44話 お姉ちゃんなので!
お姉ちゃん。
私の姉…ハルカ。彼女はいつだって、ぎらぎらと強く輝いていた。
はきはきとした物言いで、クラスでもバレー部でも中心人物。曲がったことが大嫌いで、しっかり者で、愛情深くて。
でも、一度怒らせると手がつけられない。
自分が正しいと信じたら、テコでも動かない。周囲を巻き込みながら突き進む…これを言ったら本人には怒られると思うけど、暴走機関車のような人だった。
私はいつだって、そんな姉の背中に隠れて、守られていた。
眩しくて、頼もしくて、そして──少しだけ…ほんの少しだけ、怖かった。
◆
純白の法衣が光を受けて輝いている。
その姿は、女神様みたいだったけれど──どうしようもなく、見覚えがあって。
「……おねぇ、ちゃん?」
信じられない気持ちで、私は彼女を呆然と見つめた。
私の姉。この世界に、いるはずのない彼女。
ハルカは、ゆっくりと私へ振り向いた。
その瞳が一瞬潤んで──私は、思い出した。頑固で負けず嫌いで、絶対に泣かないお姉ちゃん。彼女が唯一泣いた、バレー部の大会で負けた時のこと。
──お姉ちゃんだ…間違いない…!新たな異邦人は、お姉ちゃん…。
私が固まっていると、鎧の音がした。
「ハルカ…!」
必死に立ち上がり、こちらへ駆けてくるロイだ。彼は青ざめて、叫んだ。
「こんな前線に出ては──!」
しかしその言葉が終わる前に、再び白銀の閃光が弾けた。
ハルカが銃口のように向けた指先から放たれた魔法が、ロイを直撃する。
ドォォン!!
「ぐあぁっ!?」
再び騎士の身体が宙に舞った。
「え?」
ヴァルトが目を丸くした。戸惑いさえみせる顔で──いや、多分私も同じような顔してるけど──振り返って私をみつめた。そして、ハルカを親指で指し示し。
「……仲間割れ?」
──私に聞かれても、わからない。
ロイを2回に渡り吹っ飛ばした、新たな異邦人──そして私の姉、ハルカの唇が静かに動いた。
「ロイ…これ、どういうこと?」
煙を立てて倒れているロイに、静かに鋭く問いかけた。その声は、驚くほど冷たく響く。
「私の妹は……ユウカは、私がくる前に死んだって話じゃなかった?」
冷ややかな瞳で、必死に起き上がるロイを見つめる。
「幽霊とかじゃないよね?なんなの?説明して」
ロイは再び立ち上がり、必死に言葉を絞り出す。
「じ、事情は俺には分からない!ただ、彼女が死ななければ、きみは召喚できないはずだった……ハルカ、ここは戦場だぞ!仲間割れをしている場合じゃ──」
「知るかっつーの!」
ハルカが美しい法衣を翻し、怒りを爆発させて叫んだ。
腰に下げた水晶の装飾が、怒りに呼応するようにバチバチと光を放つ。
「私の妹を!あんたが殺そうとしたんだから当然でしょ!死んだって聞いてたのに、生きてるし!」
ロイの顔が苦悩に歪む。
「だが、彼女は……魔族側に……!」
「はぁ」
ハルカの表情が、無表情に変わった。その瞳に冷たい光が宿る。この顔、知ってる。本当に本当に怒ってる時の姉の顔だ。きっとこの後、姉は吐き捨てるように言うだろう。
「それも、知るかっつうの」
私の予想通りの言葉を吐いた。
「ねぇ」
ヴァルトがややあって、尋ねてくる。
「あの子、ユウカの…家族とか?気配が似てる」
「え……あ……うん、お姉ちゃん……」
私は戸惑いながら答える。
「へえ。なんていうか…」
ヴァルトは私を見て、ハルカを見て、首を傾げる。
「似てないんだね」
ハルカの瞳が、再び私に向けられた。その瞳に宿る光は、剣より鋭い。
「……ユウカ。こっちに来なさい」
低く、絶対の力を帯びた声。
その声が、胸の奥を震わせた。私は息を呑み、唇を噛んだ。
「人間側へ、きなさい」
「……」
なんとなく、ハルカと会ってから言われるだろうな、と思っていたことを、すぐに言われた。
ヴァルトは何も言わなかった。ただ、ハルカを少し警戒している。
私は…膝の上でぐったりとしているフォーゲルをぎゅっと抱き寄せた。
「……わ、私は……!」
声が震えたが、必死に絞り出す。
「戻らない!人間──そっちには、捨てられたんだもん!」
ハルカの眉がぴくりと動いた。腰に手をあて、半眼で私を見下ろす。
「それについては後で王様にゆっくり吐かせるとして」
──お姉ちゃん、最高権力者(王様)にもこの調子なのだろうか。
若干引いている私に対して、吐き捨てるような声で。
「……マジで言ってんの? あんた。その化け物たちと、ずーっと一緒にいるって?」
異世界に飛ばされて、姉と会話しているこの状況、おかしすぎて混乱する。あと、ハルカは今までで一番ピリピリしていて恐ろしくみえる。私は思い出せる限りでは、口論とか争いで彼女に勝てたことは一度もない。けれど。
「ひっ……! まっ、マジ、だもん!」
私は必死に言い返す。
「私、魔族のみんなと一緒にいる!」
すると、ハルカは笑顔になった。その笑みは、冷たい光を帯びていた。
「……あっそう。わかった。わかりました」
嫌な予感がする。
「ねえ、ロイ」
傷だらけの騎士が、戸惑いの表情でハルカを見下ろす。
「少しでも悪いと思ってるなら…手伝ってくれるよね?おバカな妹を連れ戻すの」
ロイの顔が苦悩に歪む。
「……ハルカ、だが、それは…彼女は、魔族の味方を…」
「良いんだよ? 今すぐ全軍の加護をなくしても」
ハルカの声は甘く、しかし刃のように鋭かった。妹の私には、彼女が本気だと言うのがよくわかる。ロイが青ざめる。
「……!ハルカ、我々は味方だ、脅すような真似は──」
「私は、私の妹を殺そうとするやつらを仲間なんて思わない」
ハルカはきっぱりと言った。
「で?どうするの?やるの?やらないの?」
ロイは一瞬、言葉を失い、そして低く答えた。
「……分かった。きみに従おう」
ハルカは満足そうに微笑み、私たちに振り返った。
「そこのボク。待っててくれてありがとね」
私の隣で、ヴァルトが目を丸くする。
「え、“ボク”……?ん、俺?…ああ、どういたしまして?」
ヴァルトは少し戸惑った後、肩をすくめたあと…にこりと笑った。
「あ、でもさ。ひとつ聞きたいんだけど……」
ガシャン、と大剣を肩に担ぐ音が響く。
「ユウカを連れて行こうとしてるの?きみ」
ハルカの強い瞳が、ヴァルトに向けられた。
「もちろん。私、お姉ちゃんなので」
迷いなく答えたハルカに、「そっか」とヴァルトは返す。
「お姉ちゃん?が何なのか…俺にはよくわかんないんだけど」
ヴァルトはにこ、と笑った。目は笑っていなかった。
「もう何度目か分からないけど、言うね?」
黒炎が、大剣にゆらりと灯る。 戦場の空気が、一瞬で張り詰めた。
「ユウカは、返さないよ」




