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四十八殺目 流転の魔王




「我は七騎の魔王が一人――」




『流転の魔王 ヴォルク・カレイド』


その男が名乗った名はあまりにも予想外で、あまりにも恐ろしく、あまりにも強大な名前だった。



「う、う、嘘……ま、魔王…しかも……」



「"流転"……か…」



流転の魔王。それはSSSランクの強さがある魔王たちの中で、圧倒的な実力を誇っている者の名。


魔神に次ぐ実力を持ち、魔神戦争では当時の剣聖にも勝利を収めている正真正銘の怪物だ。



「貴様らが我を殺すことも、死から逃れることも出来ぬ。諦めろ」



その言葉は大袈裟でもなければ虚勢でもない。紛れもない事実だ。それを理解しているからこそ、



「あぁ…ぁ……も、もう……死…ぬ……」


セレネは身体を震わせながらうずくまり、喉からは声にならない恐怖が溢れ出していた。


──なんで最後の最後で魔王なんかと…それに私にせいで……アビトが……



それだけではなかった。


死の間際だからこそ、逃れられない死だからこそ、彼女の頭は一瞬冷静なった。



いや――冷静になってしまった。


──え……ま、待って……わ、私が…誘わなければ……世界を旅したいなんて言わなければ……アビトはあんな傷も…死ぬことも………ッ



「あぁ……あ゛あ゛…あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛」


自分の未来が無くなってしまったこと、そして自分の行いのせいで大切な人の未来までも消してしまったこと。


彼女は受け入れ難い現実に精神が破壊されていた。



「貴様は本当に情けないな。ナイトウィル家の一生の恥だろうな」


呆れた表情のヴォルクが組んでいた腕を解き、セレネの方へ歩み始めた。


「覚悟は決まったか? まぁ覚悟が決まってなくとも殺すが……」


その時――




「…何をやっているのだ」



足を止めたヴォルクの視線の先には、おもむろにエプロンを脱ぎ始めたアビトの姿が映し出された。



「よいしょっと…セレネさん!!」


名を呼びながら、うずくまる彼女の隣に片膝をつく。


「はい、このエプロンとフライパン。セレネさんにあげます!」



「……え……ア…ビ……」



「いいから、いいから」


そう言ったアビトはエプロンとフライパンを無理やりセレネの懐に入れた。



「それを僕の形見だと思って大切したり、料理とかで使ってくれたら嬉しいです」


まだ戸惑った表情をしている彼女をお構い無しに話を続ける。



「そ、それって……」



「あ…でもエプロンは汚くなったんで捨ててもいいですよ!!」



「…え……もしかして……」



「良い人生を送ってください」


彼が何を考えているのか。それは絶望の淵に立たされているセレネでも理解することが出来た。


「…嘘でしょ……ねぇ、ちょっと待ってよ…」



手を伸ばし、彼の腕を掴もうとするも、アビトはヴォルクの方へ歩き出しセレネから離れていく。


「……シルフィード・ホースなら逃げ切れると思います」



「なんで……そ、そんな…こと……」



「だから……ここは僕に任せて、セレネさんは馬車まで行ってください」


振り返ることなく歩き続け、



「待って…待ってよ……行かないでよッ!!」



「あなたは死んでいい人間じゃない」



「…そんなのあなたもでしょ…。それにアビトが……アビトが魔王を足止め出来るわけないでしょ!!」


そんなセレネの言葉にも反応することなく、



「……」


静かに拳を握り、目の前の敵を睨みつけた。



「その落ちこぼれの言う通りだぞ。貴様が我を足止めするなど……バカにしているのか?」


彼の言動や行動に苛立ちを覚えた魔王ヴォルクがアビトに詰め寄り、見下ろすように冷たく睨みつける。


それはそうだ。一人の少年が全人類から恐れられている最強の魔王を食い止めると言っているのだ。


しかもそれも本人の目の前で言うなど、バカにしているとしか思えない。




だが、


アビトは――




「なに言ってんだ……」








「殺すんだよッ!!!!」







雄叫びと同時に殺気を放った。



その殺気は――



「――ッ!?」


魔王を後ろに飛び退かせ、



「な、なに……それ…ア、アビト……」


守られているはずの仲間が恐怖するほど、恐ろしく殺気だった。



「ど、どういうこと……なに…それ…? ねぇアビト……」


そしてもう既に、アビトにはセレネの声が届いておらず、全神経が魔王に集中していた。




さらに、



「おい……取り引きをしないか?」



「あ?」



先程まで仏頂面だったヴォルクがニヤリと笑い、


「貴様には俄然興味が湧いた。貴様の正体を教えろッ!!」


唐突に交換条件を提示してきた。



「…取り引きだと……俺になんのメリットがある?」


怪しさしか感じられない提案に警戒しながらも、聞き返す。


するとヴォルクがセレネの方を指差し、



「我なら一瞬でその女を殺せる。だが、自身の正体を教えたならば……」




「貴様の次に殺すと約束しようッ!!」





「――ッ」


アビトはヴォルクの心情を理解した。


──こいつ……完全にセレネさんのこと……もしかしたら…


殺意に溢れながらも、頭を冷静に動かし、



「先にセレネさんを逃がせ。それが条件だ」



アビトにとってこれ以上ない条件を提示した。


──そもそもこいつはセレネさんにそれほど重要性を感じていないはずだ。それにセレネさんを殺したって魔神軍側が有利になる訳でもない



「選べ」



殺気をさらに解き放ち、ヴォルクを睨む。



「俺か、セレネ・ナイトウィルかッ!!!!」




──ナイトウィル家の落ちこぼれと謎に満ちた俺……こいつが選ぶのは――






「フッ、良いだろう」


ヴォルクがニヤけながら答える。


彼の予想通り、ヴォルクの興味は完全にアビトへと向いており、他のことなどどうでもよくなっていたのだ。


セレネを逃がしてもいいほどに。



「ただし、お前を殺したら即刻セレネ・ナイトウィルも殺しに行く。我は借りは返す主義でな。我を殺そうとした者は殺す、これは我の中での絶対ルールだ」


ニヤけた顔から一変し、見下すような目でセレネを見つめた。



「分かった。それでいい」


先程まで放っていたアビトが殺気を収め、セレネの方へ振り向く。


「聞きましたか? セレネさんは逃がしてもらえるみたいです」



「…あ、え……聞いては…いたけど…」


彼女は未だに状況が飲み込めていなかった。


突如、盗賊王が目の前に現れたと思ったら、その正体が魔王だった。


この時点ですら、彼女の頭は混乱していた。


さらにそんな死ぬのが確定した場面で、相棒がとんでもない圧を放ちながら魔王と取り引きをし、自分が逃げれる状況が作られた。


今の状況を理解できるわけがない。



だが、


こんな状況の中でも、彼女が唯一分かっていることは先程となんら変わりなかった。



「頑張って時間を稼ぐんで、しっかり逃げ切ってくださいよ!!」


目の前に立つ、大きな傷を負った相棒がこちらを振り向き、


「セレネさん!!」


微笑んだ。




「だ、ダメよ……アビトが死んじゃ……」




「大丈夫です!! 逆に僕がこいつを殺しますから!!」




「そんなの無理に決まってる……それに私だけ逃げるなんて…」




「あとから僕も合流しますから、心配しないで!!」




「なんで……」




「大丈夫ですって!!」




「……なんでそんな嘘をつくの!! なんで誤魔化すの!? 私のことバカにしてるんでしょ!?」




「……」




「私のせいで魔王と戦うんでしょ!? 私を逃がすために命を掛けるんでしょ!? 私のせいで……私のせいで…アビトが…」




「……」









「ねぇ……私のために……死ぬんでしょう?」




それが、彼女が唯一分かっていたことだった。





「…いいえ。僕がやりたいからやるんです」




「ふざけないでよ!! 私が助かって、アビトが死ぬのよね!? そんなの…そんなのッ!!」




「これは、僕からあなたへの恩返しです」




「恩返しって…そ、そんなことで!!」




「旅に誘ってくれてありがとうございました!! めちゃくちゃ楽しかったです!!」




「……なに言ってるのよ!! 私が旅に誘ったせいで、危ない目に遭って、怖い目にも遭って…」




「……」




「今だって魔王と戦わなきゃいけないじゃない!!」




「……」




「これまでだって、私のせいで何回死にかけた!? 私が何回迷惑かけた!? 私と一緒にいて良かったって思ったこと一回でもッ――」




「俺がやりたいって言ってんだろ!!」




「――ッ!?」




「俺は楽しかったんだよ!! あんたと一緒にいて!! だから恩返しがしたいんだよ!!」




「で、でも!!」




最強ルーシェを超えるんだろ!?」





「ルーシェを超えて、周りを見返すんだろ!? なのに今死んでいいのかよ!!」




「で、でも……アビトだってこれから色んな…」





「俺は絶対生きて戻る!! だから――」





「信じて待っててください」


アビトが再び笑う。



それは今の状況に全く相応しくないほどの、心からの笑顔だった。



「……ッ…分かった…」



そしてそれを感じ取ったセレネは、



「絶対に…戻ってきてよね……」



「もちろん!!」



「絶対だからね!!」


最後に彼に負けじと笑顔を無理やり作り、馬車の方へと走り出した。






「やっと終わったか。長いな…人間の別れは」


走り去るセレネを眺めながら、ヴォルクが呟いた。



「そうだな…てかちゃんと律儀に待ってくれたんだな」


振り向きざまに微笑んでいた顔を引き締め、目の前の敵を睨みつける。



「我は貴様の正体が知りたい、ただそれだけだ」



「へぇーそんだけ俺のこと気になってたのか」



「当たり前だろ。先程の圧…それにその傷でもまだ平然と動いている。並の冒険者ではないな」




「並の冒険者? そんなのと一緒にすんなよ」


静かに構えをとり、



「俺はアビト・ハーライド」




「ガイト・ハーライドの息子で――」






「セレネ・ナイトウィルの相棒だ」




先程とは違う、興奮しているような笑みを浮かべながら髪をかきあげて――




「偉大なる流拳技の息子である我が命ずる。流転の魔王 ヴォルク・カレイド」





「殺してやるから殺しに来いッ!!!!」




こんにちは、マクヒキです!!

ちょっと展開が早くなってしまいましたが、良い感じにかけたと思います。


反応していただけると嬉しいです!!

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