表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/11

第一皇子

 部屋には2人の男。1人は少年で、椅子に座ってとある本にペンを走らせる。もう1人は白髪の老人で、ピンと張った姿勢でそれを前から眺めている。

 ペンが滑る音のみが流れる静寂を壊したのは少年だった。


(じい)、終わったぞ。」


「もうですか!?では、確認させていただきます。ふむふむ…完璧でございます。それにこの問題は…」


「ああ、問題自体に違いがあったから直しておいた。そこは2では無く6だ。」


「なんと!!…少々お待ちを…」


 そう言って白髪の男は5分ほどその問題を眺める。


「確かに…その通りでございます。これは出版社に確認しておきます。」


 驚愕の表情を浮かべながら白髪の男はその本を閉じた。


「それにしても流石です殿下。この問題集はこの国でも最難関と言われる官僚試験のモノです。それを1時間で全て解ききってしまうとは…この私でも5時間はかかると言うのに。」


 その問題集は辞典程の分厚さがあり、内容もびっしりだ。5時間で解く事自体も信じられない程のスピードであり、その試験に合格する人でも丸々2日はかかるような本であった。


「まぁ、こんなモノがどれだけ速く出来ても何の意味もないがな…」



 そう言って少しだけ暗い顔をする少年の名前は

『ユーファスカイト・サクラヤ』。(以後ユーファス)

 現在15歳で、大陸西側に位置する『ソメイ帝国』の第一皇子だ。ユーファスは第一皇子でありながら王位継承権を持っていない。この国の王族は特殊な魔力を持って生まれてくる事がある。『真なる王』と呼ばれるその能力を持つ男子だけが皇帝になる事ができる。それを持たぬユーファスには王位継承権が無い。

 この世界において魔力は人間の心臓から発せられるエネルギーで、例外なく全ての人間が生まれた時から持っているモノだが、ユーファスにはそれが無かった。それにより、常人離れした頭脳を持つユーファスでさえ皇帝になる事は出来ないのである。



「それにしても爺、今日は陛下の元へ行かなくていいのか?」


「ええ、それなら大丈夫です。昨日付けで宰相の地位は返上させていただきました。今日から正式にユーファス殿下の従者となりました。」


 飄々とそう言いのける、白髪のその男は

『ジーガス・ベレンザ』。

 ソメイ帝国の宰相として、長年支え続けた逸材である。特筆すべきはその頭脳と老獪さであり、国の運営だけで無く、周辺国家との交渉なども一手に務め、この国に最も貢献した男であると言っても過言では無い。


「何!?何故そんな事を…お前ほどの人材を俺1人で独占するのは国益にならんと思うのだが。」


「ご安心ください。私ほどではありませんが、優秀なモノを後任として託しましたので、向こう10年ほどは大丈夫でしょう。それに、後数年もすれば殿下が宰相を継げば良いのです。そうすれば、帝国は100年の安寧を得る事でしょう!」


 ジーガスはそう言って天を見上げるが、ふざけている訳でも、誇張しているわけでも無い。本心からそれが可能であると確信している。


「爺、何度も言ってるだろ。俺は宰相にはならないよ。王族である俺が宰相になったら、臣下達が俺を担ぎ上げて派閥ができ、国が二分してしまう可能性がある。」


「その程度の事は私と殿下であればどうとでもなると言うのに…やはり、目障りな皇太子を殺して殿下を皇帝に据えるしかないのでしょうか。」


「滅多な事を言うんじゃない、爺。まだ12歳の実の弟を殺して王位を取ってどうする?俺はそこまでして王になりたいワケじゃない。」


「はっはっは!冗談でございます。では、休憩はこのぐらいにして、剣術の訓練をしましょうか。」


「ああ、分かった。今日は誰が来るんだ?」


「はい、本日は南軍の軍隊長補佐であるサベトと言う男を呼びました。剣の腕前は帝国軍の中でも1.2を争う実力者です。もうすぐ来るかと。」



 少しすると軍服を着た男がやってきた。その男は、ユーファスの前に立つと膝をついて頭を下げる。


「皇子殿下、宰相閣下。南軍隊長補佐のサベトと申します。本日はよろしくお願いいたします。」


「殿下の前で頭を上げる事を許可する。楽にせよ。」


「はは!!それで、本日は殿下の剣術指導という事でよろしいのでしょうか?」


「指導では無く、俺の相手をして欲しいだけだ。帝都の指南役ではもう俺の相手にならん。」


「なるほど…そうですか。」


 そう言ってサベトは難しい顔をする。


(このお方が噂に聞くユーファス殿下か。指南役を全員倒した剣の天才と聞くが、まだ子供だ。皇子だからと接待で手を抜いた指南役に何度か勝利した事で少々天狗になっておられるのだろう。だが、俺は違う。軍の威信を背負ってきている。ワザと負ける事などあり得ない。子供には残酷かもしれませんが、ここは少々現実を見せて差し上げねば。かといって、後に残るような怪我を負わせるワケにはいかないし…どうしたものか。)


 3人はそのまま部屋を出て、外に出る。そして、指定の位置についてユーファスが腰に下げた木刀を構える。


「では、始めようか。サベト、お前の能力は聞いている。真剣で構わないから、殺す気で来てくれ。」


「な!何を言っておられるのですか、殿下!!そんな事出来るはずがありません!!」


 サベトはユーファスの提案を即座に拒否する。それに対してジーガスが横から忠告する。


「サベト殿、貴殿では殿下に勝てない。全力でやりたまえ。もし、この場で殿下を殺せたら私の権限でその件を不問とし、貴殿を南軍の軍隊長に据えてやろう。」


 ジーガスは得意げにそう提案した。


「……分かりました。では、本気で行かせていただきます。」


 2人の指示を受けたサベトは懐から真っ赤な剣を抜く。

 そして、少しの沈黙の後にサベトがユーファスに突っ込む。サベトの能力は剣に超高熱を付与する事。そして、天賦の才である剣の技量。

 サベトは小手調べとして凄まじい横薙ぎを放つ。しかし、ユーファスはサベトの動きに対して微動だにしない。


(動かない?では、申し訳ないがそのまま斬らせていただく!)


 サベトはそのまま剣を振り抜き、ユーファスを両断した。と、思ったがユーファスはそのまま無傷で立っていた。

 側から見ると何が起こったか分からなかったが、サベトは少しして異変に気づく。


「っ!…なるほど、極限の見切りですか。」


 サベトは手に痛みを感じ、それを見ると剣を握った2本の指が明後日の方向に曲がり、紫色に変色していた。


(私が斬ったと同時に私の指を木刀で攻撃しながら、私が斬ったと勘違いするほど極限まで引きつけてから、ギリギリで回避したのですね。それによって切ったように錯覚したと言うわけですか。これが戦場なら、私は指二本を失っていた。なんと言う度胸と技術だ…)


 そう言ってサベトは曲がった指を剣に強引に握り込ませた。


「熱か…気をつけないとな。」


 ユーファスはそう言って切られたと思しき部分を手で触れる。さっきの攻防でユーファスは少しだけ息が上がっており、今の一撃に集中力をかなり消費したと見える。


「殿下、私は貴方様をみくびっておりました。謝罪いたします。ですが、私も帝国で随一と言われた剣士。全力で貴方様を倒させていただきます。」


「ああ、それでこそ誇り高き帝国軍人だ。来い!」



ーー数分後ーー


「殿下、お見事でした。流石でございます。」


 ジーガスは気絶したサベトを部下に運ばせた後、ユーファスに水を差し出す。


「ふぅ…流石に現役は強かった。2年前の俺ならおそらく負けていた。」


 ユーファスは、全身汗だくになって水を一気に飲む。


「一対一ならもう殿下に敵はおりませんな。いっそ、宰相ではなく大将軍でも目指しますか?はっはっは!」


「ああ…俺にも魔力があれば良かったのだがな…」


「殿下、それは仕方のない事でございます。どうか、ご自分を責めないでください。それに殿下には魔力などなくとも、闘いの才能があります。極めれば、間違いなく世界最強となれるでしょう。」


「すまんな爺、ありがとう。だが、世界最強か…やはり俺にはピンと来ないな。」


 ユーファスは葛藤していた。おおよそ人間が持つ限界を遥かに超える[知]と[武]の才。神が与えたその二物を持つユーファスは毎日が退屈だった。何をやっても直ぐに達人を越える領域に達してしまう。チェスの国内王者と戦った時は、ルールを覚えたばかりの当時12歳だったユーファスが1戦目で国内王者に圧勝した。武術でも、何の知識もない状態で自身の3倍近い体格の男を合気で投げ飛ばした。ジーガスに勧められた目標、皇帝や宰相や大将軍など、常人では到底到達出来ない目標だが、若干15歳のユーファスにはその姿が容易に想像できてしまった。自分が本気を出せば…いや、本気を出さずともそれなりに努力すれば、何にでもなれてしまう。だからどんな事をしても、熱が入らないのだ。

 そのうちユーファスは、簡単に手に入れられない何かをずっと求めるようになった。しかし、それは一向に見つからず、空虚な毎日を過ごしていた。



 ユーファスがちょうど18歳になった頃、ユーファスは父親である現皇帝陛下から呼び出された。

 父親とは言え帝国の最高権力者である皇帝に対し、ユーファスは完璧な礼儀を尽くして謁見する。


「第一皇子ユーファス、陛下の元へ参上しました。本日はどういった用件でしょうか?」


「顔を上げなさい。ここには余とお前しかいないのだから、もっと楽にしていいぞ我が息子よ。」


 そう言って皇帝はユーファスに笑いかける。


「分かりました父上。」


 ユーファスもそう言って立ち上がる。


「うむ。それはそうと最近、頑張っているそうだな。特に宰相が大助かりだと、いつもお前を褒めているぞ。それに、余の護衛たちもお前と手合わせしたいと申し出ている。また、時間がある時に相手をしてくれると助かる。」


 この数年で、ユーファスはジーガスからの教育を全て終え、既に国の内政に参加していた。その常人離れした頭脳を駆使して国難とも言える事態を何度か救っている。さらには、訓練と称して軍に新人として潜入しては、訓練で軍の上層部の精鋭たちを次々に倒した事から、国で皇帝に次ぐ有名人となっていた。


「父上の御命令とあれば、私の力を存分に発揮しましょう。」


「よろしく頼むぞ。では、今日の本題に入らせてもらおう。先日の事件はもちろん知っているな?」


「はい。陛下の寝室に暗殺者が送り込まれた事件の事ですね。」


 先日、皇帝が暗殺未遂にあった。皇帝の夜伽の相手だった女が、敵国のスパイであり皇帝を寝室で襲った。幸い、殺される前に皇帝がその女を拘束した事で事なきを得たが、帝都では大事件として取り上げられた。


「そうだ。それで、ここからは極秘情報なのだが、捕らえた女は女王国からの刺客である事が分かった。」


「女王国ですか…あの国が攻めてくるのは半年後だと思っていましたが、その前段階でしょうか?」


 女王国とは、大陸の中央部の北側に位置する国で、帝国と隣接している。女王国はその名の通り女系の女王がトップの国であり、長年、帝国とは非常に仲が悪い。常に冷戦状態であり、いつ全面戦争が始まってもおかしくない状況だった。ユーファスはそれをある程度把握しており、開戦に踏み切るであろう時期を予想していた。


「そうだな。余を殺して帝国が混乱している隙に攻め込もうと言う作戦だろう。次の皇帝が即位しても、国を安定させる為には1年はかかる。故に、帝国の混乱を突ける半年後に攻め込んでくるというお前の予想はおおよそ当たっている。それに今回の暗殺が仮に失敗しても、コチラが先に攻め込めば戦争の大義名分を得られると言ったところか。」


「そうですね、暗殺者など差し向けていないとシラを切り、周辺国と強力して帝国を打倒するつもりなのでしょう。父上、これからどうしますか?」


 それを聞いた皇帝は豪快な笑みを見せながら話す。


「はっ!もちろん戦争だ。あっちがその気ならこっちもやってやろうじゃないか。この機会に、あのクソ女の所有する土地を全ていただくとしよう。そこでユーフ、お前を呼んだのはこの侵攻作戦の総指揮をお前に任せたいと思ったからだ。」


 いくら第一皇子とは言え、若干18歳の少年に任せていい大役ではない。それに、ただの象徴である総大将ではなく戦争の行方を左右する総指揮という立場に任命されるという事は、戦争に参加する全ての軍人の命を握っているのと同義である。


「はい。かしこまりました。その任、謹んでお受けいたします。」


 話の流れから、ある程度の予想をしていたユーファスは二つ返事で了承する。


「うむ、お前ならそう言ってくれると思っていた。北軍の全軍をお前に預ける。ハッキリ言って数的には不利な戦だ。だが、余は全く心配していない。存分に暴れてこい!」


 ユーファスの自信に満ち溢れた顔を見て皇帝も安心する。


「はい、父上。このユーファス、必ずや吉報を持ち帰りましょう。」


 そう言ってユーファスは玉座の間を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ