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15話 お前は盾であり、私の憎悪


それからの試合は、異常だった。負けっぱなしのリザードマンの連勝である。


「ガラムさん、頑張れ!」


私の応援を受けるたび──私はまさか、自分の力が影響しているとはこのとき思っていなかったけれど──ガラムは凄まじく強くなった。


準々決勝、準決勝…瞬く間に勝ち上がっていく。


対戦相手は、魔界でも名の知れた猛者ばかりだったはずだ。けれどガラムの剣が、彼らを枯れ木のように吹き飛ばしていく。


傷ついても、動きが鈍らない。疲労すら、光に溶けて消えていくようだ。


そして、決勝戦。

魔王軍の精鋭であるアークデーモン(上位悪魔)さえも、ガラムは真正面から叩き伏せた。


「誰が予想しただろうか!?勝者ァ───ガラムゥッ!!」


地鳴りのような歓声。

万年一回戦負けの小さなリザードマンが、一夜にしてコロシアムの頂点に立ったのだ。


私は感動で涙ぐみながら、傷だらけで手を振るガラムさんに大きく手を振り返した。


だが、喜びに浸る私は気付いていなかった。


私の隣でイグナレスが、指先が白くなるほど手すりを握りしめていたことを。




──これが。異邦人の力……。


握る手すりがひしゃげ、ミシ、と音を立てる。会場の有象無象の歓声が、どこか遠くで聞こえるようだ。


──忌々しい…忌々しい…!


私は、目の前の光景に戦慄していた。


人間とは、紙のように脆く、弱い生き物。本来ならば、魔族の足元にも及ばない。


だというのに、この“異邦人(救世主)の力”さえあれば……人間は、我ら魔族と拮抗し、あるいは凌駕するほどの暴力を手に入れる。


神からのギフトだとかいう、異邦人の力。この世界に、悪へのカウンターとして派遣されたような存在だと、魔王様が仰っていた。


起源などはどうでもいい。私にとって重要なことは、それがかつて、私の部下の多くを殺し尽くしたということだ。


100年前の異邦人は、我々の軍勢を半壊させた。その時の無力感を、狂おしいほどの憎悪を、一瞬たりとも忘れたことはない。私の右腕の部下も、育てていた精鋭も、すべて、すべてあの光の前に命を奪われた。加護を与えられただけの、矮小な人間の剣によって!


だが、嗚呼。あの絶対的な力が。それが今、我々魔族に与えられている。目の前でその威力を、まざまざと見せつけられている。


──忌々しく、恐ろしい異邦人め。魔族にも、加護を与えることができるというのか…!


手すりから身を乗り出し、笑顔でリザードマンに手を振る少女。私が指先ひとつで殺せる、無力な小娘。


私の胸中に、改めてどす黒い憎悪と、拭いきれない畏怖が渦巻く。


そうだ。ヴァルトがこの娘を連れてきてから。出会った瞬間から。

この娘に対して私は、憎しみ以外の感情を抱いたことがない。


脆く無力で、寿命が短い。我々魔族の足元にも及ばない弱小な人間どもの群れが。この異邦人ひとりの力で無敵の軍勢へ変貌するのだ。


この娘を殺すわけにはいかない。新たな異邦人の召喚を許すわけにはかない。


だからこそ、だからこそ。ここで徹底的に管理し、飼い殺し、そしてこの機に人間どもを灼き尽くすのだ。一刻も早く魔王様にご決断いただかなくては。そしてそれが果たされれば、この小娘は用無し──


そこで私は、娘の視線に気付いた。ひしゃげた手すりから手を離す。


目を閉じ、息を吐き、沸騰しかけた思考を抑えつける。が、小娘の戸惑う眼差しに、再び脳髄が焼き切れそうな憎悪が湧き上がる。


──殺してやる、小娘。お前は必ず、私がこの手で。


「イグナレスさん?」


── その時は、ひと思いには殺さない。私の部下の苦しみを、無念を、憎悪を、存分に味わわせてやる。その時のお前の命乞い、悲鳴はどれだけ甘美なことだろう!


小娘が、手すりから手を離し私に向き直る。なにか叱られると思ったのだろうか。眉を下げ、こちらを窺うような視線。


いけない。思考を戻せ。私が今、やるべきこと。考えるべきこと。


「ユウカ…」


思考しながら、唇を開く。


異邦人の加護は我々魔族にも与えられる…。


この事実をどうするか。まずは魔王様に報告すべきか。それとも、この女に一度自覚させるべきか──いや。余計な知識は与えるべきではない。この娘はただ、飼い殺して生かす。それだけで、我々魔族の勝利は確定するのだから───


「ユウカ、すごいじゃん」


ヴァルトが、呑気に声をあげた。

その時の私は激しく後悔した。ここに、こいつを連れてくるべきではなかった。


「きみのおかげで、トカゲくんは優勝できたんだよ」


「え?」


ユウカは呆然としてヴァルトを見つめる。


「いや、私は応援しただけで。ガラムさんが頑張ったから……」


「あれ。自覚なく使ったの?」


ヴァルトは、小さく声をあげて笑った。 幼く無邪気だが、どこか空虚な笑み。


「きみの力(加護)ってさ。魔族にも使えるんだね」


「……え?」


ユウカは、やはり自覚がなかった。


──ヴァルトには、いい加減口枷と首輪が必要だろうか。この自由奔放で考えなしの、小さく巨大な魔物には。


私はこめかみを抑えた。


熱狂の冷めやらぬコロシアムで、小娘は冷水を浴びせられたように。ただ立ち尽くしていた。


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