第二皇子
本話はケーリオンの回想です。そこまで大切な話では無いので読み飛ばしても大丈夫です。後書きに要約を書いておきます。
僕の名前はケーリオンノイン・サクラ。ソメイ帝国の第二皇子であり皇太子でもある。
『サクラ』という名前は、皇帝陛下と次期皇帝である皇太子にのみ付けられる名前だ。王位継承権を持たない皇族は、『サクラヤ』『サクラマ」といった形で名前に1文字付け加えられる。
そもそも、第二皇子である僕が皇太子になった理由は、第一皇子である兄ユーファスが無能力者だったからだ。
帝国では、『真なる王』という特殊な能力を持った男が皇帝になるという古くからの掟がある。何故なら、『真なる王』はその名前の通り『王』に相応しい能力であり、他者を洗脳、支配する事ができるからだ。僕はまだ成人していないのでその力は弱いが、いずれは偉大な父に匹敵する皇帝になる予定だ。
しかし、兄はそれを持たないどころか、魔力自体が無いそうだ。そんな人間は、この世に存在する筈がないと伯父上は言っていたから、相当に特別な存在なのだろう。対して僕は皇子として『真なる王』の能力をしっかりと受け継いで産まれたため、皇太子となる事ができたのだ。
僕の自我が芽生えた頃から母親にいつも言われていた。
お前の兄は少し頭が良いだけの無能力者だ、
母親も東側の血が混じった異端者だ、と。
しかし、それに反するように教育係だった婆や皇帝である父上、周りのメイドや執事たちはこぞって兄の事を褒めていた。兄の知恵と力は凄まじいと、現皇帝である父上や、歴代最高と言われた当時の宰相ジーガスをも遥かに凌ぐと。
その噂を聞くたびに僕は思った。頭が良いのは僕より年齢が上だから少し知識があるだけ、戦闘力など皇族にとっては必要のないモノ。結局のところ兄は皇族にとって一番大切な能力を持っていないただの役立たず。僕が同じ年齢になれば、完全な上位互換の人間として上に立つモノだと。
しかし、初めて兄に出会ったあの日、僕のその考えは木っ端微塵に壊された。思えば、あの日から僕の歯車は狂い出したのだと思う。
その日は年に一度開かれる、各大臣や軍部の将軍たちが一同に集い、今後の国の方針について話し合う会議の日だった。当時、10歳になった僕はその会議の様子を見学させられる事になった。
その会議には3つ上である兄も当然参加しており、僕たち兄弟は皇帝陛下である父上の隣に並んで座り、その会議を傍聴していた。
僕はこの日の会議のために、1年ほど前から国の政治についてみっちりと勉強させられた為、会議の内容もある程度は理解する事ができた。しかし、会議に参加する大臣たちはその道のプロであり、国内でも優秀な者しかいない。そんな中に半分素人である僕が何か意見を言うことなど出来るはずもない。
彼らの熱を帯びた議論に感心していた時、ふと兄の顔を見てみると、兄は退屈そうな顔で欠伸をしながらとある本を読んでいた。いや、僕の目からは読んでいると言うよりただページをめくっているだけに見えた。1000ページはあろうかと言う分厚い本をおよそ10分程度で読み終えると、近くの机にそれを置き次の本を手に取る。
その本を見て僕は驚愕した。なぜならその本の表紙の文字は僕の知らない言語で書かれていたからだ。
僕は幼少から次期皇帝としての英才教育を受けている。他言語も、重要な2カ国は既にマスターした。更に、西側の他言語に関してはある程度の知識は持っている。そんな僕が見た事のない言語で書かれたその本を兄は読んでいるというのか?
当時の僕は、兄が天才アピールの為に読んでいるフリをしているだけだと思っていた。しかし、後から知った事だが、兄は8歳の時点で世界中の全ての言語を習得していたそうだ。その時読んでいた本は、東側の辺境の国の法律が書かれた本だったそうだ。
その時、兄の行為に気付いた父親が兄に注意した。
「ユーフ、会議に集中しろ。」
「陛下、俺はちゃんと聞いてますよ。あまりに退屈な議論だったので暇つぶしに読んでいただけです。」
「ほう…ならば今話している、来年の外交戦略についての意見を述べてみよ。」
「いいのですか?皆さんの頑張りを評価しなくても?」
「よい。そんな事を気にする者はいない。この国の利益が優先だ。」
「分かりました。では、失礼して…先ず、最初に外務大臣が言っていた外交戦略ですが、問題点が3つあります………」
そう言って大臣たちが兄に注目する中、兄は自分の意見について語り出した。その全容を聞いた僕は戦慄した。先ほどの会議での要点を完璧にまとめ、その問題点を全て洗い出し、代案を提示したのだ。さらには現在の他国の財政状況や、戦況、果ては辺境の災害についてまで把握しており、それに基づいた計画を全ての国について作り上げたのだ。それはここにいる30人程度の大臣たちが1週間以上かけて話し合う内容だった。それをこの50分程度で全て完成させてしまったのだ。それに、半分素人である僕の為かは分からないが、僕でも理解できるように分かりやすく丁寧な言葉で説明されており、余計にその凄さが目立った。
兄が全てを語り終えて再び本を読み始めた時、僕や父上を含めた大臣たちは戦慄していた。
「まさか、東の果ての地底国についてまで把握しているとは…信じられん。」
「あの国の情報は殆ど出回っていないはず…何故、そこまで深く知っておられるのだ…」
「これほど完璧な提案を出されては、先ほどまでの我々の話し合いが全て無駄になってしまいましたな!はっはっは!」
「貴殿たちは今回が初めてだったな。前回も、8時間近く話し合った内容をユーファス殿下が一瞬で片付けてしまったからな。我々全員の知恵を足しても殿下には遠く及ばないと言うことだな。そうですよね、宰相殿。」
「勿論です。私を含めここにいる皆は陛下が認めた才人ばかり。しかし、殿下の才能に比べれば我々の話し合いなど、カラスの鳴き声に等しい。陛下、まだまだ殿下はお若いですがこの機会に宰相に据えられてはいかがでしょうか。殿下であれば喜んでこの地位をお譲りいたしますが。」
宰相ジーガスは歴代最高と言われた名宰相だ。その手腕は凄まじく、今の帝国があるのは彼のおかげだと、既に亡くなった上皇陛下(祖父)が言っていた。そんな彼は、兄にご執心で、生まれた時から特別に目をかけていると聞いた事がある。だから、彼が一番兄の事を知っているはずだ。そんな男が、30年以上続けた宰相の地位を譲ると断言するほどの才能。兄はそれを持っているのだと確信させられた。
「何を言うかジーガス。ユーフはまだ13だぞ。いくら何でも早過ぎる。息子たちは、成人するまでは自由にさせるのが余の方針だ。それまではどの役職にも据える気はない。」
父上は宰相に向かってそう言い放った。
「失礼しました陛下。ですが、最近は他国の動きも激しく、帝国も安全だとは言えない情勢です。何卒、お早いご決断を期待しております。」
「そうだな。万が一の事があれば、ユーフの知恵を頼るとしよう。」
「かしこまりました、陛下。」
大臣たちや父上の反応を見て僕も悟ってしまった。僕の兄は次元の違うバケモノだと。凡人である僕とは比べるのもおこがましい程の圧倒的な才能。僕があと3年経っても、10年経っても、100年経っても絶対に追い付くことなど出来ない才能の暴力。
…ああ…ズルいなぁ…僕にもその才能があれば……
帝国の皇子として生まれ、次期皇帝が約束されている、この世で最も恵まれた人間であるはずの僕が、人生で初めて嫉妬の感情を覚えた瞬間だった。
その日以降、僕は兄の事を避け続けた。何度か兄に話しかけられたが、そっけない返事で流した。兄の話を聞く度に嫌な顔をすると、周りも気を遣って兄の話はしなくなった。今思えば、10歳になるまで兄とまともに顔を合わせた事が無かったのも、婆や周りが僕に気を遣っていたのだと思う。
嫌でも噂に聞く、兄の活躍を耳にするたびに、僕の胸が締め付けられる。初めはただの嫉妬だった。しかし、敵の将軍を討ち取ったり、国の法律を書き換えたり、女王国を滅ぼしたり、兄が大きな功績を残すたびに、僕の嫉妬は恐怖へと変わる。
このままでは、皇帝の座は兄に取られてしまうのではないか?僕はそんな事を毎日のように考えていた。
僕には生まれながらの、この能力しか無い。皇太子という位を失ったら、僕には何が残るんだろう。それは…………………………
どれだけ考えても、僕にはその答えを出す事が出来なかった。
そして僕が15歳になった時、運命の出来事が起きた。兄が率いる帝国の東軍が、長年の敵国だった公国を滅ぼしたのだ。しかも、初めに予測されていたよりも遥かに少ない犠牲者で、かつ公国の国民や建築の被害も驚くほど少なかったそうだ。にも関わらず、公国のほぼ全ての国民が帝国の属国となる事を受け入れている。こんな馬鹿げた真似が出来るのは兄の以外にありえない。
ああ、またか…もう……これ以上……
この戦果を聞いた母上と伯父上は非常に焦っていた。小国である女王国とは違い、公国は帝国と同等の大国。そんな国をこの被害で滅ぼしたという実績は、本来ならば『大将軍』、最低でも軍隊長に任命されるほどの戦果だった。それを知った軍の関係者たちは、兄こそが皇帝に相応しいと言い始めたそうだ。
母上と伯父上もそれに気付いており、何としても僕を皇太子のままで居続けられるように奮闘していたらしい。でと、普段は僕に甘いこの2人も、その日から少しだけ僕に冷たくなった気がする。
そして切羽詰まったのか、数日後に伯父上が、兄を暗殺する計画について話にきた。
勿論、僕も最初は反対した。でも伯父上が言うには、父上がなんと、兄を次期皇帝にする為に動いているという。それを聞いた瞬間、僕は恐怖に震えた。毎日のように考え、それでもあり得ないと現実から逃げ続けていた事がついに現実になってしまった。
…このままじゃ、僕は全てを失ってしまう…そしたら僕の存在意義って………でも、恋人を誘拐して2人とも殺すなんて…流石にやりすぎじゃ………こ、断らなきゃ…この計画を何としてもやめさせなくちゃ……
「分かりました。伯父上にお任せします。何としても、兄を殺してください。」
僕は伯父上の計画を許可した。でも、やるのは僕じゃない。伯父上が勝手にやるだけで僕は何も悪くない…僕は悪くないんだ…
婆は最後まで反対していた。しかし、先代から仕えている家の現当主である伯父上の意見を覆すことは出来なかった。そして婆は、最後の希望として僕に泣きついてきた。いつも厳しい婆が、全ての令嬢の見本となるべき貴婦人であるあの婆が、汚れなど気にせずに僕に向かって土下座してきたのだ。僕を説得する為に頭を地面に擦り付け、兄の暗殺を止めようと頼んできた。
…婆…婆がそこまで言うならやめよう。
確かに人質を取って暗殺するなんて卑怯な真似は良くない、そんな事を許可したら僕は皇太子としても、人間としても終わってしまう。婆に謝ろう。そして、兄が次期皇帝に………………………………………本当にそれでいいの?
物心ついた時から世話になっている母親同然とも言える婆の必死の懇願を見て、僕はそれを受け入れようと言葉を発した。
「…すまない婆、僕は何も見なかった事にする。お前は伯父上の指示通りに動け。」
僕の口は再び真逆の言葉を発していた。5年もの月日で溜まり切った僕の嫉妬心と恐怖心は理性を超越した。そのまま僕は逃げるようにその場を後にした。
ああ…僕は最低だ…でもこれで僕が皇帝に!
その足取りはいつもより速く、しかしいつもより重く感じた。
計画の実行当日、パーティの前に兄に会った。久々に会った兄は前とは少し違って、目に光が宿っていた。噂では、婚約者が出来た事で浮かれているそうだ。でも、そんな事はもうどうでもいい。これでこの男に会うのも最後だ。大切な恋人は今頃、婆が攫っているだろう。1ヶ月以上かけて計画した完璧な作戦だ。その間、ずっと国を離れていた兄が気付けるはずがない。計画も、僕と伯父と婆しか知らない。僕はいつも通りの兄の表情を見て計画の成功を確信した。
パーティの最中、父上の言葉を聞いた兄は急に会場を飛び出して何処かへ行ってしまった。おそらく僕たちの計画に気付いたのだろう。これほど早くバレる事は驚きではあったが、抜かりの無い伯父上は兄の勘の鋭さをここまで想定しており、既に誘拐は完遂していたのだ。
兄が出て行った後、伯父上と僕も計画通りに会場の外に出る。そして僕は伯父上の私兵に指示を飛ばす。彼らは既に僕の能力で洗脳が完了しており、僕の命令一つで命を捧げてくれる。彼らに出した命令は、とある男の暗殺だ。
その男は東側の人間でありながら、先の戦争でも大きな武功を挙げている。その実力は常軌を逸しており、本気になれば誰も手に負えない強さだそうだ。そんな彼は今回の計画に邪魔な存在であり、自分の立場も気にしない事から、兄の死を知った彼に報復として暴れられるのを恐れた伯父上は暗殺すべきと判断した。
僕の命令を受けた彼らはその男の元へ向かう。その男は昼間はいつも寝ており、奇襲すれば暗殺も容易だと伯父上が言っていた。
僕は自分の部屋で1人、結果の報告を待っていた。しばらくすると、一通のメールが届いた。それは伯父上からのモノで、計画通り兄を始末したとの事だった。それと後で確認するために、兄の死体の場所も教えてくれた。
僕は計画が成功した事に安堵した。兄の知恵と力は侮れない。どんな状況でも楽観視は出来ないと伯父上も言っていたが、婚約者を人質に取られていたら流石に何もできなかったようだ。
…よし…やったぞ!!…これで僕が次の皇帝に!!
この5年間の嫉妬、恐怖から解放された僕は天を見上げて、嬉しさを爆発させた。……でも、本当にこれでよかったのか?
「殿下!!失礼します!!ここは危険です!早くお逃げを!」
その瞬間、僕の部屋の扉を激しく開ける男がいた。彼は先ほど送り出した伯父上の私兵の1人だ。
しかし、彼は全身汗だくで、所々に血が付着していた。その焦り様は異常で、何かの緊急事態が起きていることは明白だった。それを見た僕は1つの答えに辿りつく。
「殿下!お早く…グハァ!!」
「よっと…んで?コイツらの言ってた殿下とか言うのはテメェだな?」
彼が突然僕の方に吹っ飛んできたと思ったら、部屋の扉の前には返り血を浴びた男が立っていた。
「はぁ…気持ちよく寝てたのに起こしやがって…んで?テメェは一体誰だ?何で俺を殺そうとした?」
男の暗殺は失敗していた。詳しくは分からないが、僕の指示を受けた彼らはおそらく全員やられ、最後の1人である彼が僕を守る為にここに来たが、それが裏目となり目の前の男に僕の居場所が見つかってしまったのだ。
伯父上達は、兄の殺害の為にここからかなり遠くにいる。助けはもう来ない。…どうする!?
「ぼ…ぼぼ僕は…だ、第二皇子の……」
目の前の男の圧倒的な存在感に僕は萎縮して、声が出なくなった。僕も普段から戦闘の訓練してはいるが、所詮お遊びレベル。才能のない僕では、さっきやられた彼にすら勝てないだろう。故に、彼らより遥かに強いだろう目の前の男に勝てる可能性など皆無だった。生まれてこの方、大切に城の中で育てられた僕に危険が及ぶ事など一度もなく、人生で初めて感じる死の恐怖だった。手足が震え、声も出ない。腰に下げた剣に手をかけるが、焦りでうまく抜けない。ようやく抜いた剣を正眼に構えるが、剣を取ったことで逆に理解してしまった。僕が如何に無力なのかを、こんなバケモノを倒したという兄の凄さを。僕の下半身からは黄色の液体が流れ落ち、地面を濡らす。それでも僕は震える足に力を入れて立っていた。兄がやれたなら……僕だって…僕だってやれるんだ!!
「うぉおお!!」
「おらっ!!」
全力で剣を振りにいった僕の顔面に衝撃が走る。人生で初めて経験する、顔面を殴られる痛み。そのあまりの衝撃に、僕は脳まで揺さぶられ、勢いよく部屋の壁に突き刺さった。
「あ?弱いな。アイツの兄弟って聞いてたから、期待したのによ。でも、安心しな。お前には色々と聞きてえ事があるからな。」
そう言ってその男が僕に近づいてくるのが見えた。でも、僕には何もできなかった。
殴られた頬が激しく痛む。身体に力も入らない。脳への衝撃で僕の意識は朦朧としていた。
…顔がすごく痛い…それに、指一本動かせない…僕もここで死ぬのか……因果応報だな……
それ以降は殆ど覚えていない。薄れゆく意識の中、僕は己の選択を後悔した。
ああ…やっぱり僕は……
要約
第二皇子ケーリオンは能力には恵まれたが、それ以外は凡人だった。初めは兄の事を無能力者だと見下していたが、その才能を知って激しく嫉妬するようになった。次第にその嫉妬は恐怖へと変わり、兄を疎ましく思うようになった。兄を暗殺する計画にも本心ではダメだと分かっていながら、自身の存在意義を失う事への恐怖から許可を出してしまう。その後、将士にボコられてユーファスの所まで連れて来られた。
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