9話 食事は一緒に
イグナレスが、部屋に入ってきた。
彼はものすごく長身。2メートルくらいあると思う。だからこの部屋──ベッドもテーブルも、なにもかも大きい──の住人としては、私よりずっとふさわしく思われた。
「...ヴァルト。入り浸ってはいないだろうな」
イグナレスの、低い声が部屋に落ちる。ヴァルトが肩をすくめて笑った。
「今来たばかりだよ。どっかいった方がいい?」
「魔力を注いではいないな?」
「もちろん」
「なら良い」
イグナレスは私を見下ろした。ヒッと喉から声が出たし、自然と顔が赤くなる。
それは、だって、仕方ないと思う。
気絶する前、ヴァルトが私の頭を掴んで…彼日く、元気にするため、魔力を注いだ。
それで死にそうになった私を助けるために、イグナレスは私の魔力を吸い取ってくれたわけだけど。
その方法がキスだった。キスというか、あれは人口呼吸のようなものだったのかもしれない。
魔族的にはノーカンなのかもしれないが、私的にはノーカンと割り切るのは少々難しいわけで。
が、ふと。彼の瞳は、何かを押し殺しているように見えた。
怒り?嫌悪?わからない。とにかく、マイナスな感情だと思った。
ただ、見られているだけで背筋が冷える。私は慌てて彼から視線を外して俯いた。
「ユウカ。体調はいかがですか」
声は静か。でも、温度がゼロというかマイナスだった。声をかけられてしまったので、私はおそるおそる顔をあげる。
「は、はい…。大変、よくしてもらって」
必死に笑顔を作ったけれど、イグナレスの表情は一切動かない。
「何か、不便なことや必要なものはありますか」
淡々とした声。尋問みたいだ。その時、ヴァルトが口を挟んだ。
「ねぇ。ここのドアに、イグさんの部屋と同じベルつけて。俺、また壊しちゃう」
私は青ざめて「いえそんな」とか「めっそうも」とか口ごもったけれど、イグナレスは「わかりました、言いつけておきましょう」とあっさり言った。
「他にも希望があったら伝えるように。
それと体調不良の申告も早めにお願いします。気になる症状があったらすぐに伝えること。
伝えるのは私でも、ヴァルトでも、他の者でもいい」
矢継ぎ早な言葉に気おされて、私は「え、あ、はい」「わ、わかりました」と必死に相槌をうった。
イグナレスは私へ向き直った。
「ではもう一度尋ねます」
私はなぜかじっとりと冷や汗をかいた。
「体調はいかがですか?現状を、偽り無く申告せよ」
冷ややかな目で見下ろされる。その視線に、胸の奥がざわりとした。
まるで、私の言葉ひとつでなにかを測られているみたいだった。
「お、おなかが空いているだけで元気です!」
必死に答えると、イグナレスは一拍置いてから。
「よろしい。食事を摂りなさい」
と言った。その声には、やはり何の感情もなかった。くるりと踵を返し、イグナレスは部屋を後にした。
冷や汗をかく私と、ベッドに転がるヴァルトがのこされた。
「ねぇ。食事の時は俺はいない方がいいの?昨日はふつうにいたけどさ」
ヴァルトは何事もなかったかのように、頬杖をついて言った。今日は彼から質問を受けてばっかりだ。私は答えに少し迷ったが、結局。
「…誰かと一緒に食べる方が、私は好きです」
と答えた。




