51話 暴力はすべてを解決する
イグナレスのおかげで、私はシオさんにお別れを言うことができた。
胸につかえていた塊はなくなった。泣き疲れて、すっきりしたって感じかもしれない。
けれど心にぽっかりと空いた穴に、冷たい風が吹き抜けているような感覚は消えなかった。
イグナレスには絶対安静を言い渡されている。いずれにせよ、魔王軍の受けたダメージが大きすぎる。すぐに再戦というわけにはいかない。だから今のうちにゆっくり休めと。
私は自室の窓辺で、ただぼんやりと外を眺めていた。窓枠には、もう格子も茨もない。新たに取り付けられたガラス戸を開ければ、冷たい風が吹き込んでくる。
私の手の中には、もう何の声も発さなくなった綺麗な石がある。それをじっとみつめた。
「……はぁ」
ため息をついた、その時だった。
ガチャ、ガ……
ドアノブが回る音がした。鍵はかかっているはずだ。
バキッ
嫌な音がして、ドアが勢いよく開いた。蝶番が悲鳴を上げ、ドアノブがひしゃげている。
「あれっ」
間の抜けた声をあげて入ってきたのは、ヴァルトだった。
彼は手に残ったドアノブの残骸と、ひしゃげたドアを交互に見て、へらりと笑った。
「ごめんごめーん。開かないから回したら、壊れちゃった」
「…………」
──ベル……鳴らしてよ……。
とは思ったが、なんだか力が抜けて言葉も出ない。ヴァルトは壊れたドアを気にする様子もなく、ずかずかと部屋に入ってきた。そして私の目の前まで来ると、きょとんとした顔で覗き込んでくる。
「あれ、どーしたの?なんか元気ないね」
「え……」
「しなびた野菜みたい」
大変失礼な表現を口にしながら、彼は不思議そうに首を傾げた。その紅い瞳は純粋で底知れなくて、心の奥まで見透かすようだ。私はそっと目を逸らした。
「ヴァルト…その、怪我は…」
「あーとっくに治ったよ?なんかいろんな魔族によってたかられてびっくりしたけど。ほら、こっちも元通り〜」
ヴァルトは笑顔で先日失われたはずの左手をふらふら振った後、その手を伸ばして私の腕をがしっと掴んだ。
「ということで、行こう。ユウカ」
「え、どこへ?」
「高いとこ」
ヴァルトは有無を言わさず、私を片手でひょいと抱き上げた。まるで猫か何かを拾い上げるような手つきだ。
「わっ、ちょっと!?」
「暴れないでね。落としたら大変だし」
彼はにこっと笑うと、そのまま窓枠に足をかけた。壊れたドアから出るつもりすらないらしい。
「いっくよ〜」
「え、あ、ちょ……きゃあああ!?」
◆
連れてこられたのは、魔王城の中でも一番高い、尖塔の屋上だった。
風が強く、眼下には魔族の領地と、その向こうに広がる荒野が一望できる。
私は高いところ、あんまり得意じゃなかったはずだけど。ヴァルトに抱えられて高く飛んだり、巨人のヴァルトの手のひらに乗ったことで、なんだか慣れてしまったのかもしれない。そんなに高さが気にならなかったし、落ちてしまうかもと怯える気持ちもなかった。
まぁきっと、私がまぬけに転がり落ちそうになったらヴァルトが助けてくれるだろうという気持ちもあった。
ということで、高さは大丈夫だったけれど。
「……ここ寒いよ、ヴァルト」
「そう?ユウカは寒がりだねー」
ヴァルトは縁に腰掛け、脚をぶらぶらさせている。
私はマントをしっかりとかき合わせ、彼の隣に座った。
不思議と、ヴァルトの隣は少し暖かい。彼自身が巨大な熱源体みたいだ。だから熱を分けてもらうみたいに彼にぴたと寄り添った。ヴァルトは気にせず口を開く。
「……ユウカはさ、どーしたの?」
ヴァルトが遠くを見ながら、世間話でもするように聞いた。
「俺さ、難しいことは分かんないけど。ユウカが帰ってきてから…というか、戦いの途中から?なんかずっと変だったのは分かるよ」
「……」
彼はさらりといったけれど、その言葉には…なんというか、裏表のない気遣いみたいなものを感じた。
私はイグナレスの前では、しっかりしないと、と思っていた。前へ進むと決めたからには、弱音を吐いてはいけない気がした。
でも、なぜだろう。ヴァルトの前だと…固く閉じていた唇がゆるんだ。
「……シオさんが、死んじゃって。お別れ言えたけど、悲しくて」
私は、ポツリと話し始めた。
「シオ…?あ、思い出した。きみを逃した人間か」
ヴァルトがあぁ〜と手を叩いた。私は小さく頷く。
「うん。……それにね、家族…お姉ちゃんに会って…」
「ああ、“お姉ちゃん”ね。新しい救世主だ」
「そうだよ。お姉ちゃん…分かってくれなかった。私が帰りたくないって言ったら、無理やり連れて帰ろうとして……それに……ロイさんは、私を殺そうとした」
言葉にすると、蓋をしていた感情が溢れ出してきた。悲しみよりも、ドロドロとした悔しさと、寂しさと、怒り。
「私、悲しかった……お姉ちゃんのこと大好きだけど、今の私のこと、何も見てくれなかったのが、辛かった」
「……」
「ロイさんに敵だって言われたのもショックだったし……王都のことは、まだ許せないし……っ」
私は膝に顔を埋めた。私はまだ、こんなに過去に縛られて、人間に未練があって、彼らを憎んでいる。そんな醜くて弱い感情を吐露してしまった。さすがにヴァルトにも呆れられるかなと思った。
けれど。
「……ふーん?そんなことか」
降ってきたのは、あまりにも軽い声だった。 顔を上げると、ヴァルトが不思議そうな顔をしていた。予想外の反応に、私は驚いてしまった。
「そんなことって……私には、大事なことで……」
「わかったよ」
ヴァルトは、うっそりとした笑みを浮かべた。
「じゃあユウカは、何も考えなくていい」
「え……?」
ヴァルトは片膝をたてて腕をかけ、私を覗き込むようにして言った。
「ムカつく奴も、分からず屋のお姉ちゃんも、偉そうな人間たちも、全部」
彼は、楽しそうに目を細めた。
「俺が、踏みつぶしてあげるから」
「……!」
「要するに邪魔なんだろ?いなくなればすっきりだよな」
あまりに暴力的で、短絡的で、恐ろしい言葉だった。
けれどその言葉は、なぜか真っ直ぐに、今の私の胸に刺さった。
イグナレスは忘れろと言った。ヴァルトは、壊してやると言った。同じ魔族でも、慰め方が全然違うんだ。
「……ふ、ふふっ」
私は思わず吹き出してしまった。 涙が引っ込んで、笑いがこみ上げてきた。
「ん?なんかおもしろかった?」
ヴァルトが首を傾げた。
「ううん……ありがとう、ヴァルト」
私は彼の腕にしがみついた。硬い筋肉と、高い体温。この暴力が、今はたまらなく頼もしいと思えた。私は彼の体温を感じながら、空を仰いだ。
「ねぇ、ヴァルト。私…やっぱりちゃんと戦いたい」
吹き抜ける風は冷たかったけれど、私はもう震えてはいなかった。隣には最強の暴力がいる。 悩みあぐねていた自分が馬鹿らしくなるくらい、彼の答えはシンプルで、最強だった。それに背中を押されたように、私はようやく自分の答えを見つけられた気がした。
「私やっぱり、みんなの役に立ちたいし」
ヴァルトはふうんと相槌を打った。
「私が、王都に…お姉ちゃんに、勝ちたい」
「……」
ヴァルトは私を見つめた。そして。
「いいね」
嬉しそうに、紅い目を細めた。
「イグさんと戦った時に、思ったんだけどさ」
ヴァルトの暖かい手が、私の手を掴んだ。
「ユウカと一緒に戦うの、俺、好きなんだ──なんでかわかんないけど」
私は瞬きをした。ヴァルトはへらっと笑った。
「別に加護がほしいわけでもないんだけどね。不利な戦い、嫌いじゃないし。へんなのー」
「……ふふ、変なの」
私もつられて笑った。 ヴァルトは「ま、いっか」と呟くと、ひょいと立ち上がった。幅の狭い縁の上だというのに、彼は危なげなく仁王立ちになり、眼下の荒野──そのずっと先にある、王都の方角を見据えた。
「楽しみだな。今度こそ…全部ぶっ壊してやろう」
うっすらと笑って、紅い目を細める。その静かな、けれど獰猛な表情をみて、ああ彼はいわゆる悪者なんだなって思う。
映画やアニメででてくるなら絶対に悪い敵だ。そして私は、そんな彼の味方だから同じく悪者。
私も彼につられて立ち上がった。
悪者、上等だ。
もう迷わない。私は正義の味方…人間の救世主じゃない。この最強の化け物と一緒に、私にひどいことをした、理不尽な世界を蹂躙してやるんだ。
私は冷たい風の中で、ヴァルトの隣で、静かに笑った。




