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44話 お姉ちゃんなので!

お姉ちゃん。


私の姉…ハルカ。彼女はいつだって、ぎらぎらと強く輝いていた。

はきはきとした物言いで、クラスでもバレー部でも中心人物。曲がったことが大嫌いで、しっかり者で、愛情深くて。


でも、一度怒らせると手がつけられない。


自分が正しいと信じたら、テコでも動かない。周囲を巻き込みながら突き進む…これを言ったら本人には怒られると思うけど、暴走機関車のような人だった。


私はいつだって、そんな姉の背中に隠れて、守られていた。

眩しくて、頼もしくて、そして──少しだけ…ほんの少しだけ、怖かった。



純白の法衣が光を受けて輝いている。

その姿は、女神様みたいだったけれど──どうしようもなく、見覚えがあって。


「……おねぇ、ちゃん?」


信じられない気持ちで、私は彼女を呆然と見つめた。


私の姉。この世界に、いるはずのない彼女。


ハルカは、ゆっくりと私へ振り向いた。


その瞳が一瞬潤んで──私は、思い出した。頑固で負けず嫌いで、絶対に泣かないお姉ちゃん。彼女が唯一泣いた、バレー部の大会で負けた時のこと。


──お姉ちゃんだ…間違いない…!新たな異邦人は、お姉ちゃん…。


私が固まっていると、鎧の音がした。


「ハルカ…!」


必死に立ち上がり、こちらへ駆けてくるロイだ。彼は青ざめて、叫んだ。


「こんな前線に出ては──!」


しかしその言葉が終わる前に、再び白銀の閃光が弾けた。


ハルカが銃口のように向けた指先から放たれた魔法が、ロイを直撃する。


ドォォン!!


「ぐあぁっ!?」


再び騎士の身体が宙に舞った。


「え?」


ヴァルトが目を丸くした。戸惑いさえみせる顔で──いや、多分私も同じような顔してるけど──振り返って私をみつめた。そして、ハルカを親指で指し示し。


「……仲間割れ?」


──私に聞かれても、わからない。


ロイを2回に渡り吹っ飛ばした、新たな異邦人──そして私の姉、ハルカの唇が静かに動いた。


「ロイ…これ、どういうこと?」


煙を立てて倒れているロイに、静かに鋭く問いかけた。その声は、驚くほど冷たく響く。


「私の妹は……ユウカは、私がくる前に死んだって話じゃなかった?」


冷ややかな瞳で、必死に起き上がるロイを見つめる。


「幽霊とかじゃないよね?なんなの?説明して」


ロイは再び立ち上がり、必死に言葉を絞り出す。


「じ、事情は俺には分からない!ただ、彼女が死ななければ、きみは召喚できないはずだった……ハルカ、ここは戦場だぞ!仲間割れをしている場合じゃ──」


「知るかっつーの!」


ハルカが美しい法衣を翻し、怒りを爆発させて叫んだ。

腰に下げた水晶の装飾が、怒りに呼応するようにバチバチと光を放つ。


「私の妹を!あんたが殺そうとしたんだから当然でしょ!死んだって聞いてたのに、生きてるし!」


ロイの顔が苦悩に歪む。


「だが、彼女は……魔族側に……!」


「はぁ」


ハルカの表情が、無表情に変わった。その瞳に冷たい光が宿る。この顔、知ってる。本当に本当に怒ってる時の姉の顔だ。きっとこの後、姉は吐き捨てるように言うだろう。


「それも、知るかっつうの」


私の予想通りの言葉を吐いた。


「ねぇ」


ヴァルトがややあって、尋ねてくる。


「あの子、ユウカの…家族とか?気配が似てる」


「え……あ……うん、お姉ちゃん……」


私は戸惑いながら答える。


「へえ。なんていうか…」


ヴァルトは私を見て、ハルカを見て、首を傾げる。


「似てないんだね」


ハルカの瞳が、再び私に向けられた。その瞳に宿る光は、剣より鋭い。


「……ユウカ。こっちに来なさい」


低く、絶対の力を帯びた声。


その声が、胸の奥を震わせた。私は息を呑み、唇を噛んだ。


人間こっち側へ、きなさい」


「……」


なんとなく、ハルカと会ってから言われるだろうな、と思っていたことを、すぐに言われた。

ヴァルトは何も言わなかった。ただ、ハルカを少し警戒している。

私は…膝の上でぐったりとしているフォーゲルをぎゅっと抱き寄せた。


「……わ、私は……!」


声が震えたが、必死に絞り出す。


「戻らない!人間──そっちには、捨てられたんだもん!」


ハルカの眉がぴくりと動いた。腰に手をあて、半眼で私を見下ろす。


「それについては後で王様にゆっくり吐かせるとして」


──お姉ちゃん、最高権力者(王様)にもこの調子なのだろうか。


若干引いている私に対して、吐き捨てるような声で。


「……マジで言ってんの? あんた。その化け物たちと、ずーっと一緒にいるって?」


異世界に飛ばされて、姉と会話しているこの状況、おかしすぎて混乱する。あと、ハルカは今までで一番ピリピリしていて恐ろしくみえる。私は思い出せる限りでは、口論とか争いで彼女に勝てたことは一度もない。けれど。


「ひっ……! まっ、マジ、だもん!」


私は必死に言い返す。


「私、魔族のみんなと一緒にいる!」


すると、ハルカは笑顔になった。その笑みは、冷たい光を帯びていた。


「……あっそう。わかった。わかりました」


嫌な予感がする。


「ねえ、ロイ」


傷だらけの騎士が、戸惑いの表情でハルカを見下ろす。


「少しでも悪いと思ってるなら…手伝ってくれるよね?おバカな妹を連れ戻すの」


ロイの顔が苦悩に歪む。


「……ハルカ、だが、それは…彼女は、魔族の味方を…」


「良いんだよ? 今すぐ全軍の加護をなくしても」


ハルカの声は甘く、しかし刃のように鋭かった。妹の私には、彼女が本気だと言うのがよくわかる。ロイが青ざめる。


「……!ハルカ、我々は味方だ、脅すような真似は──」


「私は、私の妹を殺そうとするやつらを仲間なんて思わない」


ハルカはきっぱりと言った。


「で?どうするの?やるの?やらないの?」


ロイは一瞬、言葉を失い、そして低く答えた。


「……分かった。きみに従おう」


ハルカは満足そうに微笑み、私たちに振り返った。


「そこのボク。待っててくれてありがとね」


私の隣で、ヴァルトが目を丸くする。


「え、“ボク”……?ん、俺?…ああ、どういたしまして?」


ヴァルトは少し戸惑った後、肩をすくめたあと…にこりと笑った。


「あ、でもさ。ひとつ聞きたいんだけど……」


ガシャン、と大剣を肩に担ぐ音が響く。


「ユウカを連れて行こうとしてるの?きみ」


ハルカの強い瞳が、ヴァルトに向けられた。


「もちろん。私、お姉ちゃんなので」


迷いなく答えたハルカに、「そっか」とヴァルトは返す。


「お姉ちゃん?が何なのか…俺にはよくわかんないんだけど」


ヴァルトはにこ、と笑った。目は笑っていなかった。


「もう何度目か分からないけど、言うね?」


黒炎が、大剣にゆらりと灯る。 戦場の空気が、一瞬で張り詰めた。


「ユウカは、返さないよ」


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