罪
城内にある会議室では、重い空気が流れていた。そこに集まった皇帝を始めとした大臣たちは、失踪した2人の皇子について様々な意見を交わしていた。
「早く殿下を見つけねば!!何か情報はないのか!!」
「ケーリオン殿下は、ユーファス殿下直属の護衛の男に誘拐されたと思われます。生死は不明です。しかし、帝都の外門は既に全て封鎖したため外に出る事は出来ません。帝都内にケーリオン殿下はいるはずです!」
「では、街中の監視カメラの映像を全て確認しろ!!」
「現在、100人以上を動員して帝都のカメラを確認しているのですが…全く尻尾が掴めません。共に失踪したジーガス元宰相と、女王国の捕虜の女も含めて誰1人見つかりません!!」
「もう3日も経っているのだぞ!!帝都中の警備兵も使って徹底的に捜索しろ!!」
(クソッ!ケーリオン殿下はどこにいるのだ!!せっかく邪魔なあの男を始末できたのに、殿下が亡くなっては全てが無意味になる!!何としても殿下を見つけなければ!!)
バチラス卿は焦っていた。甥であり、自身の出世の為の駒であるケーリオンが誘拐され、殺害したはずのユーファスの死体も姿を消していた。完璧だったはずの自身の計画が失敗の危機にある事を肌で感じていた。
その場にいる大臣たちが焦燥感を感じる中、豪華な椅子に腰掛ける男がその緊張感を破壊する。
「はっはっは!!…もう良い。捜索は中止だ。全員、通常の業務に戻るように指令を出せ。」
その時、ずっと黙って聞いていた皇帝がいきなり笑い出し、捜索の打ち切りを宣言した。しかし、いくら勅命とて、それは皇太子の死を認める行為に等しく、周りの大臣たちも声を上げる。
「しかし、陛下!!皇太子であるケーリオン殿下の命の危機なのです!!殿下に何かあればこの国は…」
「そうです陛下!!ユーファス殿下がお亡くなりになられた以上、ケーリオン殿下しか陛下の跡を継げるお方はおりません!!ですから、捜索隊をもっと増やして…」
「はぁ…貴様らには分からぬか?ユーフは生きておるぞ、確実にな。」
「何ですと!?」
ユーファスが死亡したその日、バチラス卿は皇帝にその事を伝えていた。表向きは婚約者の死亡による自殺とされていたが、皇帝はその事実に違和感を感じていた。何より、ケーリオンやジーガスと共にユーファスの死体も消えていた事から、皇帝も何かを感じ取っていたのだ。
(あの男が生きているだと!?そんなはずはない。陛下はいきなり何を言い出すのだ。)
バチラス卿はユーファスが死亡している事を何度も丁寧に確認している。生きているということはありえないと断言できた。死体が消えたと言う事実はあるが、彼からすればユーファスを確実に始末したと思っている。
「陛下…お気持ちはお察ししますが、先日もお伝えしました通り、ユーファス殿下はもう…」
「では、この現状はなんだ?これだけの人員を動員しても手がかりすら見つからぬとは、貴様ら全員脳みそが詰まって無いのか?」
「そ、それは…申し訳ありません。我々の力不足でございます。しかし、これはおそらくジーガス老の」
「ふん!ジーガス1人にこれだけ遅れを取るほど貴様らは無能なのか?そうであれば、この場にいる大臣は全員クビだ。荷物をまとめて田舎に帰れ。」
「うぅ…それは…」
「中にはもう察している者もいるだろう?100人を超える人員を動員して、我々がこれだけ知恵を絞っても手がかりすら見つからぬ逃走者…ユーフ以外にありえない。余は初めから疑っていたのだ。あの男が自殺などするものかと。なあ?どう思う、新宰相?」
「はい。ジーガス様のお力は私が一番知っているつもりです。いくらあのお方でも、ここまで手がかりを掴めないという事は無いでしょう。ある程度の地域やお仲間の情報は掴めているはずです。…しかし、ユーファス様であれば話は別です。我々ごとき凡夫が何人集まろうと、あのお方の叡智に触れる事は出来ません。…私は思い出しているのです。あの時のかくれんぼを…」
宰相はそう言って皇帝の方を見る。皇帝も何かを思い出して表情が緩む。
「懐かしいな。あれは本当に驚いた。負けず嫌いのジーガスが本気を出して、城内の使用人や兵士、文官など総勢1000人を投入してユーフの捜索に当たらせたが、結局ユーフが自分で出てくるまでの約8時間もの間、誰1人としてユーフを見つける事は出来なかったな。」
「はい。当時の私も捜索に参加しました。殿下を見つけた者には宰相の地位を与えると言われ、皆張り切って挑みましたが…」
「ユーフが本気で姿を消そうと思えば、この世界で発見できる人間は存在せぬ。仮に帝都の住民全員に捜索令を発しても、あの男は寿命が尽きるまで自身の存在を隠し切るだろう。だから、無駄な捜索は全て打ち切りだ。ヤツの方から連絡が来るのを待つ。今日の会議は終わりだ。全員、解散せよ。」
《かしこまりました。》
ユーファスの能力を知っている大臣たちは、皇帝の言葉に納得し、部屋を後にする。しかし、バチラス卿だけは納得していない。
(クソッ!!捜索が中止だと!?ふざけるな!あの男は死んだのだ。生きているはずがない!!陛下も息子2人がいなくなっておかしくなってしまった!!最低でもあの男の死体を陛下に見せねば…秘密裏に私の部下を動かして捜索を続けるしかあるまい。最悪の場合、あの男の母親を人質に…)
帰り道、バチラス卿は次の作戦を密かに立てながら廊下を歩いていた。すると、前から1人の女が歩いてくる。
「あら、お兄様。ごきげんよう。」
「シンファか。悪いが今は忙しい。後にしてくれ。」
その女の名前はシンファ。バチラス卿の妹で、ケーリオンの実母だ。側にはメイドを侍らせ、豪華なドレスを着ている。
「どうしてかしら?計画は上手く行ったのではなくて?」
「そのはずだったのだがな…両殿下共に姿を消してしまったのだ。私は今から個別に…」
「何と!?ケーリちゃんが!!それは大変ですわ!!早く捜索しなければ!!」
何も知らないシンファは息子の安否を心配する。
「安心しろ、ケーリ様は必ず助ける。何があってもな。だから、大人しくしていろ。」
「…そうね。お任せしますわ、お兄様。いえ、バチラス卿。」
「ああ…いや、承りました皇后陛下。では、失礼いたします。」
そう言って2人は別れた。
(シンファめ、俺の足を引っ張らなければいいが…アイツは昔から容姿はいいが、頭の中はお花畑だからな。
ケーリ様のお陰で側室から正室に繰り上げされ、俺としても喜ばしい事だったが…やはり、可愛い妹の頼みとは言え、あの男を暗殺するのは無謀すぎたか?いや、もう後には引けん。確実にやり切らねば…ケーリ様の為にも。)
ーーユーファス達の潜伏場所ーー
「坊ちゃん!!」
ユーファス達のいる部屋の扉を勢いよく開けたのはエルナだった。全員が勢揃いする中、ケーリオンは驚きの声を上げる。
「エルナ婆…久しぶりだね。元気にしてた?」
「私の事など、気にしないでください。それよりも無事な様で安心しました。」
エルナはそう言って涙を流しながらケーリオンを抱きしめる。
「うぅ…婆、心配かけてごめん。」
ケーリオンも涙を流し、強く抱きしめる。この2人はユーファスとジーガスの様に、幼い頃からの関係である。血の繋がりは無いが、ケーリオンは本当の祖母のように慕っていた。
2人がしばらく抱き合った後、ユーファスが話し始める。
「エルナ、よく来たな。早速だが、お前には話がある。」
「…はい、勿論でございます。」
エルナはそれを聞いて抱いていたケーリオンを離し、ユーファスの目の前に歩いて行く。そしてゆっくりと跪き、両手を合わせ、上品に土下座した。
「ユーファス様、今回の件、実行犯である私に全ての責任がございます。ケーリ様は何も悪くありません。ですから、虫の良い話である事は重々承知しておりますが、罰するのであればこの私1人を罰していただきたくございます。今回の件、私ごときの命1つで足りるとは到底思っておりませんが、どうかご慈悲を。」
頭を地面に付けたまま、エルナは懇願する。それを近くで見ていたジーガスも隣に立つ。
「殿下、今回の件はエルナの夫である私にも責任がございます。ですから…私も同様の罰を受けます。本当に申し訳ありませんでした。」
ジーガスもそう言って頭を下げる。ユーファスは何も言わずにその言葉を聞いていた。そして、冷徹な目で2人を見ながら結論を言い渡す。
「…分かった。では、今この場で2人とも処刑する。異論は無いな?」
そう言いながらユーファスは腰に下げた剣を抜いた。
「何一つとしてございません。」
「私もでございます。」
処刑を宣告された2人は一切動揺する事なく、その事実を受け入れる。そして、ユーファスの前で跪く。
「そうか、ではまたな。」
その瞬間、ユーファスの剣がジーガスのクビを刎ねた。
その切断面からは鮮血が噴射し辺りを血に染める。刎ねられたジーガスの首が地面に落ちる。それはゴロゴロと転がりユーファスの目の前で止まった。しかし、ジーガスのその顔は穏やかそのもので笑顔のまま死亡したのだ。
「…アナタ…ごめんなさい…私もすぐに…ゴフッ!!」
隣で舞い散る鮮血を半身に浴びながら、エルナは亡くなった夫への謝罪の言葉を口にする。しかし、ユーファスは無慈悲にエルナの心臓に剣を深々と突き刺した。エルナの口からは大量の血が溢れ出る。
「グッ!!……さようなら…坊ちゃま」
しかし、エルナはその姿勢を崩す事なく、膝を付いたまま絶命した。
ユーファスは2人が死んだ事を確認し、剣に付いた血を拭き取る。様子を見ていた ねると将士の2人が声をかける。
「2人とも凄え精神力だな。尊敬するぜ。」
「そうですね…私もエルナ先生の立場だったら、あんな風に死ねるかなぁ…」
妙に落ち着いた2人を尻目にユーファスが ねるに指示を出す。
「さて、これでケジメは付けた。もう意識もないだろうから、早めに治してくれるか?」
「はーい。」
そう言って ねるは2人の死体に近寄る。そして、その死体に手を当てて能力を発動させる。すると、直ぐに2人の肉体が元通りになった。更に、周りに飛び散った血も全て元通りとなった。
「これは、一体…」
「ふぅ…これが死ですか…貴重な体験となりました。感謝します、お嬢様。」
「いいですよー。これぐらいの時間なら、ちょっと疲れるぐらいで治せますからね。」
この状況に混乱するエルナに対して、既に知っていたジーガスは非常に落ち着いた様子だった。そして、混乱するエルナに対してユーファスが真剣な顔で話しかける。
「さてエルナ、これでお前が俺たちを殺した罰は受けてもらった。今回はケーリと爺に免じて復活させてやったが、次は無いぞ。肝に銘じておけ。」
「まさか………はい。殿下の深いお慈悲に感謝申し上げます。私の命に誓って、今後このような事は致しません。」
ユーファスの言葉で、ある程度の事情を理解したエルナは再び頭を下げた。それを見たケーリオンがエルナの前に座る。
「エルナ婆、ごめん。本当は僕が悪いのに、責任を負わせてしまった…」
そう言ってケーリオンが頭を下げようとした時、エルナはケーリオンの肩を掴んでそれを止める。
「坊ちゃん、そのような事をしてはなりません。貴方は次期皇帝となられるお方でございます。自身の行動、選択に責任をお持ちください。例えそれがミスだったとしても、決して後悔してはいけません。貴方の選択で何人もの人が命を落とす事もあるのです。その時、貴方が間違いを認めてしまったら国民達は路頭に迷ってしまいます。だから、私ごときに謝罪するなどあってはならないのです。トップに立つとはそう言うモノなのです。」
「分かってる…でも…今は皇太子じゃなくて1人の人間として謝らせて。本当にごめんなさい、全て僕が間違っていた。」
そう言ってケーリオンはエルナの手を優しく振り解いて、深々と頭を下げる。
「坊ちゃん…随分と成長なされましたね…婆は…嬉しゅうございます!」
再び2人は抱き合った。ジーガスと ねるは涙腺が緩み、泣きそうになっていた。将士は、どうでも良さそうに片手で倒立しながら腕立て伏せをしていた。ユーファスは微笑みながらその光景を見ており、2人の肩を叩きながら話しかける。
「さて、これで一件落着だな。では、時間もあまり無い事だし、そろそろ動くぞ。エルナ、お前にも働いてもらうからな。」
「…はい、ユーファス様。頂いたこの命、どのようにでもお使いくださいませ。」
「ならばお前にはケーリと共にとある場所に行ってもらう。その場所は…………」
ユーファスはエルナに場所と計画を伝えた。それを聞いたエルナは咄嗟にケーリの方を向く。
「何ですって!!それは……失礼しました。ですが坊ちゃん、本当によろしいのですか?何もご自身でやらなくとも私が……」
「これは僕が決めた事なんだ。だから、僕がやる。婆は手を出さないで。」
覚悟を決めたケーリオンの顔を見て、エルナも納得する。しかし、少しの希望を頼りに最後の問いをユーファスに投げかける。
「ユーファス様、恐れながら最後に一度だけ聞かせてください。あのお方にご慈悲を頂くことは出来ませんか?責任と言うのであればこの私が…」
「ダメだ。アレには生かす価値がこれっぽっちもない。前から始末する事は考えていたが、ケーリの事もあったから手を出さなかった。だが、今回はやり過ぎた。計画を立てたのはあの男だが、先導したのはアレだ。アレにかける慈悲は無い、確実に始末する。もし、ケーリがやらなくても俺がやる。これは決定事項だ。」
ユーファスの言葉を聞いて、これ以上の説得は無駄だと判断したエルナは、頭を下げる。
「失礼しました殿下。坊ちゃんの覚悟とあの方の最期を見届ける許可を下さり感謝申し上げます。」
「ああ、お前も付き合いが長いだろうから、ケーリと一緒に見送ってこい。…さて、これで準備は整ったな。ケーリもう一度だけ聞くぞ。覚悟はいいか?」
「何度も聞かないでよ。僕はもう大丈夫。地獄に落ちる覚悟は出来てる。」
「よし。爺、手紙の方は万全か?」
「はい、滞りなく。」
「将士、調子はどうだ?」
「バッチリだ。今ならお前にも勝てるかもな。強いヤツは全員俺が倒す。」
「ねる、いい加減拗ねてないで一緒に行くぞ。準備はいいか?」
「……はい。ていうか、拗ねてませんから。ユーフ様が悪いんですからね。」
全員から点呼を取ったユーファスは一つ深呼吸してから、部屋の扉に手をかける。
「さぁ、行こうか。全てを終わらせに。」




