!!」
「関節の逆から皮膚の神経を強く刺激した。後遺症は残らないがしばらくは地獄の痛みが続くはずだ。」
そのあまりの絶叫度合いに、少し同調していた周りの兵たちも戦慄する。
「不意打ちなんて、卑怯なお子様ですわね!!ならばコチラも手段を選ばす行きますわよ!!」
そう言ってチゼルが右手をユーファスに向けると、右手から炎が射出される。
しかしユーファスはその軌道を完璧に掻い潜り、一瞬でチゼルの懐をとった。
「なっ!!ブヘェ!」
そして、チゼルの鳩尾に拳を捩じ込むと、チゼルは無様な声をあげて地面に蹲り、激しく嘔吐する。
「胃腸の深い所を強く叩いた。胃液を全て吐き出すまで吐き気が続くだろう。これに懲りたら今後、俺に楯突かない事だ。…他に言いたい事があるヤツはいるか?」
その問いに手を挙げる人物はいなかった。そして各グループは各々の役割と動きを確認した。全体が静かになったところで再びユーファスが話し始める。
「さぁお前たち、開戦だ。蹂躙を始めるぞ!!」




