表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/45

36話 おしゃべり好きな巨人


高い。たぶん、お城のお部屋よりも高い。


ヴァルトの手のひらの上で、私は魔王城と、その向こうに広がる森を見渡していた。風が気持ちいい。


『俺ね』


ヴァルトが、ぽつりと話し始めた。


『昔はずっと、動けなかったんだ』


「動けなかった?」


『うん。ただそこに在るだけの、災害みたいなものだったの』


ヴァルトが語る昔話。

曰く、彼は元々、自我も曖昧な強大な魔力の塊だったらしい。

嵐のように荒れ狂うこともあれば、山のようにただそこに在り続けることもあった。考えることもなく、感じることもなく。ただ本能のままに、近づくものを砕き、飲み込むだけの存在。


『退屈、って言葉も知らなかったけど。今思えば、すっごく退屈だったんだと思う』


そんな彼を見つけ出したのが、イグナレスだったという。


『ある日、イグさんが来てさ。俺の周りの氷を全部溶かして、「お前は使えるか?」って聞いてきたんだ』


イグナレスは、言葉を持たなかった彼に言葉を教え、「ヴァルト」という名を与え、人の形をとる術を教えた。そして魔王軍にスカウトしたのだそうだ。


『自我を持って、動けるようになって。初めて、世界を知った』


ヴァルトの声は、弾んでいた。


『何かを食べて美味しいとか。自分の足で歩くのが楽しいとか。強いヤツと戦うのが気持ちいいとか。全部、最近知ったことなんだ』


だから彼は、あんなにも子供のように無邪気で、好奇心の塊だったんだ。 全ての経験が、彼にとっては生まれたての感動だったから。

善悪の区別なく、ただ楽しい、面白い、を貪欲に求めていた理由が、なんだか腑に落ちた気がした。


『戦うのが、一番好きかな。壊すのも好き。えーと。あとは』


ヴァルトは少し悩むように空へ目線を向けた。


「…話すのも、好きだよね」


私が尋ねると、彼は私を乗せた手を、少しだけ顔に近づけた。紅い瞳が、細められる。


『そうだな。ユウカと話すのも好きだ』


私の胸が、じわりと温かくなる。


「……私もだよ」


私は彼の指を撫でながら答えた。


「私も、ヴァルトとお喋りするの好き。ヴァルトが部屋に来てくれるの、実はいつも楽しみだったよ」


『へぇ。枕投げて怒ってたのに?』


「あれは……タイミングでしょ!いつもは枕投げないし、怒ってないでしょ!」


私が顔を赤くして抗議すると、ヴァルトは『あはは』と大地を揺らして笑った。


『ユウカは小さいのに、俺に平気で怒るし、話すし。変なの。


俺、この姿に戻るとさ。思考もちょっとぼんやりして、破壊衝動ばっかりになっちゃうんだけど……ユウカといると、すごく落ち着く』


ヴァルトは、空を見上げた。私はふと、心配だったことを尋ねる。


「ヴァルト、左腕は?巨人の姿だと、山みたいでよくわからないけど。私、修復するよ」


『ああ、大丈夫。じーっとしてたら治るから』


ヴァルトは目を細めた。


『元気になったらちっちゃくなって、またユウカの部屋に行くよ』


「ふふ、ドアは壊さないでね。ベルも鳴らしてね」


『んー』


生返事。絶対に忘れるやつだ。私は苦笑いをする。


森の風が吹き抜ける。巨人の手のひらの上で、人間に捨てられた元救世主の私は、これからの日々に思いを馳せていた。


きっと大変なことはたくさんある。戦争も、まだ終わっていない。けれど今はこのぬくもりを、大事にしたい。ここで出会った大好きな魔族たちを、守れるようになりたい。そう決意を新たにした。



「ユウカ。わしの背に乗ればひとっとびだぞ」


のしのしと私の隣を歩くフォーゲルが気遣わしげに言った。


「歩きたい気分なんです」


私は森の木のざわめきに耳を傾けながら、フォーゲルと一緒に魔王城への帰路についていた。

ヴァルトが言ってた、自分の足で歩くのが楽しいって言葉。

山のように聳え立つだけだったヴァルトが、自由に動ける身体を得て動き回れた時、ただ歩くことすら楽しいと思ったんだろうなって思ったら、なんだかたくさん歩きたくなったのだ。


「フォーゲルさんは先に帰ってもいいですよ?」


「いやいや…お前さんをこんな所に1人で置いていくことなどできん。あと、参謀殿に殺されるわい」


お城は見えるくらい近いのに、大袈裟な…と思ったし、今のイグナレスが果たして、以前のように私を案じてくれるかと思うと疑問だ。ちくりと胸が痛くなって、誤魔化すように前を向いた。


すると、森の入り口。城へと続く小道に、人影があった。


「……ユウカ」


そこに立っていたのは、グレイナだった。いつもの深紅の鎧が、陽に輝いている。彼女は私を見つけると、どこか気まずそうに視線を泳がせた。


フォーゲルが優しい目で私を見て、肩を叩いた。私は頷いて、彼女に向かって進み出た。


「グレイナさん」


私が声をかけると、彼女はビクリと肩を震わせた。


無理もない。彼女は私を、拷問から救うためとはいえ、殺そうとしたのだから。そして、私がその選択を拒絶し、ヴァルトと共に彼女を倒して去った。あの日以来の再会だ。


「……兄様が、呼んでいる。執務室へ来いと」


グレイナは、硬い声でそれだけを告げた。

以前のような威圧感はない。むしろ、どこか小さくなっているように見えた。


私はそんな彼女に歩み寄り、精一杯の笑顔を向けた。


「迎えに来てくれて、ありがとうございます」


「ッ……」


グレイナが息を呑む。


「お前……怒っていないのか? わたくしは、お前に……」


「怒ってませんよ。グレイナさんが私のために必死になってくれて…嬉しかったです」


私がそう言うと、グレイナの大きな瞳がみるみる潤んでいった。

彼女は唇を噛み締め、何かを堪えるように拳を握り──そして。


「ユウカッ……!」


感極まったように名前を叫び、私に抱きついてきた。


「ひぃっ!?」

「おいッ!?」


フォーゲルの悲鳴。私は反射的に身を強張らせた。脳裏に蘇る、彼女の馬鹿力。以前、軽いスキンシップで骨がきしみそうになった記憶。そしてあの戦斧を振り回す豪腕。つっ、潰される──! ?と覚悟して、目を瞑った。


けれど。


「よかった……!本当に、生きていて、よかった……!」


私の背中に回された腕は、驚くほど優しかった。まるで、壊れ物を扱うように。震える彼女の腕から、温かい体温だけが伝わってくる。


「ごめんな……怖かったろ、辛かったろう……」


耳元で、彼女の嗚咽が聞こえる。 大粒の涙が、私の肩を濡らしていく。


「もう二度と、あんな思いはさせない。わたくしが、絶対に守ってやるから……!」


グレイナは、私のために泣いてくれた。その優しさと、ちゃんと手加減してくれている気遣いに、私の体から力が抜けていく。フォーゲルも気づいたのか、背後で安堵の息を吐く気配があった。


私は、彼女の背中にそっと手を回し、抱きしめ返した。


森の風が、私たちを優しく包み込んでいた。


次回 管理改め、指導宣言

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ