48話 騎士の誓い
場所を変えよう、と俺は言った。
ここで話せば、彼女は本当に城を崩落させかねない。家臣たちの横槍も防ぎたい。
それに…誰の目を気にすることもなく、できるだけ誠実に、彼女に向き合いたいと思ったからだ。
彼女は承諾し、大人しくついてきた。
王城の裏手にある、冷え切った礼拝堂。
俺は祭壇の前で、ハルカと向い合った。彼女は腕を組み、仁王立ちで俺を見上げている。
その瞳の怒りは、まだ消えていない。
「……全部、話して」
「ああ」
俺は乾いた唇を開いた。
「我々は、過ちを犯した」
ハルカが冷えた瞳で俺を睨み上げている。
「長年の魔族との戦い…途方もなく強大な奴らに立ち向かう中で、救世主という唯一の希望の光に目が眩み…非道な行いをー
絞り出すような俺の声が、石壁に反響する。
「ユウカが召喚されて数日後……水晶の神託が下った。『真の救世主は別にあり』と。……それが、きみだった」
「だからって、どうしてユウカが」
「本来、世界に救世主は一人しか存在できない。新たな救世主を召喚するためには、今の救世主が……いなくならなければ、いけなかった」
俺は拳を握りしめ、血を吐くように言った。
「王は命じた。手を下さず、静かに始末せよと。……ユウカは、地下牢に幽閉された」
「幽閉……?」
ハルカの瞳が揺れる。強気に釣り上がっていた眉が下がっていく。
「水も、食事も与えられず。……ただ、衰弱して死ぬのを待つために」
カタン、と音がした。ハルカがよろめき、長椅子に手をついたのだ。
「え?なに、それ……」
「俺は……それを知りながら、王命に逆らえなかった。彼女が飢え、凍え、孤独の中で死に行くのを……ただ、見過ごそうとした」
「…………っ」
ハルカは、俯いた。その瞳に光るものを見てしまった俺は、見てはいけないものを見てしまったような心地になった。彼女は俯き、震える拳を握りしめ、そして。
「ユウカ……!!」
その場に崩れ落ちそうになった。咄嗟に差し伸べた手はパン!と音を立てて払われる。彼女は長椅子に手をつき、かろうじて立ちながら、これまでで一番の憎しみがこもった目で俺を睨みつけた。
「誰が手を貸すもんですか!!あんたたちなんか、勝手に魔族に滅ぼされればいい!!!」
祭壇に、彼女の悲痛な叫びがこだまする。
「私の妹を……優しくて、臆病なあの子を、そんな酷い目にあわせて!殺そうとした奴らなんか知らない!!」
「……ッ」
「許さない。絶対にっ、許さない!!!」
ハルカの慟哭が、俺の胸を抉る。当然だ。彼女の言うことは、一人の姉として、人間としてあまりに正しい。俺たちは、人として取り返しのつかないことをした。
だが──俺は騎士だ。この国を守る盾だ。ここで彼女に去られれば、人類は魔族に蹂躙され、終わる。人としての情けや感情以上に、優先しなければならないものがある。
俺は苦悩に顔を歪め、ハルカに語りかけた。
「一人の人間としては、きっときみの考えが正しい。……謝って済むことではないが、謝罪をさせてほしい」
「うるさい!聞きたくない!」
「ハルカ! ……聞いてくれ」
俺は、必死に言葉を紡ぐ。
「きみの妹は……我々の過ちによって、魔族の手に落ちた。だが、人と魔族は、相容れない存在だ」
俺の脳裏に、戦場の光景が浮かぶ。
ユウカを抱えていた黒い少年の魔族。そして、彼女を庇った異形たち。 だが、俺の常識と経験において、それは洗脳か一時的な気まぐれに過ぎない。
「500年前、この世界に突然現れた魔族は、人の暮らす領土を次々と侵し、蹂躙していった。彼らに交渉は通用しない。情もないし、価値観も違う……人間を食料か、虫けら程度にしか思っていないのだ」
「……」
「そんな者たちの元で、ユウカが幸せに暮らせるはずがない。いつか必ず、彼女は食い物にされ、絶望の中で死ぬことになる」
「……そんなの、わからない」
「分かる! 奴らは魔物だ! ……だから、彼女を連れ戻そう」
俺は彼女の瞳を覗き込むように懇願した。ハルカは瞳を見開いた。しかしすぐに、その目は冷たく眇められる。
「…私に、協力してほしいから?自分たちの都合の良いように、利用したいから。一度捨てたユウカを、連れ戻すって?」
「そう思われても、仕方がないと思う。だがハルカ、俺はきみたち姉妹に償いたい。その気持ちは…本物だ」
俺は声が震えないよう、注意しなければならなかった。比喩ではなく本当に…俺の肩に、言葉に、この世界の人間の命がかかっていた。俺はなんとしても、ハルカをここに留め、協力の意思を引き摺り出さなければならなかった。
非道な行いだ。俺は、彼女を…いや、彼女ら姉妹を利用している。だというのに、あさましくもそれに心を痛めてもいる。
「この国の騎士団長として、俺の命に代えても……できることは何でもする」
長い沈黙が落ちた。ハルカが俯いた。そして、フラリと立ち上がる。また数秒黙った。
そして。
「……じゃあ」
涙に濡れた目で、ハルカは俺を睨みつけた。その瞳には、まだ怒りの炎が燻っている。しかし、そこには強い意志の光が宿っていた。
「ユウカを、私の隣に連れ戻して」
「……!ああ。命に代えても」
俺は胸に手を当て、応えた。ハルカはそれを一瞥し、顎をひいて俺を見上げ、さらに言った。
「私たち姉妹の、安全を保障して」
「もちろんだ。俺が必ず守り抜く」
ハルカは涙を拭い、鼻をすすった。
「あと、安定した衣食住も」
「無論だ、任せてくれ」
「あとは……ほどよくホワイトだけど、やりがいのある労働環境も紹介して」
「……ホワ、イト……?白…?」
俺は聞き慣れない単語に戸惑った。
「……ニュアンス的に過酷ではない、という意味か?戦争後の、仕事の紹介だな? 君が望むなら、もちろん」
「あと、庭付きの一軒家がいい」
ハルカの要求は、止まらなかった。涙声だが、妙に具体的になっていく。
「かわいい犬とか猫とか飼いたい。うちはずっと賃貸だったから、そういうの憧れだったの。ユウカも動物好きだし」
「チンタイ……?よ、よくわからんが、分かった! 王都の一等地に屋敷を用意させよう!」
俺は戸惑いながらも、怒涛のリクエストに頷き続けた。
話しながら、ハルカの表情に少しずつ生気が戻ってくる。彼女は、妹との幸せな未来を想像することで、自分を奮い立たせているのだ。
まだ少女と呼ばれてもおかしくない年端の彼女の様子に、胸の奥が再び鈍く痛んだ。俺に、そのような感傷に浸る資格はないというのに。
「……最後に、ひとつ」
まだあるのか、と思いながら、俺は真摯に彼女をみつめた。
「これを守ってくれなかったら、私はすぐにあんたらのところから“降りる”から、よく聞いて」
彼女が低い声で、脅すようにいう。俺は静かに頷いた。
「あんたは私の味方でいること。……絶対に」
ハルカは、俺を真っ直ぐに見据えた。それは、具体性に欠けた要求だった。だが、今何より求められていることに思われた。
「できる?」
俺は目を見開いた。
彼女は、なんて──強い女性なのだろう。 驚愕と、畏怖と。後は、胸の奥底に。不思議な、奇妙な喜び生まれた。まるで、真に傅く相手を見つけたような。俺は国の騎士で、彼女のために全てを捧げることなど、本来であれば、できないはずだ。
だが──国の命運は、彼女にかかっている。俺は、国を守る騎士。であれば。
俺は彼女の前でそっと跪き、救世主の白く美しい手を取った。
「御意」
ハルカが小さく、息を呑んだ気配があった。
──俺は、信じることにした。彼女との約束を果たすことが、きっと人類を救うことになる、と。
「この剣と、命にかけて」
祈るように、その手の甲に口付けた。




