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46話 役立たずの妹

46話 役立たずの妹


戦場から、強制転移させられた。


臓器が持ち上がるような浮遊感の後、ぐわんと落下する感覚。自分がどこかに飛んでいってしまいそうな恐怖に襲われたが、ヴァルトの血まみれの腕に強く引き寄せられた。


「うっ!?」


地面に落下した衝撃の後、ドサドサドサ! と、あちこちで大量の荷物が落ちるみたいな音が響いている。私は防護マントで体を包まれた上で、ヴァルトに抱き寄せられていたため、衝撃に息を詰まらせる程度だったが……。


「ごほ……ユウカ、生きてる?」


「!!ヴァルト、ごめん、すぐ退く……!」


私を抱えて自らクッションになってくれたヴァルトは、あちこち大けがを負っている上に左腕を切り落されている。そんな彼に……私は、庇ってもらったんだ。戦場で何もできなかった…役立たずの私が。


私は真っ青になり彼からとび退いた。 ヴァルトはへらりと笑った。


「あはは、そーやって動けるなら……だいじょぶだね。というか、お城に帰ってきたんだ?」


ヴァルトの言葉にはっとして、顔を上げて……未だ混乱する頭で、周囲を見渡した。


ここは……魔王城の大広間。本来は冷たく静謐な空気の流れる場所……で、あるのだが。

黒曜の磨かれた床に落ちているのは大勢の血まみれの兵士たちで、うめき声を上げ、震えていたりする者がほとんどだった。 戦場からそのまま持ちこんだような、この一室に似合わない錆びた鉄のような血の臭いと、戦場の埃っぽさが充満している。


すると、控えていたらしい回復に使用する杖や呪符を持った魔族たちがわっと駆け寄ってきた。


「重傷の者から運べ!」


「移動陣用意! 回復塔まで接続!」


「おい、こいつやばいぞ!呪いがかかってる!」


大広間は、あっという間に喧騒に包まれた。すると、一人のオークが青ざめて私たちのところに走ってきた。


「フォーゲル! おい、しっかりしろ!」


私の横でぐったりとしているフォーゲルに飛びつく。


「ああっ……フォーゲル、さん……」


私は真っ青になる。フォーゲルの背中と翼には未だ赤いナイフが刺さっていて、彼はぴくりとも動かない。乾いた血がぱらりと床に落ちた。


「大丈夫だ、こいつは頑丈だから! 復帰したてで死んだりしねえよ」


顔面蒼白になった私に向かって、そこオークは自分にも言い聞かせるみたいに言った。そして慎重に彼を抱き上げ、「超重傷だ! 移動陣はどこか!」と言って、どすどす走っていった。


「ユウカ!」


少し遠くのぐったりした血まみれの兵士の山から、にゅっと角の生えた頭が出てきた。グレイナだ。転移の際に離れてしまったらしい。


「無事だな! 怪我は!?」


ドドッと走ってきて、床に這いつくばっている無傷の私を見下ろし、ほっと息を吐いて崩れるように膝をついた。


「良かった……」


私はじわっと涙が滲んだ。崩れ落ちたグレイナは、魔力枯渇を起こし顔色は真っ青だった。鎧も一部砕け、あちこち血が滲んでいる。


何もできなかった、役立たずで無傷の私の心配なんかしないで。ヴァルトも、グレイナも、こんな……。

そう思って、ものすごく情けなくて、惨めで、泣きそうだった。


その時、大広間の空気がすうっと下がったような気がした。


響く、硬い靴音。大広間のシャンデリアの光を、グレイナよりも長く大きな角が鈍く反射している。


イグナレスだ。静かに、しかし足早にこちらへ向かってくる。その瞳は普段通り冷徹だったが、奥底に激情が渦巻いているような。何かを押し殺しているような。昏い、昏い金色だった。


私は咄嗟に俯き、青ざめ震えながら黒曜の床を見つめた。靴音は、私たちのすぐ目の前で止まった。


「……グレイナ」


低く、冷たい声だったが、僅かにその鋭さが薄まった。


「よくやった。お前の時間稼ぎがなければ、転移は間に合わなかった」


…ハルカにやけに食って掛かっていたグレイナ。つまり、あの会話は……時間稼ぎだった?


「いえ……兄様の……ご判断の、おかげです……」


グレイナが兄に向けて、普段より弱弱しいが、誇らしげにほほ笑んだ。兄妹の連携で、私たちの強制転移は成功したのだ。


グレイナが立ち上がろうとしたが、よろけた。イグナレスが危なげなく、その巨体を受け止めて支える。


「間に合って……よかった……」


そうつぶやいてそのまま、安心したのか兄の腕の中で意識を失った妹を、イグナレスは静かに見下ろし、駆け付けたローブを纏った魔族に預けた。


「グレイナ様だ! 運べ、こちらもひどい枯渇と傷だ!」


回復担当の魔族たちがグレイナを囲む。彼らが、更に重傷なヴァルトにも気づき、慌ててそちらにも駆け寄ろうとしたが、イグナレスが片手を上げて制した。


「ヴァルト」


ヴァルトは私の横で「はーい、イグさん」と呑気に返事をした。私は冷や汗をかき、イグナレスのこめかみには青筋が浮かんだ。


「お前には……ユウカの護衛を命じたな?」


地を這うような低い声。空気が更に冷え込んだ。


「うん。でもさ、俺以外あの騎士さまの相手できなさそーだったし」


ヴァルトは欠片も悪びれることなく、あっけらかんと笑みを返した。


「現場の判断ってやつ!」


けが人の運搬や緊急治療で大わらわな大広間の、私たちの周囲だけ切り取られたみたいに凍てついた沈黙が落ちた。


「……何が……現場の、判断だ」


イグナレスが手にしている水晶がミシリと音を立ててひび割れた。


「お前、あの場に残って、戦いたかっただけだろうが……!」


「い、イグナレス様……! ヴァルト様の治療を、どうか……させて頂けませんでしょうか!?」


イグナレスの背後で、必死に声を上げるのは治療をしようと待機している魔族たちだ。

ヴァルトは笑顔だが片腕がなく、ボタボタ血を流しているし魔力なんてとっくに尽き欠けている。

この自軍最強の武力を誇る幹部を、早く治療して安心したい。だからどうか説教は後にしてくれないか。そんな悲痛な願いが顔に浮かんでいるようだった。


部下の決死の訴えを聞いたイグナレスは無表情で手元の水晶を消すと「連れていけ」と吐き捨てるように言った。


それを合図に、あちこちからわあっとローブを纏った魔族や、大きな杖を持った魔族など、とにかく回復ヒーラー系の魔族がヴァルトに群がった。


「えっ、俺は大丈夫だから放って――」


「いけません! 此度こそは我々の手で修復させていただきます!」


「何が大丈夫なのですか、おかしいのではないですか!」


「放置などもってのほか!」


私は、それらを聞きながら──やはり、俯いて、黒曜石の床と、そこに力なくぺたりとつけられた私の手の甲を見つめていた。


黒く、尖った靴の先が視界に入る。


「……ユウカ。顔を上げろ」


イグナレスは──その日一番の、凍てついた瞳で私を見ていた。


私は身を竦めた。その視線は、怒りというよりも、もっと重く、冷たい絶望のような色を帯びていた。


「お前は――」


心臓が跳ねる。


「自分が何をしたのか…わかっているのか?」


そして、イグナレスの手が伸びてきて──私の両肩を鷲掴みにした。痛い。骨がきしむほどの力。


「…!」


「お前は!」


痛みに顔を歪める私に構わず、顔を更に近づけて、吠えた。


「なぜ、私の命令を無視した!」


普段の冷静な彼からは想像もできない、感情剥き出しの怒声だった。


「接敵は許さぬと言ったろうが!撤退しろとも命令した!なぜ戻らなかった!」


揺さぶられ、身体が揺れる。弁解の余地なんてない。彼の言う通りだ。私は約束を破り、勝手な行動をして、みんなをさらに危険に晒した…。


「答えろ!なぜ私の命令を聞かなかった!」


彼の金色の瞳が怒りで揺れている。しかし怒りだけじゃない、なにか…恐怖を抱いているかのように、私の肩に食い込む指は震えていた。


「……ごめんなさい……」


口から漏れたのは、震える謝罪の言葉だった。


「……ごめんなさい……っ!私……なにも、できなかった……」


ぼろり、と涙が溢れた。イグナレスの動きがぴたりととまった。小さく息を荒げながら、突然泣き出した私を、目を見開いて見下ろしている。


「シオさんが……死んじゃって……頭、真っ白になって……加護も、だせなくて……なのに、ヴァルト、置いていきたくなくて……めいれい、むし、して……」


涙がボロボロと溢れて止まらない。 自分の無力さが、情けなさが、悔しさが、言葉となってこぼれおちた。


「けっきょく、ヴァルトに、怪我させて……フォーゲルさんが、私を庇って……私のせいで……!」


私はただ涙を流した。


「私……ほんとう、に、役立たずで……う……ううっ……うわぁぁぁん………!!」


救世主なんて嘘だ。私はただの、足手まといの人間だ。大切な人を守ることもできず、助けられるばかりで、命令さえ守れない。


「うぅ……ひっ、ぐすっ……」


至近距離で大声で泣き出した私を見て、イグナレスは絶句していた。

怒鳴り続けようとしていたのだろうが言葉を失い、ただ呆然と、涙でぐしゃぐしゃになっていく私の顔を見つめている。


「───……」


やがて、私の肩を掴む彼の手から、力が抜けた。


「……はぁ」


深く、呆れ果てたような、やや毒気が抜かれたような溜め息が、私の顔にかかる。


「……馬鹿な娘だ」


彼はそう呟くと、私の膝裏と背中に腕を回した。


「え……」


問答無用だった。次の瞬間、私の体は宙に浮いていた。彼は私を強引に横抱きにしたのだ。


「…!?汚れます、私、血とか泥とか……それにっ、歩けます、自分で…!」


「黙りなさい」


彼は私の頭を、自分の胸に強く押し付けた。冷たくて硬い軍服の感触。そこから伝わる心音が、少し早い気がした。


「作戦が失敗したのは、全軍を統率する私の責任だ。……駒であるお前が、勝手に自分を卑下するな」


彼は、広間にいる全員に聞こえるように、冷然と言い放った。


「急ぎ重傷者を手当てしろ!ヴァルト、フォーゲル、グレイナを最優先!魔力が足りなければ転界魔力を使用して構わん!」


「は、はいっ!」


衛生兵たちが再び慌ただしく動き出す。イグナレスは私を抱いたまま、その場を離れようと歩き出した。


「あ、あの……私は……」


「お前は私が診る」


彼は前を向いたまま、腕に力を込めた。


「外傷はないようだが、魔力と精神が乱れている」


その言葉の響きは、医者のような感じだった。魔力の乱れとかよくわからなかったが、今の私には、この冷たい腕の中だけが、息ができる場所のように思えた。

私は彼の胸元のスカーフを握りしめ、胸の中でしゃくり上げながら泣き続けた。イグナレスは何も言わず、ただ廊下を進んでいった。


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