七殺目 ドラン帝国へ
俺は道場を出て、冒険に出た。
後ろを振り返り、道場を見つめる。
木造の大きな門が小さく見える程離れ、頭のおかしい連中の声も聞こえない。
胸の奥が少しだけキュッとなった。
だが、俺はそれ以上にワクワクしていた。
「あ〜一人での冒険かー。なんか興奮するな」
生まれてから十五年間、ずっと道場で過ごしてきた。
行ったことがある町といえば、近くのエコキャルくらい。
だから、今の俺には未知の世界しか見えていない。
──やべぇ興奮が止まらん
ニヤニヤしながらエコキャルで買った地図を広げる。
「さぁて、どこに行こっかなー。やっぱ首都エルドリアか? 冒険者大国だし、ダンジョンとかいっぱいあるしなぁ」
──でもなー、ここ王国の端っこだから、首都まで遠いんだよな
現在地を指さし、良い感じの場所を探すと……
「あッ!! いっそのこと隣のドラン帝国に行くか? 首都ドランなら近いしな!」
──うっし、決めた。
ドランに行こう!
目的地が決まり、さらにテンションが上がる。
テンションは上がり、ルンルンだが……
──顔がめっちゃ痛い。ずっと痛い…
師匠との最後の稽古。
俺は師匠にフルボッコにされた。
攻撃を流そうとしたら、拳のスピードが速すぎて対応できず。
拳を打ち込もうとしても全部流され、一発も当てられなかった。
……あいつ、本当に現役引退して三十年経ってんのか?
どの兄弟子より動きが鋭かったぞ
さすが元SSS、レベルが違いすぎるな
思い出しただけで、顔がズキズキする。
-----------------------------そんなこんなでエルドリア王国を出て数時間
森に到着した。
森の入口は薄暗く、鳥の鳴き声が遠くで響き、足元では虫がカサカサと動く。
──ザ・森だな
森に入ったころには日が沈み、周囲はすっかり暗くなっていたので――
「もうこんな時間か。野営の準備するか」
そこらの木を集め、バッグから火打ち石を取り出して火をつける。
──じゃあ、お待ちかねのお料理タ〜イム
さっき程ぶち転がしてきたウッドボアの肉を、ステーキ風にカットし、特製調味料を振りかけ、馴染ませる。
そしてフライパンを熱し、脂を引いて肉を焼く。
─────────ジューッ!
香ばしい匂いが一気に広がった。
「そろそろかな〜」
肉を取り出して切ってみると、中は見るだけでヨダレが垂れてくるミディアム状態だ。
「グヘッ、グヘヘヘヘ……えっちだ……」
明日の昼頃にはドランに着くだろう。
-----------------------------二日後
「もうダメだ…ここがどこか……何も分からん…」
──腹が減りすぎてヤバい、水もねぇ。ご飯は昨日には街に着くと思ってその日の昼に全部食べちゃったし…飴玉も全部舐めちゃった。
足がふらつく。喉がカラカラで、腹はずっと嘆いている。
俺はまだ、森を脱出できていなかった。
もしかして……死ぬ? 死んじゃうの?
そうなると......俺の死因──「餓死」?!
「いやぁぁぁぁ!! 嫌だよぉぉ!」
叫んだ声が、木々の間で反響した。
鳥たちが驚いて一斉に飛び立つ。
せっかく「流拳殺技」引き継いだのに?
意気揚々と冒険に出たのに?
出発から三日で餓死?
恥ずかしすぎるッ!!
嫌だ! 死にたくない!!
死ぬならせめてドラゴンとか、魔王とか、めちゃくちゃ強いやつに殺されたい!!
そしたら、
「あいつは格上相手に勝負を挑んだ立派な冒険者だったな」って言われるじゃん?
いや、死なないけど!!
そんな馬鹿げた脳内会議を行っていると──
体が反応し、集中する。
奥の方から気配がした。
ん? ……殺気だ。しかも、たくさんの魔物か?
これは、魔物だけじゃない……人間の殺気も混じってる?!
急いでその方向へ駆け出す。
枯れ葉を踏む音を最小限にして、木の間を縫うように進む。
「流拳殺技」を発現させてからというもの、俺は“殺気の感知”がかなり正確になっていた。
集中すれば、半径二百メートル以内の敵意を感じ取れるし、それが人間か魔物かも分かる。
これも、師匠のキツい特訓を頑張ったおかげだ。
さっすがアビト君。
息を潜め、木の裏に身を隠して、そぉ〜っと覗く。
……おっふ。
冒険者が四人、魔物の群れに囲まれている。
茶色の毛並みを逆立て、血のように光る赤い瞳が冒険者を睨む。低く喉を鳴らす唸り声とともに、鋭利な刃物のような牙が剥き出しになっていた。
コス・ウルフだ。
コス・ウルフは単体ならEランク。だが群れると、連携と統率力が上がり、Cランクパーティーでも依頼を受けるレベルの脅威になる。
しかも、冒険者たちは一人が倒れてて、他の三人もボロボロになっている。
あと数分で、全員……死ぬな。
ん〜どうしよっかなぁ……
助けるのは確定なんだけど、問題は、どう助けるかなんだよな〜
俺ひとりで全部倒すのは正直キツい。
全員に囲まれたら、さすがにしんどい。
「んん゛〜〜〜〜〜〜〜」
小さな脳みそをフル回転させて考える。
「あっ、そうだッ!!」
---
クソッ……。
ただでさえ、さっきフェンリルから命からがら逃げてきたばかりなのに……!
息を整えながら、冷静に周囲を確認する。
薄暗い森の中、腐葉土の湿った匂いと、獣の息遣いが入り混じっている。
俺たちを囲むように、二十体近いコス・ウルフ。
瞳は赤く光り、牙をむき、喉を鳴らしている。
フェンリルは狼系魔物にとって“神”みたいな存在だ。
おそらく、こいつらは俺たちがフェンリルと戦ったことに腹を立てているのだろう。
万全の状態であれば、なんとか相手に出来るが、
今は、盗賊のコシノが倒れ、魔法使いのレナは魔力切れ。
剣士のワントも、立ってるのがやっとだ。
考えれば考えるほど、冷静さが削れていく。
もう、これしか──
傷だらけの剣を握りしめ、歯を食いしばり、叫ぶ。
「レナ!ワント!俺が時間を稼ぐ、その隙にコシノを担いで逃げろッ!!!」
「ま、待ってよ! それって、あんた死ぬつもり⁈」
「リーダー命令だッ!! 俺が道を開く!お前らは死ぬ気で走れッ!!」
命を懸けて、仲間を逃がす。
これしかない。これがリーダーとして最後の仕事だ。
――覚悟を決めろ、ソミス・チャハム
「うおおおおおぉぉぉぉぉッ!!」
雄叫びを上げ、右足で地面を強く踏み込み、剣を振る。
ガクッ──
……足に、力が入らない?
ソミスの体が、膝から崩れ落ちる。
「な、なんでだ……⁈」
体が震える。息もしづらい。体温がどんどん下がっていくのが分かる。
何かが全身を這い上がってくる。
恐怖だ。恐怖が、ソミスの体を埋めつくしていく。
その時ソミスの脳裏に、ある記憶がよぎった。
あぁ、これか。あの時だ。あの時感じたのと同じ。
……フェンリルだ
フェンリルを見た時に感じた、あの“生存本能が悲鳴を上げる感覚”に似ている。
恐怖を感じているソミスたちに、
茂みの奥から、圧倒的な恐怖が近づいてくる。
まるで空気そのものが重く、冷たく変わる。
「ちくしょう……せっかく撒いたと思ったのにッ!お願いだから帰ってくれよ……!」
そんな願いもむなしく、恐怖の圧がどんどん強くなる。
息ができない。手も足も動かない。
仲間の方を必死に見ると──
レナは白い泡を吹き、痙攣して倒れている。
ワントは地面に手をつき、喉の奥から嗚咽を漏らし、胃の中身を吐き出していた。
もう、戦えない。
立つことすらできない。
ここで……終わるのか、、、
涙が自然とこぼれる。
命を懸けた覚悟も、決意もすべてズタズタに引き裂かれていく。
だが、彼の胸の奥には残ったものが一つだけあった。
──俺は冒険者だ。
無抵抗で死ぬわけにはいかねぇ!!
“冒険者としてのプライド”だ
震える手で剣を握りしめ構える。
「かかってこいよ、狼ども!! 全員俺が相手してやるッ!!」
座りながら剣を構え、睨む。
1匹だけでも、道ずれに!!
だが、コス・ウルフたちは俺を見ていなかった。
茂みを見ている……?いや、睨んでる?
奴らの視線は――茂みの奥。
フェンリルが出てくる方向だ。
コス・ウルフの体が震えている。
いや、“恐れている”
どうしてだ?なぜ怯えている?なぜフェンリルを威嚇する?
理解が追いつかない中、茂みが揺れ"ソレ"が現れた。
そして──現れた"ソレ"はフェンリルじゃなかった。
見た目は、珍しい黒い髪に、黒い瞳
そして、きっちりと着ている紺色の道着
その上から黒い袴を身にまとっている"ソレ"
ふくよかな少年だ。
袴のポケットに手を入れ、ニヤリと笑っていた。
その笑顔から、フェンリル以上の恐怖が漂っていた。
放たれているのは、フェンリルを凌ぐほどの“殺気”だ
---
いや〜、やっぱ脳筋も大事だよね!!
俺は殺気を大量にぶっ放し続けた。
作戦はこうだ。
“殺気でビビらせて、魔物を追い返す”!
なぁんて効率のいい作戦なんでしょう
……十秒、二十秒経過。
ニヤニヤしながら、殺気を放つが、
「……あれ?逃げてないじゃん?」
コス・ウルフたちが逃げす、俺をずっと睨んでくる。
ちょっと弱かったかな?
なら、もっと強者感と殺気を強めに出すしかねぇな。
髪をかきあげ、険しい顔を作りながら言い放つ。
「おい、狼ども。今機嫌が悪いんだよ。死にたくなかったら、さっさと失せろ」
殺気をさらに解き放つ。
バタバタバタッ――。
「……あれ? 全員気絶しちゃった?」
あれ、逃げるどころか、倒れたぞ?作戦ミスった。
あ……でもよく考えたら、逃げさせるより気絶させる方が良くね?天才か俺?
バカ丸出しでうなずきながら、バッグを下ろす。
料理用の包丁を取り出して、コス・ウルフの腹を切り開き、魔石を取り出す。素材を剥いだりはしない。
毛皮や肉、全身が需要で満ちているから丸ごと持ち帰った方がお得なのだ。
「よっしゃー! 全部取った〜! 皆さんもう大丈夫ですよ〜! あと恩着せがましいんですけど、ドラン帝国まで連れてってほしいんです、、、けど?」
振り返ると、冒険者たちは全員、泡を吹いて痙攣していた。
「うわッ! やっば! みんな気絶してる!? え、待って!! 死なないで!? このまま死んだら俺殺人犯じゃん!? 前科とかいらないから!?」
慌ててポーションを取り出し、全員の口に突っ込む。
---
数十分後。
「ん……ここは?」
男の冒険者が目を開ける。
「あ〜よかった、生きてた!」
「……生きてた?」
「他の三人は?!俺の近くにまだ冒険者が居ただろ?」
「後ろで寝てますよ」
振り向いた先には仲間たちは安らかに眠っていた。
「……助かったのか。本当にありがとう!」
深く頭を下げられ、感謝される。
アビト君の承認欲求が爆上がりする。
「いえいえ〜当然のことをしただけですよ〜」
グヘグヘ言いながら肉を焼く。興奮するな。
「その肉、コス・ウルフか?」
「はい! 食べます?いっぱいありますよ?」
俺の後ろで、山のように積まれたコス・ウルフたちを指さす。
「……何から何まで、すまない。この恩は必ず返す。」
「じゃあドラン帝国まで連れてってください! 道に迷っちゃったんで!」
「そんなことでいいのか?」
肉をかじりながら、うんうん頷く。
「助かる。俺たちはドランの街出身だ。案内は任せろ!」
「ありがとうございますッ!」
ちょうど肉が焼けたので、差し出す。
「はい! これ、いい感じに焼けましたよー!」
おじさんと並んで肉を頬張る。うめぇ。
……本当は全部売るつもりだったけど、我慢できずに食べちゃった。
四匹目。うん、五匹までにしとこ。
全員が起き上がり、一旦休憩をして、再びドランへ向かって歩き出す。
「へぇ〜アビト君は道場育ちなんだね。だから十五歳でそんなに強いんだ。」
くすんだ金色の髪に、紫色のローブを着ているレナさんが笑顔で話しかけてきた。
可愛い。あと、近い。距離近い。
「い、い、い、いやぁ……そ、そこそこですよぉ!?」
動揺を隠すことが出来ていない状態で、言葉を返す。
クソッ、ここで女慣れしてない弊害が出てしまった
童貞に対し、ソミスさんが口を開く。
「アビトはどうしてドランまで行こうとしてたんだ?」
「色んなとこを冒険したくて! あと、道場がエルドリアの端だから、首都より帝都ドランのほうが近いんですよ!」
「なるほどな。アビト。……よければ、俺たちの街に寄ってくれないか? 今、人手が足りなくてな」
申し訳なさそうな、それでいて悔しそうな表情を浮かべるソミスさん。
長年冒険者として生きてきた人間が年下に、しかも成人したての奴に頼むのは、きっとプライドが邪魔しているんだろう。
さすがにそんな顔されたら断りずらい。
う゛〜〜んと悩むと、あることに気づいた。
てか、断る理由、特になくね? 帝都なんていつでも行けるし。うし、
「いいですよ!!」
バカみたいな笑顔と声で答える。
こうして俺は、ソミスさんたちの街――「スレイバス」へ向かうことになった
こんにちは、マクヒキです!!
そこはかとなく良い感じ頑張っていきます




