百年の恋も醒めるってものよ
「ねえケイト、あんたの従姉妹、またやってるわよ」
親友のジェーンに言われて振り向くと、従姉妹のアマンダが見知らぬ男子生徒にしなだれかかっていた。
「あれはもうビョーキだと思うしかないわ」
私が言うと、ジェーンは苦笑した。
「あんなことばかりしていれば、そのうち痛い目を見るのにね」
そう呟いたジェーンは憂い顔だ。そうでしょうね。
二人で同時にため息をついた。
私の父は官吏で、現在は派遣され地方の商業都市に勤務しているが、十日と空けずに戻ってくる。家族を溺愛する故にだが、またそれ故に私たちを王都に残している。現在我が国では地位としての貴族は存在するものの、その権力や栄光はとうに過去のものだ。それでも、上流社会の教育や将来の伴侶探しのためには、王都にいた方がいいだろうとの配慮だ。
親友のジェーンとは学園で知り合った。世話焼きで情に厚い、得難い友人を得たと思っている。彼女には恋人がいて、すでに家族ぐるみの仲で婚約も決まっているのだとか。うらやましいかぎりだ。
かくいう私にも交際している相手がいるが、最近はギクシャクしている。原因はもちろん、アマンダだ。
従姉妹であるアマンダは、私の父の弟の娘。叔父フレッドは、父に似て家族を溺愛している。だが叔父の妻、アマンダの母親は早くに亡くなってしまった。叔父はその後は独身を貫き、その愛情をアマンダとその弟のマークに過剰に注いでいるという訳だ。
私も、アマンダが母親を亡くした当初はあれこれと世話をしたものだったが、彼女が同い年の私に世話されることに「当然だ」という態度を取り出したので、父と相談の上、距離をとっている。
私も小さい頃は甘やかしてくれる叔父が大好きだったが、今では歪んでいることがわかる。
ただ、叔父だけが悪いわけではないとも知っている。なぜなら、アマンダの弟マークは比較的マトモだからだ。同じように歪んだ愛を受けていたが一方はマトモということは、受け取る方も歪んでいなければああはならないということだ。
そんな風に距離を保っていたアマンダとの関係が一気に崩れたのは、あの子が私の恋人のザックにすり寄ってきたからだった。
ザックにはアマンダのことを詳しく話したことはない。従姉妹だけれどもずいぶんと迷惑を被ったので、家族とも相談の上、関わらないようにしている、とだけ話していた。そんな彼女を遠ざけようとはしていないところを見ると、ザックはアマンダを気に入っているんだろう。アマンダを気にかける彼に失望した私は、何も言わずに少しずつ彼とも距離をとった。それでザックがどうするのかはザックの自由だ。ただ不誠実なことはしないでほしいと思っていたのだけれど。
私は常にこっそりと、ザックから贈られたペンダントを身につけていた。ある日屋外の実習があり、ペンダントに傷がついたり邪魔になったりしないよう、外して着替えと共に更衣室に置いていたのだが、それが無くなった。
アマンダは、私がそれを身につけているのを見たことがある。そして、お揃いのペンダントをザックが持っていることも知っている。どうやって鍵を開けたのか知らないが、アマンダはそれを盗み出したのだ。
しかもだ。
それを、「ザックから贈られた、彼とお揃いだ」と、見せびらかしていたというではないか。なんて馬鹿なんだ。ザック本人が否定すれば、あっという間に盗みも嘘もバレるというのに。それとも、ザックが否定しないという確信でもあるというのか。
帰宅した私が事情を詳しく話すと、父と兄は激怒した。その日のうちに、父と兄と一緒に、私はアマンダの家に乗り込んだ。
アマンダは当然、否定した。叔父も眉を顰めている。
「アマンダはザックくんから貰ったと言っているんだ。それを盗んだというのか!?」
叔父は大声で言った。
「そのペンダントは私が、私の交際相手であるザックから貰ったものです。嘘だと思うなら、ペンダントの内側に、Z to Kって彫ってあるから。そんなものをアマンダに贈るわけがないでしょう?」
叔父と同様に、アマンダも驚いていた。おそらくイニシャルのことは知らなかったのだ。
「もういいわ、とにかく。アマンダが盗っていった私のペンダントを返してください」
アマンダはペンダントをギュッと握って、見せようとしなかった。
「アマンダ。ケイトにペンダントを返そう?」
叔父は私の話が本当だと悟ったのだろう。猫撫で声でアマンダに微笑みかけた。アマンダは観念したのかイニシャルの入ったペンダントなどいらなくなったのか、私をものすごい形相で睨みつけるとペンダントを投げつけてよこした。
私は呆気に取られ、ぶつけられたペンダントが床に転がっていくのをただ見つめるしかなかった。それだけでも怒髪が天を衝くんじゃないかというのに、それを見た叔父の言葉が正気を疑うものだった。
「よくできたね、アマンダ。えらいぞ、いい子だ」
私たち一家は衝撃で口も開けない。やがて私は小さく首を振ると、ペンダントを拾い上げた。
「もういいわ。帰りましょう」
私は一刻も早くこの場から去りたかった。だが、父はそうではないらしかった。私を制するとアマンダを睨みつけた。
「それが人から盗んだ物を返す時の態度かね?」
叔父は驚愕した。父がそんなふうに言うとは想像していなかったのだ。
「悪いことをしたとわからないのか?窃盗だぞ?それとも、うちのケイトには、なにをしても構わないとでも考えているのか?」
父はフレッド叔父を振り返った。
「私は再三、お前に忠告したな。アマンダを甘やかしすぎだと。本人のためにならないと。もしアマンダがまたケイトを傷つけるようなことをしでかしたら、もう黙っていないと。お前とは絶縁だ。二度とケイトにも家族にも近付かないでくれ。アマンダだけじゃない、フレッド、お前もだ」
「そんな、兄さん……」
「私も父もお前には、物の道理を教えたつもりだ。アマンダももう十分に、分別がついていなければならない年頃だ。なのにお前の態度は、まるで三歳児に対するそれだ。自覚しろ」
これ以上の話を私に聞かせたくなかったのだろう。兄がわざとギギギと椅子に悲鳴を上げさせながら立ち上がった。兄の完璧なエスコートで優雅に退出し、二人で車の中で父を待った。父と叔父たちがその後どんな話をしたのか、私は知らない。
結局その後、私たち一家は父の赴任先である商業都市に引っ越した。
兄だけは残って学園の寮で暮らすことになった。恋人と離れたくないらしい。
ジェーンは時折、私を訪ねてきてくれる。
「どう?その後の暮らしは」
ジェーンはにこやかに尋ねてきた。
「こちらは刺激的で毎日楽しいの。こうなってよかったって、心底思っているのよ」
私が言うと、ジェーンは遠慮がちに口を開いた。
「……でも、結局ザックとは別れちゃったじゃない?それはよかったの?」
私は小さく笑った。
「百年の恋も冷めるって、このことだと思ったわ。その後、ザックがねじ込んできたの。きっと、アマンダがザックに、私が酷いことをしたとかなんとか、色々吹き込んだんじゃないかな」
私とザックは破局した。思い出したくもないが、私はその時の出来事をジェーンに話し始めた。
「ケイト!お前がそんな人間だとは、思わなかったぞ!」
学園を去る直前、ザックが声をかけてきた。
「藪から棒に一体なに?久しぶりに会ったというのに」
廊下で大声を出さないでほしい。放課後の忙しない雰囲気の中、周りの生徒らが足を止めて私たちの会話を聞きはじめてしまったではないか。
「君に贈ったペンダントを、アマンダを陥れるのに使ったそうじゃないか!」
ザックが言うには、私は「ザックと幸せになって」と言ってあのペンダントを遠慮するアマンダに無理やり譲ったそうだ。そして盗まれたと叔父たちに言ったというのだ。
あの性悪。よくもそんなことが考えつくな。誰かをそんな風に陥れたことでもあるんだろうか。
私は深く長いため息をついた。
「……確かに私はあの子が嫌いだわよ。たった今、大嫌いになったわ。でも、ザックあなた、私のこと、ただ嫌いだからって従姉妹を陥れるような人間だと思うの?」
「……え?」
「私は人のこと、嫌いだったらせいぜい親友とこっそり悪口言うくらいだわ。交際相手から貰った大切なペンダントを使って、他人を陥れるような人間でもない。私がそんなことするような人柄だと思っていたのね、酷いわ」
「そ、それは……」
私は再び、ため息をついた。
「ザック。私、あなたがアマンダと親しくしてるのは知ってたわ。私が彼女から大変な迷惑を被ったと知っているのに、そんな人と仲良くするなんてどういう神経かと思っていたのよ。百歩譲って、私よりアマンダの方が好きになっちゃったのなら、人の心のことだし、どうしようもなかったとしてもよ。あなたの態度は酷いと思うわ。アマンダの方が好きなら、私とはちゃんと別れるべきだったと思わない?アマンダから色良い返事をもらえるまでは私を彼女にしておこうなんて、大した侮辱だわ」
「そんなつもりでは……」
「じゃあどんなつもりだったの?それとね、アマンダから色良い返事なんて、永遠にもらえないわよ。予言してあげる。とにかくこのペンダントは返すわ。あなたに贈ったペンダントは見たくもないので捨ててください。じゃ、さよなら」
私はザックにペンダントを手渡した。アマンダじゃあるまいし、投げつけたりしない。そして彼に背を向けた。ザックは呆気に取られていたが、慌てて追い縋ってきた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。予言?」
やれやれ、私と別れるということより、アマンダのことが気になるらしい。
「アマンダのこと?嘘だと思うなら、あの子のこと、ジェーンの彼氏だけじゃなくて、パティやメアリーの彼氏にも聞いてみるといいわ。あの人たちはアマンダがツバつけようとしても振り払ってたから」
「ツバつけ……!アマンダはそんな子じゃない!」
「あきれた。じゃあそのペンダントを、アマンダにプレゼントしてみたらいいわ。最初は大して喜ばなくても、私から取り返してやったって言えば大喜びするわよ」
それがどう言うことを意味するのか、わからなくはないだろう。ザックは驚愕の表情だ。
「さよなら、ザック。あなたのこと、大好きだったわ。今では、悪い夢から覚めたような気分よ」
今度は、ザックがなにか言っていても振り返らなかった。転校することも、引っ越しをすることも彼には告げなかった。
私は語り終えると、クッキーをひとつ口に放り込んだ。王都の学園や社交界を離れてみると、こんな食べ方も許されないほど、いかにあそこが時代に取り残され、古い因習や老いた習慣に縛られていたのかがわかる。
「ところで、あなたのお兄さん、すごいわねぇ」
ジェーンが言い出した。
「あら!そうかしら?ありがとう。自慢の兄ではあるけれど」
「お兄さんの彼女もすごいわよ。二人して、こちらの特産とか、王都ではとても手に入らないような珍しいものを融通してくれるので評判よ。ついでに、この都市の評判も急上昇。最新の流行も、このところ王都じゃなくてここから発信されているしね」
私はにっこりと笑った。
「ふふ、聞いているわ。今ではどの商会も、王都にはない珍しくて特色のあるものを競って開発しているわ。そうだ、今度、ドレスの発表夜会があるの。参加しない?」
「発表……何?」
「最新の流行を、王都の夜会でばかり発表するのはまどろっこしいわ。注文主の意向にも合わせなければならないし、一着ずつしか見せられないし。
あのね、こちらのドレスメーカーさんたちが、若い子女に夜会で工房の新しいドレスを着させてくれるの。私たち、何度かお着替えしながらお客様方にドレスを見てもらうのよ。彼氏さんがエスコートしてくれるんだったら、彼氏さんとお揃いの服も用意できるわよ。王都の古くさ……、伝統的なドレスばかり作っているメーカーさんたちは馬鹿にしてるけど、その伝統のドレスだって昔は革新的だったのよ!奇抜なものも大胆なものもあるけれど、それでも良ければ、ぜひ」
「面白そうだわ。参加したいけど、彼に聞いてみないと」
「それはそうよ、相談もせずに安請け合いさせたら私が怒られるわ」
「……さてはあなた、その発表夜会とやらの黒幕ね?」
「いやだわ、黒幕だなんて。父がここの領主様の補佐をしているから、いろいろ情報が入ってくるだけよ。ところで、ザックやアマンダはどうしている?」
ジェーンは顔を顰めた。
「アマンダはしばらくは相変わらずだったけど、男子たちが彼女のこと、「共有物」とみなしているのに気付いたみたい。遅すぎるけどね」
「……共有物ぅ!?」
「そう。つまり男どもの、手軽で後腐れない遊び相手ね。アマンダったら最初は男子にモテるとイキリまくってたけど、結局多くからモテるはずが、多くから共同利用されていただけ。男どもも見栄の張り合いで争奪を繰り広げてたけど、ある時気付くわけ。そこまでするほどコイツいい女か?皆で共有しておけばいいんじゃないか?ってね!誰とでもいい仲になる女に深い愛情なんか注げないわよ、フツー。逆もだけど。やっぱり熱愛って、一対一じゃないと成立しないわよねー」
ジェーンと彼氏みたいにか。そう突っ込みたくなったが、アマンダの話が気になって茶々を入れるのはやめて黙っていた。
「誰も本気で相手しているんじゃないってわかると、アマンダも誰か捕まえておこうと見苦しいほど必死よ。でも評判が地に落ちてて学園じゃ無理ね。彼女のお父様も苦労してるみたいね」
ジェーンはカップを持ち上げるとイタズラっぽい目で私を見た。
「……そんなことになっていたのね。でも、もし私だったら、アマンダと遊ぶような男も嫌だけどな」
「そうよね。それで別れたカップルも結構いたみたい。享楽人を気取ってアマンダと遊んでた男もいたけど、結局、遊んだだけで離れていったわ。ザックもね。あの人、新しい彼女はまだいないみたいね。見るからにションボリして、一気にサエない男になったわよ」
私は笑い声を上げた。
「それはそれは!でもまぁ、ショボくれていようがヤツれていようが関係ないわ。こちらにすり寄ってきたり、迷惑かけたりしなければね。ザマみろって思う私は悪い人間かしら?」
ジェーンも笑い声を上げた。
「正直者だとは思うわよ!」
つまりジェーンもザマみろと思っていたらしい。
「王都は政治の中心だけど、文化の中心はこの都市よ!アマンダに尻尾振ってた男どもが、ここの価値やらあなたの価値やらに気付いて言い寄ってくるかもしれないわ」
「絶対イヤよ、願い下げよ!」
私たちは笑い合った。
どこかで「昔の女が幸せだと聞く複雑な気持ち」とやらを耳にしたことがあるが、「昔の男が幸せではないと聞く気持ち」もなかなかに複雑なものだ。だって本当に好きだったんだもの。私は別に、ザックが不幸になればいいとまでは思わないけれど、目の前で幸福そうなのも面白くないので、もう二度と会わない遠いどこかで、そこそこ幸せになってくれたらいいと思う。
私は今、ものすごく幸せだけれどね!!
熱愛に関する考えはジェーンの個人的な見解であり、彼女も異論は認めてます(笑)。
「発表夜会」は作者の造語です。ファッションショーもと違うし、どうしようかなと考えあぐねてこんな言葉にしてみました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




