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19話 はじめての決闘


ゴンゴン!と規則正しく2回。しかしちょっと力強いノック。


「どうぞ」


声をかけると、大きな扉が開く。


私が魔王城で住まわせてもらっている客室は、ベッドもテーブルも椅子も大きい。人間規格の1.5倍くらい。

もちろん扉も大きくて重い。私一人では開けないくらいだ。


そこを軽々と片手で開けて顔を覗かせたのは、身長2メートルを超えるツノの生えた女魔族、グレイナだった。


吊り上がった大きな瞳でベッドに座る私を見つめると、ぱっと瞳を輝かせる。かわいい。大型犬みたいだ。


「おはようユウカ!今日も小さいな!」


犬歯をみせて笑ってくれたが、その笑顔がベッドの上の黒い少年を見てピシッと止まる。


「おはよ~グレイナ。きみもそんな大きいわけじゃないと思うけどね?」


にこ、とからっぽの笑みを浮かべるヴァルト。

途端にグレイナは不機嫌になる。なんでこいつがいるんだ、みたいな。


私がヴァルトに「人間は暇だと死ぬ」とちょっと大げさに教えてから、ヴァルトは結構遊びに来てくれるようになった。

ヴァルトはいつもへらへら笑っていて何を考えているか分からないし戦闘狂だけど、結構お喋りが好きみたい。

私は基本的にここから出られないので、彼の来訪は暇つぶし的な意味で大変助かるのだ。

夜は帰ってくれるから、一人の時間も作れるし。


ということで、今朝もヴァルトは私の部屋に入り浸っていた。


「黙れチビ。お前、最近いつもここにいるな」


グレイナは腰に手をあて、苛立ちを隠しもせずに言った。兄のイグナレスとは違って、すぐに感情を顔と行動に出す妹である。


「うん、まぁね。ユウカ死んだら困るから、グレイナも何か面白いことしてあげてよ」


グレイナは(何を言ってるんだ?)みたいな、戸惑った顔になる。彼の言っていることがよく分からないんだろう。そりゃそうだ。私は慌てて、説明する。


「えっと。私がずっと、暇だから。ヴァルトさんが時間をつぶしてくれているんです」


でも、別に無理して何かをしてもらう必要はないですよと、続けてそう言おうとしたのだが。


「そうか...では、ユウカのためにとっておきの暇つぶしを用意しよう」


グレイナはにっこり笑った。

その笑みが親切なそれではなく、どこか攻撃的な笑みだったのと、その笑みはヴァルトにまっすぐ向けられていたので。

私はなんだか嫌な予感がした。



私とヴァルトは、グレイナによって中庭に連れ出されていた。


この前フォーゲルが空を飛んだ、広場のような場所だ。荷運びをしているオークやゴブリン、休憩中の魔族らが、私たち...いや、恐らくヴァルトとグレイナを見て逃げるように去っていく。


グレイナは逃走中の一匹のオークの首根っこを掴んで捕まえた。


「ふごぉっ!?」


「おいお前。立ち合いをやれ」


グレイナの言葉に、オークは巨大な身を震わせて絶望した顔になる。

状況が読めない私は「立ち合い?」と、隣のヴァルトに尋ねるが、彼は「なんだろね?」と一緒に首をかしげるだけだった。


グレイナは私たちから少し離れたところに立つと腕を組み、ヴァルトをにらみつけた。


「ヴァルト。お前に決闘を申し込む」


「決闘?」


ヴァルトは目を丸くした。


「お前、わたくしが勝ったらユウカの周りをうろつくのをやめろ」


「え!?」


驚いた声をあげたのはヴァルトではなく私だ。

ヴァルトは不思議そうに、両腕を頭の後ろに組んだ。


「え~?別にいいけど、そのかわりグレイナがユウカの暇殺し?してくれんの?」


グレイナは美しい髪を風に靡かせ、にんまりと笑った。


「もちろん。兄様はお前が余計な事ばかりするから頭を痛めているようだったし。ユウカの相手はわたくしの方が相応しいだろう...ん?お前、それでいいのか?」


グレイナがふと、眉を顰めてヴァルトを見つめる。

彼女は勘違いしているみたいだが、別にヴァルトは私の相手をすることにそんなに執着していない。ヴァルトは笑って背中の剣の柄を指でなぞった。


「どっちでもいいけどさ。決闘はやろうよ」


その紅い瞳は、禍々しい光を帯びていた。


「強いやつと戦えるの、嬉しい。きみはすぐに潰れないよね?」


「...ふん!牙位がいのくせに、威勢が良いではないか!」


グレイナが獰猛な笑みを見せる。


「….”牙位”?」


私は震えあがっている立ち合い役?のオークに尋ねる。


「幹部の段位だ。一番下が牙位がい、次が角位かくい、その次が翼位よくいで最高の段位が冠位かんい...」


この世の終わりのような顔でオークは教えてくれた。


「ヴァルトさんは牙位なんですね。グレイナさんは?あと、イグナレスさんは?」


私は興味にかられて更に尋ねた。


「グレイナ様は角位..お若いのにすごいことだ...兄のイグナレス様は冠位に決まっているだろ...幹部で最も古参で、魔王様から信頼を受けておられる」


処刑台をのぼっているような顔でオークが教えてくれた。イグナレスが思ったよりも偉い人(魔族?)だったので私は驚いた。仕事がたくさんあって大変そうだとは思ってたけど。

ものすごく偉くても楽になるわけじゃないんだな...。


「それで、ヴァルト。お前はわたくしに何を望む?ありえないが、勝利した場合の褒美だ」


「え~?」


グレイナの質問に、ヴァルトは首をかしげる。


「特にないなぁ。ユウカは何かある?」


「え」


なんで私?私が戦うわけじゃないのに...。


「俺、戦えれば楽しいし。やってほしいこととかないんだもん。ユウカが決めていいよ」


「おいユウカ!早く決めろ。なんでもいい!」


二人が私を見る。そんな急に言われても、何も思いつかない。私は困ってかたわらのオークを見上げた。


「......何かありますか?」


「はああ!?こっ、この異邦人め....」


爆発直前の爆弾を渡されたような顔をしたオークが、二人の幹部の視線を受け裏返った野太い声で叫んだ。


「だっ、段位の交換とか!?それを賭けて決闘される幹部の方は多いです!」


「じゃ、それでいいや」


どうでも良さそうにヴァルトが言った。


「決まりだな」


グレイナがガントレットを外し、すっと左手を差し出した。

グッと握りこみ、爪を立てると掌から血があふれる。

その血が、中庭の地面に落ちた。


「我が血を以て陣を敷く!」


彼女が口にした瞬間、血の落ちた地面が赤く光って巨大な円を成した。


「応じるならば、我が円環へ!」


短い口上を終えた瞬間、その円はグレイナを中心に広がり、中庭を半分ほど飲み込んだ。ヴァルトのつま先くらいまで広がって、拡張は止まる。ヴァルトは赤い瞳を輝かせた。


「俺、決闘はじめて〜!嬉しいなぁ」


迷いなく、片足を踏み込む....前に、ふっと私を振り返った。


「あ。ねぇユウカ」


オークと一緒に固唾をのんで見守っていた私に声をかける。


強化バフかけてよ」


グレイナが眉を顰める。


「グレイナ(あっち)に」


ヴァルトが猫のように目を細め、グレイナを親指で指さした。


「....へ?」


私はぽかんとする。


「最初に言ったじゃん。俺、きみが強化したやつと戦いたいって」


ヴァルトは何を驚いているの?みたいな顔をする。


「そ、それはそうですけど」


「やってよ。あの時のがっかりをここで返して」


そんな無茶苦茶な、と思った。

そもそも大丈夫なのだろうか、グレイナとヴァルトのどっちが強いかは分からないけど、ヴァルトの方が序列的には下みたいだし、相手はイグナレスの妹だし、見るからに強そうだし。更に、加護を与えるなんて....どちらかというと、ヴァルトのことが心配だ。


迷っていると、ヴァルトは無邪気に笑った。


「やってくれないなら、グレイナが終わった後にそこのオーク君と戦うからね」


「「なんで!?」」


私と、とばっちりオークが同時に叫んだ。


次の瞬間だった。


ガァン!!


軽く地面が揺れるような衝撃。振り返ると、背負っていた戦斧バトルアックスを地面に叩きつけたグレイナが、殺意をまき散らしていた。


「黙って聞いていれば...馬鹿にするのも大概にしろ!わたくしが終わった後に、その豚と戦うだと?」


彼女の黒髪が、燃えるように殺意で靡いた。


「その減らず口、二度ときけなくしてやる!」


「いいね!」


笑顔でヴァルトは背中の大剣の柄を握り、今度こそ赤い陣の中に足を踏み入れた。


「ユウカ、やってよ?じゃないとほんとにその豚くん、三枚おろしにするからね」


彼はグレイナを見つめたまま、くぎをさすのを忘れなかった。


「ひいいぃっ!異邦人っ、いや、異邦人様ああ!!!」


可哀想なオークが横で悲鳴をあげる。もう私に選択肢はなかった。

巻き込まれオークを助けるために、私は仕方なく、胸の前で指を組みグレイナに向かって祈りをささげた。


──グレイナさんに、力を...ヴァルトさんを殺さない程度の強い力を...。


これは本番の闘いではないし、私も加減をする練習になるかもしれない。そう思って。



加護を受けたグレイナを、金色の光が包む...怒り狂っている彼女は、加護を与えられていることに気付いていないのかもしれない。


彼女は姿勢を低くして地面を蹴った。

その巨体が、音を置き去りにするような速さで、ヴァルトへ突っ込んでいった。


唸りを上げて振り下ろされた戦斧を、ヴァルトは笑いながら後方に跳んで避け、自身も背から大剣を引き抜いた。


地面を抉った戦が、そのまま横なぎにヴァルトを狙ってくる。彼は黒い大剣でそれを受け止めた。


ガァン!

と雷鳴のような高い音が響き、大剣と斧がぶつかる。

すると、ヴァルトの足が土を削って後方へ滑った。明らかにグレイナが押している。


ヴァルトは小柄なのに、訳が分からないくらい馬鹿力だ。それが、今押されている!


「ぐああっ!」


グレイナが獣のような咆哮をあげて、力任せにヴァルトを押し切った。

そのまま斧がヴァルトの首を狙うが、彼は大剣を盾のように翳して守る。

グレイナはそのまま斧を自在に振り回し、怒り狂ってはいるが正確なコントロールでヴァルトの急所を狙い続けた。

ヴァルトは剣で受け流しながら後退していく。


「はあっ!」


グレイナが鋭く叫んだ。ヴァルトがよろけたところを、すかさず鎧に包まれた脚が狙う。


「あっ」


私が小さく声をあげた。

ヴァルトが大剣でグレイナの蹴りを受け止めたが、あまりのパワーにそのまま吹っ飛ばされたのだ。


ドガァン!!


一直線に城壁に突っ込み、轟音がたった。訓練所でヴァルトがオークを吹っ飛ばした時とはくらべものにならない音。魔王城の堅牢な城壁に亀裂が入っている。


「口ほどにもない!兄様のお気に入りだがなんだが知らないが…」


グレイナが豊かな美しい髪をかきあげてハッと笑う。


「この程度か!」


高笑いでもしそうな彼女の様子に...やっぱり、グレイナは私が加護を与えていることに気付いていないな、と思った。彼女は自分の力でヴァルトを凌駕していると思っている。教えてあげたほうが良いのだろうか…。


それはそれとして、ヴァルトが少し心配だった。いくらなんでもグレイナが圧倒的すぎたのでは。


すると、土埃と瓦礫の中で小さな黒い影が揺れた。


ずるり、と大剣を引きずる音。


その影が一瞬歪んで巨大に膨れ上がったような気がして、私は瞬きする。


「グレイナ..やっぱり強いね」


その声は疲労も焦りも全くなくて、グレイナは眉を寄せる。


「さすが、イグさんの妹だ」


紅い眼が、煙の中でぎらぎら光っていた。

私はぞっとして咄嗟に隣のオークの服を掴んだが、オークも震えあがって私の肩を太い指でちまっと掴んだ。


急に、空気が一段重くなったような気がした。


グレイナが目を見開き、戦斧を握りしめた。


「ユウカ」


煙が引き、血だらけで立っているヴァルトが、低い声で私の名を呼んだ。


「もっと強くしろよ。じゃないと」


ヴァルトはかなりの傷を受けたはずだし、力で敵わなくて吹っ飛ばされたはずなのに嗤っていた。


「潰しちゃうだろ」


彼の影が巨大に膨れ上がり、城壁の壁を伝って巨人の影を作り出していた。


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