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42話 初陣、遅すぎた訃報


戦場が近い…そんな空気を、肌で感じる。


移動陣で東の国境付近の森にワープした私は、戦地へ向かって疾走するヴァルトに抱えられていた。

周囲の景色がびゅんびゅん後ろへ飛んでいく。私は舌を噛まないように唇を引き結び、彼の腕の中で身をこわばらせていた。


「飛ぶよ」


短くヴァルトが言って、高く跳躍する。

空を飛んでいるかのような浮遊感。私を抱え込むヴァルトの腕は力強く、決して宙で放り投げられることはないだろうが、それでも私は彼の首に縋りついてしまう。


ドオン!

音と土煙をたて、私たちは小高い丘に降り立った。派手な音の割に私の衝撃が少なかったので、ヴァルトが庇ってくれたのだろう。


「とうちゃーく」


来る戦場の気配に、ヴァルトの声には抑えきれない興奮が滲んでいた。私はそっと降ろされ、地面に足をつく。少しよろけたが、大丈夫。


「…!」


そして、丘の上から見下ろした光景に、息が詰まった。

ここは、御前試合の前にヴァルトと二人でやってきた戦場と奇しくも同じ場所だった。けれど今の敵兵の魔力は、あの時の比ではない。


森の切れ間に広がる戦場。血と鉄の匂いが風に乗り、金属音と怒号が響いている。

黒いマントを翻す魔族たちが必死に剣や牙を振るっているが、その陣形は崩れかけているようだった。赤い魔力の閃光が木々を焼き、倒れた兵の影が地面に散らばっている。

既に、動かない魔族の兵士たちの身体がいくつも見える。


これが、戦争…。私は絶句した。


その時、影が走り寄ってきた。

黒い毛皮に覆われた獣人の魔族――片目に深い傷を刻んだ、おそらくこの場の指揮官。


彼の顔は、焦りを隠しきれていなかった。


「ヴァルト、よく来た!」


浪々とした声が、戦場の轟音に負けず響く。


「ん。どんな感じ、ザルグ?」


天気を尋ねるみたいな気楽さで、ヴァルトは聞いた。ザルグは彼の平然とした様子に一瞬面食らったが、すぐに言葉をつづけた。


「状況は最悪だ。このままでは東の領土がまるごと奪われる!敵軍は全体的に強化されている、異邦人の加護だろう。特に…」


ザルグは牙を剥き、戦場を睨んだ。


「一人の騎士が……信じられんほどに強い!前線を蹂躙している」


私は、ちくりと嫌な予感が芽生えるのを感じていた。強い騎士──青いマント、白銀の鎧、美しい剣。鈍い胸の痛みとともに、それらが脳裏に現れる。


──ロイさん。ここに、来ているの……?


「とにかくあれを止めるのが先決だ……!しかし……!」


私は必死に胸がざわつくのを押さえた。悔しそうに、苦悩に歪むザルグの顔を見上げる。


ヴァルトはというと、そんな報告を聞いて心から嬉しそうに、笑った。


「最高!じゃあ、そいつは俺の獲物ね?他のやつら下がらせて」


「はっ!?話を聞いていたのか!?いくらお前でも、一人では……」


ザルグが青ざめヴァルトに詰め寄る。


「何か作戦を立てて……!集団で……!」


「俺そういうの苦手なんだよね。うっかり味方を潰しちゃうかもしれないし」


へらりと笑って告げるヴァルトに、ザルグは絶句し、苦し気に呻いた。


「……イグナレス様より、極力お前は自由にさせると言われているが……!」


それでも不安になるような戦況なのだろう。

この戦場で、一番の力を持つのは恐らくヴァルトだ。指揮官として、初っ端から騎士の餌食にしたくないと、葛藤しているようだった。


今、彼には言葉で示すよりも、行動で示すべきだろう。


私は丘の先へ一歩、静かに進み出た。


「おい……!?あんた、何を」


ザルグが焦ったように、背後で声をかけてくる。


「黙ってなよ。俺たちの”救世主”のお披露目だ」


ヴァルトが面白そうに言った。


「救世主……!?では、この娘が……!」


ザルグの畏怖と困惑の混じった声を耳にしながら、私は指を胸の前で組む。


眼下の、傷ついた兵士たちをまっすぐ見つめる。ここで血と泥に塗れ、牙を振るう魔王軍兵士たちを想う。


──力を。彼らに……生存し、勝利する、力を!


その瞬間、金色の波動が丘から広がり、戦場の魔王軍たちを包んだ。彼らの傷が、致命傷が塞がっていく。生気のない濁った瞳に、光が戻る。同時にあふれ出す、魔力の奔流。


「これが……異邦人の……」


眼下で沸き上がる金色の光に、ザルグが目を剥き、呟いた。


私は祈りを込め、兵士たちに修復と強化をかけながら、イグナレスの言葉を思い出していた。


──『戦場に着いたら。まずは広範囲に修復と強化の加護をかけ……後はザルグに任せなさい。戦場の士気は、それで高まるでしょう』


すると私の傍らに、ザルグが進み出てきた。振り仰ぐと、その片目が金色の光に照らされてぎらりと光る。


「聞け、我らが魔王軍の兵ども!」


怒号が戦場に轟いた。


「我らに異邦人の加護が降りた!傷を恐れるな、死を恐れるな!この力で敵を蹂躙せよ!」


ざわめきが歓声に変わる。血に濡れた剣を握り直し、立ち上がる兵士たちの瞳に、再び炎が宿った。

その光景に、胸が熱くなるような、苦しくなるような感覚があった。


ややあって、ザルグが、私をまっすぐに見下ろした。


「ユウカよ、お前の加護が頼りだ――我々に、勝利の光を!」


「……!はい!」


私は強く頷いた。期待されている。必要とされている。そう思えば思うほど、やらなければと思う。


ザルグは振り返り、ヴァルトを見据えた。


「行くがいい、ヴァルト!その牙で敵の心臓を食い破れ!」


ヴァルトは笑った。獣のように鋭い笑み。するりと、背中の大剣を抜き放った。


「そーこなくっちゃ」


ヴァルトが獣のように背をしならせ、丘から飛び降りた。

私はその小さな、しかし巨大な気配の背中を見送りながら、更に強く、組む指に力をこめる。


──力を。ヴァルトに、強い、強い、力を!


ヴァルトが戦場へ舞い降りると、多くの兵士はそこから離れた。ヴァルトも一応周りは見ていたらしく、彼らが撤退したのを見ると、薄く笑って大剣に魔力を込め、黒い炎を纏わせた。

本格的に暴れるつもりなのだろう。炎を纏った大剣が振り回され、敵兵士たちを次々と焼き払っていく。


ヴァルトが大剣をひと振りすると、金色に鎧を光らせる王都の兵が一気に吹き飛んだ。ほかの魔王軍兵士たちも、修復と強化とザルグの声で士気を取り戻し、あちこちで押し返してきている。


一気に逆転したかと思われるような状況だが、私の隣のザルグの表情は険しい。

警戒しているのだ。例の、一騎当千の騎士を。


その時だった。


ヴァルトが焼き払った兵士の群れの向こう──目が覚めるような、ロイヤルブルーのマントが翻った。


「あ…」


掠れた声が私の喉から零れた瞬間、視界が鮮烈な光に切り裂かれる。


白銀の鎧が、金色の光を受けて輝いていた。


ヴァルトによって焼き払われた、兵士の壁の向こう。


そこに立つ騎士の姿は、今、この戦場の泥と血にまみれた世界にあるのは嘘みたいに。相変わらず、おとぎ話に出てくる王子様のようだった。


剣が一閃するたび、空気が震え、魔族の兵が吹き飛ぶ。

その剣には、異邦人の加護が全兵士の中で一番強く宿っているのだと、肌でわかった───私の加護を一番受けている、ヴァルトと同じ。


「ロイさん……」


彼を、見間違えるはずがない。


戦場の空気が、一瞬で変わった。魔王軍の兵士たちが息を呑み、押し返していた陣形が再び崩れかける。ロイの剣が、まるで鬼神のように魔王軍の兵士を切り裂いていく。


「……あいつか」


低く、愉快そうな声が耳に届いた。いやに嬉しそうな、ヴァルトの声。


「やっと会えた……!」


炎を纏った大剣を肩に担ぎ。獲物を見つけた獣のように、笑みを浮かべていた。

ヴァルトはゆっくりと、土煙の向こうで堅牢な城門のように、静かに構えている騎士──ロイに向かって、一歩踏みだした。


ロイは向かってくるヴァルトを見据え、左手を上げた。周囲の兵士に下がれと合図しているのだ。


ヴァルトが力強く踏み出した瞬間、地面が砕け、黒い炎を纏った大剣がその禍々しい魔力を増した。

ロイは剣を構え、静かに息を吐く。青いマントが風に翻り、陽光を受けて輝く白銀の鎧が、戦場の泥と血の中で異様なほど清廉に見えた。


「……来い」


低く、凛とした声が響く。挑発でも威嚇でもない。ただ、騎士としての覚悟と誇りのこもった声。

ヴァルトを強敵と判断し、全身全霊をかけて叩き伏せようとしている。静かな殺気が溢れていた。


次の瞬間、ヴァルトがロイに一直線に突っ込み、二つの影が衝突した。

轟音が戦場を震わせる。ヴァルトの大剣が黒炎を撒き散らし、ロイの剣が青く鋭い光を放つ。

炎と光が交錯し、衝撃波が周囲の兵士や岩や木を吹き飛ばした。一撃ごとに地面が裂け、土煙が舞い上がる。


ヴァルトは笑っていた。血が滾るような笑み。


「いいねぇ……俺、すっごくきみと戦いたかったんだ!」


ロイは無言で応じる。剣筋は鋭く、無駄がない。異邦人の加護を受け、剣は光と膨大な魔力を帯びていた。


私は丘の上で、息を呑んで見守っていた。


──強い。ロイさんは、やっぱり……


胸が痛む。けれど、今は祈るしかない。ヴァルトに、力を。魔王軍の、勝利のために。


しかし、二人の剣が再び激突し、一度離れた瞬間。ロイの視線がふと逸れた。


その青い瞳が、戦場の端──丘の上に立つ私を捉える。


「……ッ」


ロイの顔が、愕然と歪んだ。信じられないものを見たという表情。彼の唇が震える。


「……ユウカ……?」


その声が、戦場の喧騒を裂いて届いた。


私は、息を詰めたまま動けなかった。ロイの視線が、私の肩にかかる黒いマントを射抜く。魔王軍の紋章が、風に揺れていた。その瞬間、彼の瞳に絶望が宿り、苦しげに歪む。


「……魔族に……落ちたのか……!」


その瞳は……明確に、敵を見るものだった。

城から逃げた私を追ってきた王都の兵士たちと、同じだ。


私は、魔王軍にいる。どんなに言い訳をしても、人間の敵だ。だから仕方がないはずなのに。


胸の前で組んだ指が、緩みそうになる。力が抜けそうになる。


──そんなのだめ!


私は、魔王軍の剣なんだから。私は必死に指に力を入れる。


ロイは剣を握り直した。その青い瞳に、硬い決意が宿る。


「……ユウカ。せめて今度こそ、この剣でお前を…!」


低く、重い声が戦場の喧騒を裂いた。


脳裏に浮かぶのは、王都の中庭、私の前に跪いた騎士。ロイさん。

『心からきみを、守りたいと思う』…その言葉が、今は剣の切っ先に代わり、私にまっすぐに向けられている。


「──よくわからないなあ」


丘の前、私たちを守るように立ちはだかっていたヴァルトが、心から不思議そうに首を傾げていた。

黒炎を纏った大剣を肩にガシャンと担ぎながら。


「なんでユウカが裏切り者、みたいな感じなの?」


そしてヴァルトは、薄い笑みを浮かべた。


「この子は――きみたちが捨てたのに?」


「黙れ!」


ロイの怒声が轟いた。その剣先が震えるほどの怒りを帯びている。


「お前たち魔族が……!ユウカをそそのかし、利用し、穢したのだ!」


ヴァルトの返答を待たず、ロイが地を蹴った。


「あはは!別にどーでもいいけどね!どうせきみたちはここで死ぬんだし」


ヴァルトが凶暴に笑った。

ロイの蒼光を纏った剣が、黒炎の大剣に斬りかかる。衝撃波が丘を震わせ、土煙が舞い上がる。


私は思わず息を呑み、指を強く組み直した。


──加護を、もっと……ヴァルトに……!


だが、その時。


「俺は、ここで!人間の敵となってしまった、お前を絶たねばならない!でなければ……!」


ロイの声が、剣戟の音を裂いて届いた。


「シオも浮かばれまい!」


「……え?」


胸の奥が、凍りついたような感覚。


シオさんの名前。私の……優しい、優しい召喚士の名前。

どうして、ここで……?


私は無意識に、ポケットの上からあの石をおさえた。


「ど、どうして……」


剣戟。再び、ロイとヴァルトは地面を削りながら距離を取った。


「どうして!シオさんが……浮かばれないって……どういうこと……!?」


私は青ざめ、悲鳴をあげるみたいに叫び、ロイに問いかけた。


ロイは私を見つめた。静かに、低い声で。


「…シオは──」


この先は、聞いてはいけない。なぜかそう思った。漠然とした嫌な予感というか。とにかく頭の中で、警鐘が鳴る。けれど、聞いてしまった。




「お前を逃がした罪を自白し……王都で処刑された」




言葉が、出ない。視界が揺れる。耳鳴りがした。


「お前を逃がした、その日の晩だ」


そんなわけ、ない。


だって。じゃあ、あの時からずっと……私を慰めてくれていた声は。石の、通信は?シオさんは、生きていた、はず……。ロイさんは、きっと、嘘をついているんだ…そうに、決まって……


いや。本当はわかっていた。ロイの言葉と表情は真剣だった。

彼は私の精神を崩して加護を弱めようとか、隙をつこうとか、そういうことをする人ではない。つまり。


一瞬、世界が音を失った。


戦場の怒号も、剣の衝突音も、遠くへ消えていく。


胸の奥で、何かが崩れ落ちる音だけが響いていた。


「嘘……嘘だ……」


唇が震え、言葉が零れた瞬間、胸の奥で光が砕けた。


加護の光が、フッと揺らぐ。


戦場に広がっていた金色の波動が、弱まっていくのがわかった。

兵士たちの傷が、再び血を滲ませる。

立ち上がっていた魔族の瞳に、恐怖が戻る。


「ユウカ!おい!しっかりしろ!加護を──!」


ザルグの叫びが、すぐ近くにいるはずなのに遠くで響いた。


でも、耳に入らない。ただ、胸の奥で、シオの笑顔が浮かんで消えた。指先が震える。祈りを込める力が、抜けていく。


その時、空を切り裂く音が響いた。


鋭い影が戦場を横切り、上空を旋回する。


フォーゲル──鳥人の斥候だ。彼の声が、風を裂いて頭上から轟いた。


「全軍、撤退せよ!」


鋭く響く声。


「イグナレス様より命令!戦況は不利、殿を残し速やかに退け!」


魔王軍の兵士たちが一斉に顔を上げる。


「繰り返す――イグナレス様のご判断!加護の揺らぎを確認、これ以上の交戦は不要!」


「……撤退だと……!」


ザルグが歯を食いしばる。


「異邦人の加護があるのに……!」


フォーゲルの声が鋭く返す。


「その加護が揺らぎ、全軍の魔力が落ちている!即刻撤退せよ!」


──私のせいだ。


視界が滲む。ただ、胸の奥で、深い悲しみと、罪悪感と、情けなさが膨れ上がっていく。


「あ……あぁ……っ」


「ユウカ!」


フォーゲルが私のすぐそばに降り立った。いつの間にか、ザルグは消えている。彼自らも、殿として戦場に出たのだ。遠くで吠える声がする……。


「さぁ、早く!ヴァルト殿と一緒に、撤退を……!」


「フォーゲル、イグさんに伝言たのむよ」


トン、と。私とフォーゲルの目の前に、ヴァルトが跳躍して降り立った。私とフォーゲルは固まった。


ヴァルトはやはりいつも通りの笑みを浮かべていたが、血だらけだった。


肩から胸までをざっくり斬られていて、あちこちに切り傷、魔法攻撃による傷跡。前試合の時を思い出すほどの満身創痍だった。


──私の加護が、ほとんど機能しない中で。私たちの陣を守って、ロイさんと戦っていたから。


私がシオさんの死に打ちひしがれ、凍り付き、加護を鈍らせた。その間に、こんなに傷ついてしまった。

ヴァルトでこれなんだ、一体何人の兵士がその間に死んでしまっただろう。


私のせいだ。今すぐどうにかしないと。

私は必死に、まずヴァルトを修復しようと指を組んだが、組んだ指先がカタカタ震えて、全く加護を与えられない。


「イグナレス様に、何を...?」


フォーゲルが戸惑いながらヴァルトに尋ねる。


「殿。俺がやるって伝えて」


「なっ?」


フォーゲルが目を剥く。


ヴァルトは必死に指を組み、けれど加護を与えられずに震えているだけの、役立たずの私を見つめた。


「ユウカ」


ヴァルトは私に顔を近付けた。唇に息がかかるくらいの距離で、私の顔を覗き込んでいる。


私は呆然と、間近の紅い瞳を見つめた。ヴァルトは私と目が合うと──ニコ、と血まみれのまま笑った。


一瞬、また周囲の喧騒が遠くなったようだった。


「ばいばい。──フォーゲルに運んでもらいな」


ヴァルトの声だけが、耳に届いた。


ヴァルトは、私から身を離すと、静止するフォーゲルの言葉を無視して身を翻した。大剣を手に駆け出し、再び丘から飛び降りた。王都の兵士たちの群がる渦中に──


「あ……あぁ……っ!ヴァルト、ヴァルト、まって…!!」


私は呆然として、一拍遅れて事態を飲み込み――本当に、のろまな自分が嫌になる――ヴァルトに手を伸ばし、半狂乱になって走り出しかけたがフォーゲルに腕を掴まれた。


「ユウカ!わしがお前さんを連れて行く!」


「いっ、いや!いやです、ヴァルトを置いていけない!」


「ここにいてどうするんだ!お前さんは今、加護を与えられんだろう!?」


その言葉が胸に突き刺さる。けれど、必死にその腕を振りほどこうとした。


「イグナレス様の言葉を忘れたか!?お前さんは我々の勝利の要!ここで失うわけにはいかないのだ!」


視界が涙で滲んだ。


「し、知らないっ!そんなの知らない!私は、ヴァルトと残る……!」


私が泣きながらそう叫ぶと、フォーゲルは(嘘だろう!?何言ってるんだこいつは!?)と言う顔で一瞬絶句したが、何かを感じ取りはっとして突然私に覆いかぶさった。


「伏せろっ!」


「……っ!?」


爆発音。私はフォーゲルに突き飛ばされ、吹っ飛んで地面を転がった。


「……うっ」


「く……!ユウカ、無事か……!」


頭に衝撃があったのか、くらくらする。けれど、身につけていた黒いマントが包むように体を覆ったので、硬い地面を転がったのに体に傷ひとつなかった。私はずるりと身体を起こし…


フォーゲルを、見た。翼と背中に、たくさんのナイフが刺さっている、フォーゲルを。



私を突き飛ばし、爆風に背を向けて飛んでくるナイフの盾となるよう、私を庇ったからだ。


敵から投げ込まれた榴弾のような爆発物には、魔術のかかったナイフが仕込まれていた。爆発と同時にナイフがあちこちに跳んでいくのだ。


血まみれの翼と背中。土煙の向こうには、たくさんの、同じくナイフが刺さった兵士たちの遺体が転がっていて──


「く……!ユウカ!立てるか……!森へ走れ!他の兵士を、つけさせる……!だれか…だれかっ、いないか…!」


フォーゲルはよろめきながら立ち上がる。羽からぼたぼたと血が垂れる。フォーゲルは、私の視線が翼にくぎ付けになっているのを見ると、痛みをこらえながら少し笑った。


「……気にするな。お前さんが治した翼だ……盾に、なれるなら……本望というも…のっ…」


ごぽり。


フォーゲルの口から、塊のような血が落ちた。


「あ…」


ばしゃ。足元に大量の血が落ちる。ずるずる、とフォーゲルが崩れ落ちていくのが、スローモーションみたいだった。


彼の背にささっているナイフは、刃が赤く禍々しく光っていた。呪いかなにかが付与されているのかもしれないが、その原因は私にはわからなかった。ただ、わかるのは。


「あ…あぁ…っ」


私のせい。役立たずで、いくじなしな、私のせいで。魔王軍兵士の、フォーゲルの、ヴァルトの。その命の灯火が、消えかけているということだけだった。










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