四十六殺目 魔神戦争跡地
「セレネさん」
「……」
「中級魔法を使いこなせるようになったのは、おめでとうなんですけど」
「……」
「使い方…間違ってません?」
俺は今、鞭で縛られ、
「黙れ変態」
セレネさんに引きずられていた。
何故かというと、
まず、セレネさんのせいでサキュバスとエッチなことが出来なかった。
なので、セレネさんに泣きながら激怒した。
そしたら、逆ギレされた。
杖で殴られ、鞭で縛られ、引きずられ、そして現在に至る。
──俺悪くなくない? 魔物との交流は"世界の禁忌"に触れるけど、サキュバスとのエッチは暗黙の了解でしょ!? みんなヤッてるじゃん!! ヤりたいじゃん!!
そして俺は全く反省などしていなかった。
──あぁ〜あ、サキュバスさんに初めてを貰ってもらえると思ったのに…
「……はぁ」
やりきれないこの気持ちに思わずため息をつく。
「――ッチ!! ため息をつくなッ!!」
が、それは彼女の逆鱗に触れてしまった。
こちらを振り向き、明らさまに不機嫌なセレネさんが怒鳴る。
「この変態!! クズ!! アビトはそんな男じゃないって思ってたのに!! 魔物に興奮するだなんて…本当に気持ち悪い!!」
怒鳴りながらも少し悲しそうな表情をし、
「これじゃそこら辺にいる男となんら変わりないじゃない…」
と、呟いた。
「……ッ!!」
なぜ悲しそうな表情になっているのかは分からないが、俺は他に分かったことがある。
「セレネさん!!」
「なによ?」
「男は…」
「サキュバスに興奮する生き物なんですよッ!!!!」
「は?」
彼女が"男"がどういった生物なのかを理解していないことを。
「いいですか?! 男はサキュバスで興奮するんですよ!! 産まれたその瞬間から興奮するんですよ!!」
目をかっぴらきながら、セレネさんに向け叫ぶ。
「カッコイイあの人も、オシャレなあの人も、爽やか系のあの人も、カワイイ系のあの人もッ!!」
「みんなサキュバスに興奮するんですよッ!! これは遥か昔から決まっていることなんですよ!!」
息を深く吸い込み、叫ぶ。
「サキュバスで興奮しない男なんて存在しないんだぁ!!!!」
「ハァハァハァ……分かりましたか?」
荒れた息を整えながら、優しく語りかける。
「僕が"そこら辺の男と変わりない"のではなくて、"この世の男はみな等しくサキュバスに興奮する"なんです。なので、僕がサキュバスに興奮したのも必然なんですよ」
だが、しかし
「……」
セレネさんは無表情――いや、『無』では足りないくらい表情が消えていた。
「…ひ…必然なんですよ。…ね?」
恐る恐るもう一度話しかけると――
「で?」
「へ?」
「必然なのは分かった、で?」
「そ、その…"で"っていうのは……どういった"で"なのです…か?」
「だからアビトがサキュバスに興奮するのは必然ってことは分かったわよ」
「理解してくれたんですよね? じゃあなんで…」
理解したと言っているセレネさんだが、彼女の顔は死んでいた。
「興奮したのには変わりないでしょ?」
「いや、ま、そ、そうですけど…これは必然で!!」
「うん、で?」
この時のセレネさんはとても怖かったです。
「はッはぁ…あ゛ぁ」
恐怖で震えが止まりませんでした。
ですが、今さら引けるわけがないので、
「だ、だから許してほしいな……って…」
「うん、で?」
「え、ゆ、許してほしいなって…」
「で?」
「そ、その許しッ――」
「で?」
「……ごめんなさい」
「で?」
「――ッ?! ご、ごめんなッ」
「で?」
「ごッ――」
「で?」
「……」
「で?」
「……」
「で?」
「…う゛ぅ……」
「で?」
「…う゛うぅ……ひっぐッ…」
「で?」
「………ひッ…あ゛ぁ……ふえ゛ぇぇぇぇぇぇぇ」
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「やっべぇ…怖すぎでしょ」
「これ…全部戦闘した跡なのよね?」
俺たちの前に広がっていたのは、辺り一面が岩肌のマデリア大地。ここは、
三十年前"人類"と"魔神"が互いの全てを掛けて戦った
『魔神戦争』の跡地だ。
広がる岩肌には大きくえぐれた跡が数え切れない程あり、未だに鼻につく血の香りと血痕が残っている。
「僕たち以外誰も観光に来てる人いないんですかね?」
キョロキョロしながら辺りを見回すが人っ子一人いなかった。
そんな俺をジトっと見つめたセレネさんが、ため息混じりに答えた。
「はぁ、あのね? こんな危ない場所に来る人なんているわけないでしょ? 来るとしたら高ランク冒険者かバカだけよ?」
──じゃあ俺たちバカじゃん……自分にバカって言っちゃってるじゃん…
だがそんなことを言えばまた「で?」を連発されて、泣かされることになるので口を慎む。
「でも、魔神はもうここにはいないんですよね?」
「そうよ」
ナイトウィル家の血脈で読んだ本には「魔神は城に戻ってくることはなく、そのまま姿を消した」と書いてあったのだ。
「いないとしても怖いから行きたくないでしょ。それに遠いし」
「あぁたしかにー」
「そういうことよ」
セレネさんが少し呆れながら呟く。
だがそんな彼女の手は微かに震え、汗が出ていた。
──あ…ビビってる。強がってたのか……
彼女は冒険者貴族の人間だが、中身は至って普通の女の子なのだ。
そして俺も至って普通の好奇心旺盛な男の子。
ついつい気になる子にイタズラをしてしまうのだ。
スゥーとバレないようにセレネさんの背後に周り、
「………わぁッ!!!!」
「キャッ!!」
驚かすと期待通りの反応をしてくれた。
──グへへへへ…めっちゃ可愛い声でビックリしてくれた!!
セレネさんの可愛らしいリアクションで幸福度が満たされ、戦争跡地にも関わらず、満面の笑みになりホッコリとした気持ちになった。
「驚きまし―――ほごッッ??!!」
だが、そんな笑みは一瞬にして崩された。
「ちょ、ちょっと!? ビックリさせないでよ!! 敵かと思って殴っちゃったじゃないッ!!」
セレネさんが驚きざまに杖をフルスイングしたのだ。
「ごめんなさい。殴られるとは思ってなくて…」
──こ、この人こんなに血気盛んだったっけ?! めっちゃ痛いんだけど!? 可愛い〜って思った瞬間、鈍痛がきたんだけど?!
フルスイングされるとは思わず、焦っていた。
「私もごめんなさい…結構本気で殴っちゃったから」
驚かされた被害者なのにも関わらず、セレネさんが申し訳なさそうな表情で謝ってきた。
「いや、謝らないでください! 完全に僕が悪いですから。ごめんなさい!!」
サキュバスの件は未だに腑に落ちていないが、今回は自分が悪いという自覚があるので素直に謝る。
「……そうよね? よくよく考えてみたら、私なにも悪いことしてないわよね?」
素直で可愛らしく謝る俺を見て、罪悪感が無くなったセレネさんが杖で顔を指しながらプンスカし始めた。
「はぁ〜全くもう!! こんな場所で脅かさないでよ!!」
「ごめんなさい」
「山とか海とかなら全然良いけど、ここはダメでしょッ!! ちゃんと場所を考えて!!」
──他の場所ならイタズラしても良いんだ……
お説教されているにも関わらず、そんなことを考えていると、
「もし私がアビトに魔法を撃ってたらどうす――ッて!? ちょ、鼻血出てるじゃないッ!!」
プンスカしていると思えば、いきなり素っ頓狂な声を上げた。
「え?」
──え? 血?
その声で自分の鼻を触り確認してみると、
「あ、ほんとだ」
セレネさんの物理攻撃により、血が垂れていた。
「やっべ、エプロンに着いちゃう…」
「あぁもう!! 手と顔が汚れちゃうでしょ!?」
慌てて鼻血を手で拭おうとする俺の手をセレネさんが止め、
「ほら! 手どかしなさい!!」
「え、ちょッ?!」
ローブのポケットから紙を取り出し、俺の鼻血を拭い始めた。
「ま、と、え、あばば……」
「暴れないで!!」
動揺で体が痙攣している俺の頭を手で挟み、静止させた。
「あぁ〜全然止まんないわね」
至近距離でセレネさんが俺の顔を触ったり、拭いたりしている。
そんな状況に陥ってしまった俺は…もちろん……
──やばいッ!! 近い!! 距離近い!! ちょ、息が!! 息ちょっと当たってるって!! しかも顔触られてるし!! やばいって!! ダメだって!! 照れすぎてやばいから!! あ…やばい、なんか吐きそう。動揺しすぎて吐きそう…息苦しいし、目眩も頭痛もする………あ、死ぬわ…
照れと動揺で死にかけていた。
貧血でクラクラしているのか、動悸と呼吸困難でクラクラしているのかは分からないが、その数分間は死なないように必死で踏ん張り、幸せを噛み締めていた。
「はいッ、全部拭き終わったわよ」
そう言いながらセレネさんの顔が離れていく。
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」
「ごめんね、血が出るくらい殴っちゃって」
「はぁ…はぁ…はぁ…お構いなく……」
「なんで息切れしてるの?」
「はぁ…はぁ…お構いなく……さぁ行きましょう…」
「そ、そう」
そのまま何事も無かったように、魔神戦争跡地の中心にある、魔神の城まで歩みを進める。
──危ねぇ……死因が『照れ』で、犯人が"セレネ・ナイトウィル"なるところだった…
こんにちは、マクヒキです!!
これからどんどん話が面白くなっていく予定ですので、ぜひお楽しみに!!




