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死亡

「はぁはぁ…」


「殿下…」


 2人は ねるがまだ部屋の中にいるかもしれないという限りなく0に近い確率を信じてその部屋を探し続けた。几帳面な2人が普段から完璧に整理整頓していた私物は散乱しており、2人の焦燥感が如実に現れている。

 これまでの人生で挫折や失敗などした事のないユーファスは、初めての感情に支配されていた。自分の感情をコントロールできず、手当たり次第に近くのモノを壊していく。


「クソッ!クソ!クソォオオ!!」


「落ち着いてください殿下!!お嬢様はまだ殺されていないはずです!!お早く何か次の手を打たねば、アチラの思う壺です!!」


「そんな事は分かっている!!だが、今すぐに痕跡を辿れば危機感を感じたヤツが ねるを殺すかもしれない!!それにこのメイドの死体の様子から、誘拐されたのはおよそ2時間前。ねるが連れ出された範囲は最大で半径100キロ圏内。正攻法で見つける事は困難だ。故に今は何もできない…それにこの事を陛下に伝える事も…」


「その通りでございます、ユーファス殿下。貴方様がお利口で説明の手間が省けました。」


 いきなり声をかけられた事でジーガスは咄嗟に声の方を見るが、ユーファスはこのタイミングを予想していたかのように振り返らなかった。


「エルナ、やはりお前が実行犯だったのか。命令を受けたのは俺たちと別れたあの時だな?」


「……その洞察力、流石はユーファス殿下でございます。だからこそ貴方様は危ういのです。申し訳ありませんが、この場で私の話を聞いていただきます。」


「エルナ!!貴女は何をやっているのですか!!殿下の婚約者を拐うとは、許される事ではありません!!今すぐに彼女を解放してください!!」


 ジーガスは困惑しながらも己の妻のした所業に怒りを露わにする。しかし、それに対するエルナの視線は冷たかった。


「私は貴方の妻である以前にケーリオン殿下の世話係、あのお方が王になる為に動く事が私の勤め。そのためであれば、どんな事でもいたします。」


 無機質な表情で淡々とそう告げるエルナの手は少しだけ震えているように思えた。しかし、頭に血が昇ったジーガスの怒りは収まらない。


「そのためであれば第一皇子であるユーファス殿下を陥れる事も厭わないと!?ふざけるのも大概に」


「ふぅ……爺…少し黙れ。エルナのこの目を見て、まだ情に絆される余地があると思っているのなら、お前は旦那失格だ。俺がエルナと話す。」


「っ!!…失礼致しました。」


「では殿下、話をさせていただきます。聡明な殿下の事ですから、これを仕組んだお方について説明する必要はございませんね?」


「ああ…バチラス卿だな?それと皇太子派と呼ばれている大臣どもだな?」


「流石でございます。では、早速コチラの要求を告げさせていただきます。我々の要求はユーファス殿下の廃嫡と国外追放でございます。王族としての地位を全て捨て、帝国を離れ他国の一般市民として大人しく生きられるのならばお嬢様を解放するとの事です。」


 大人しくしていたジーガスは、それを聞いて再び激昂する。


「な!貴女は自分が何を言ってるのか分かっているのですか!?そんな事を陛下がお許しになるはずがありません!!そもそも…」


「分かった。お前たちの要求を飲もう。廃嫡に関連する諸々の手配は任せる。その代わり、今すぐに ねるの所へ案内してくれ。」


 ジーガスの話を遮り、ユーファスは即答で了承する。


「しかし殿下!!殿下が廃嫡の上で国外追放など、ありえません!!これだけ帝国に貢献している殿下に対してあまりにも酷い仕打ちです!!それに、彼らが本当に約束を」


「爺!!黙って言う事を聞け。俺にとっては皇子としての地位など必要ない。それに…ねるさえ返ってくるのならばこの国にも未練はない。だから…あとは任せる。」


 そう言ってユーファスはジーガスに何かを訴えかける。


「一体何を………っ!!そう言う事ですか…ですが、それはあまりにリスクが高すぎます!!ご再考を!」


 ユーファスの意図を汲み取ったジーガスが否定する。


「黙れ…俺の言う通りにしろ。」


 ユーファスは冷たい視線でジーガスに命令する。


「ぬっ……かしこまりました殿下。であれば、この私にお任せください。」


 ジーガスも全てを飲み込み、ユーファスに頭を下げた。側で聞いていたエルナは何のことか全く気付いていない。


「エルナ、俺からも最後に一つだけ条件がある。国外へ行くのは ねると一緒にだ。今すぐに彼女に会わせろ。」


 ユーファスは命令するような口調でエルナに条件を突きつける。エルナはユーファスのその表情から、それだけは絶対に譲らないと言う強い意思を感じた。


「かしこまりました。ですが、お嬢様を返した途端に暴れられるワケにはいきません。殿下、右腕をコチラに向けてください。」


「分かった。」


 ユーファスは言われるがままに右腕を前に突き出す。


「では、失礼致します!!」


 その瞬間、エルナが懐から長いナイフを抜き、一瞬でユーファスの腕を切り落とした。


「グゥ!!」


「殿下!!」


 一瞬の出来事で困惑するジーガスに対して、既に予想していたユーファスは既に止血を行っている。


「エルナ!貴様!!どこまで殿下を愚弄すれば気が済むのだ!!」


「はぁはぁ…やめろ爺。当然の対応だ。俺があっちの立場でもそうする。グゥ!!」


 あまりの苦痛に顔を歪めるユーファスだが、エルナは更に淡々と告げる。


「では、次は左腕を切り落とさせていただきます。前にお出しください。」


「エルナ!何を言っているのだ!!正気か!!これ以上は殿下が死んでしまうぞ!!」


「いいえ、これは元々指示されていた事です。殿下がお嬢様に会いたいと言うのであれば両腕を落としてから連れくるようにと命令を受けております。それに、その止血の手際の良さであれば、失血死する事はないでしょう。」


 既に完璧に止血を終えたユーファスの腕からは血がほとんど流れていなかった。


「はぁはぁ…ああ、次だ。」


 そう言ってユーファスは汗だくになりながら、左腕も差し出す。


「…殿下…では失礼いたします。」


「…グゥアア!!」


 左腕も切り落とされたユーファスはその痛みから絶叫する。


「殿下ぁあ!!」


 両腕を失ったユーファスの代わりにジーガスが左腕を急いで止血する。その手際の良さは先ほどでは無いが、ほぼ完璧に血を止める事に成功した。


「殿下…グゥゥ!!申し訳ありません!!申し訳ありません!!」


「はぁ…はぁ………いい、両腕など義手を付ければ済む話だ。…はぁはぁ…エルナ、それよりも早く ねるに会わせろ。今すぐにだ!!」


「かしこまりました。では、私についてきてください。」


「グハッ……」


 そう言ってエルナは歩き出したが、ユーファスは膝をついてしまった。いくら出血を抑えたとて、歩き出すほどの余力が残されていなかったのだ。


「殿下…ううっ!!私が背負わせていただきます!!気をしっかりとお待ちください!」


 ジーガスは膝をついたユーファスを背負い上げてエルナの後をついて行った。



 城を出てしばらく歩いたところで、とある建物の前に到着する。


「着きました。コチラにお嬢様がいらっしゃいます。では中に入ります。」


 エルナはその建物の唯一の入り口と思われる小さな扉の鍵を使って中に入る。2人も後ろから追従して中に入るが、中は真っ暗で一筋の光もなかった。さらに中を少し歩くと、とある場所で止められる。

 そしてその瞬間、部屋の電気が付き、辺りが明るくなる。その部屋は入口の扉以外何も無い部屋で、少し広かった。


「まもなく、お嬢様が参ります。少々お待ちください。」



 そうしてしばらくすると、人の気配がした。そして、入口の扉から複数人の男が入ってくる。


「まさか、本当に両腕を捨ててまで会いに来るなんてな。先ほどぶりですね、殿下。気分はいかがですか?」


 男たちの先頭に立つのは先ほど話をしていたバチラス卿だった。周りにはバチラス卿の護衛と思われる人間が複数人いた。


「はぁはぁ…まあまあだ。それにしても、俺がいない間に色々あったようだなバチラス卿。まさか貴様が、ここまで大胆に俺を潰しに来るとは思わなかったよ。」


「そうですなぁ…数ヶ月前の私であればこんな事はしなかったでしょう。貴方によってもたらされた利益については私が一番知っていますからね。ですが、陛下からあの話を聞いた時は驚きましたよ。まさか、無能力者である貴方を皇帝に据えるなどと言う事を言い出すとは。長い帝国の掟に背くこの決定が罷り通るのであれば、貴方様が皇帝になるのは確実。私の甥であるケーリオン殿下が皇帝になる事が出来なくなってしまう。故に、貴方様には申し訳ありませんが、この国から出て行っていただきます。どの道その腕では皇帝になるどころではありませんが。」


「御託はいい…それよりも早く ねるを返せ。はぁはぁ…後ろにいる事は分かっているんだ。早くしろ。」


「その怪我でまだ意識を保っていられるとは…流石ですね、いいでしょう。連れてきなさい。」


 そう言ってバチラス卿が指示を出すと、後ろから ねるが連れてこられた。


「ユーフ様!!」


「ねる!!」


 解放された ねるは勢いよく飛び出し、ユーファスに抱きついた。ユーファスも失った両腕など関係ないかのように ねるに抱擁を交わした。


「うわぁああん!!ユーフ様!!ごめんなさい!!私のせいでユーフ様が!!」


 そう言って大声で泣き始めた ねるをユーファスは慰める。


「大丈夫だ。何も気負わなくていい。全ては俺の責任だ。」


「でも、でも!!両腕も失って、皇子様としてもこの国にいられなくなって…私のせいで!!」


「俺にはお前がいればそれでいい。だから、行こう。どこへでも一緒に……っ!!」


「やれ。」


 その瞬間、バチラス卿の護衛の1人が動き出し、ねるの背後から攻撃を仕掛ける。ユーファスもギリギリで気付いたが、腕がないユーファスはそれを防ぐ事は出来なかった。


「殿下!!」


「グォオオ!!ゴハッ!!」


「ゴフッ!……ユーフ…さ…ま…」


 その槍は ねるの背中から突き刺さり、ねるとユーファスの心臓を性格に貫いていた。それは誰がどう見ても致命傷だった。2人は抱き合ったまま、激しく吐血する。やがて呼吸も困難になり力を失った2人がその場に崩れ落ちる。


「申し訳ありませんね、殿下。貴方を生かしておくメリットはない。その女もですが。最期には仲良く2人で死んでください。」


 ユーファスは途絶えゆく意識の中、目の前で死にゆく ねるの顔を見ていた。


「…ねる…ゴフッ!…すまない…俺のせいで…お前まで…ね…る………」


「…ゆ…ふさま……わたし…まだ………」


 そうしてユーファスは目の前が真っ暗になり、やがてその心臓の鼓動が止まり、完全に死亡した。

勝ったッ!第3部完ッ!

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