三殺目 稽古
「ハッッッ、殺される!!」
荒く息を吐きながら目を覚ました。額にはびっしょり汗、心臓がまだバクバクしている。
――ここは……治療室?
ああ、そうか……あのジジィせいかッ!!
何だよアイツ。手加減とかしらないのか? 顔とか体がずっとジンジンするんだけど!?
赤く腫れ上がった顔と体を手で抑えながら、起き上がる。
というか、走馬灯見ちゃったよ
あれは5歳の時だっけか?
あの時の師匠たちの姿がかっこよく、それに憧れて、弟子入りしたんだよなぁ〜
蘇った記憶を思い出し、懐かしんでいると、隣から声がした。
「やっと起きたか。傷は治しておいたから大丈夫だ。さっさと飯食って、風呂入って寝ろ。」
声の主は、マァリ・リステル。
白い柔らかな髪、シワの刻まれた顔立ち。
白いローブをまとい、杖を持たずとも常に指先から微かな光を放つ老婆。
この人は昔、十人にしか与えられない、SSランク冒険者の回復魔法使い。その異名は――「聖母」
四肢の損失や、致命傷はもちろん、広範囲の同時回復まで出来る。
正真正銘の最強の回復魔法使い
……なのだが、
「なんでまた、お前みたいなデブに回復ヒールを使わなきゃならんのだ。
こっちはムキムキマッチョ目当てで来てるんだぞ! よこせ、筋肉をよこせ!! 早く連れてこい、筋肉をォォ!!」
……このババァは筋肉フェチである
筋肉を見ればヨダレを垂らし、筋肉が目の前にあればしゃぶりつく。
道場『流拳技』に相応しいイカれたババァである。
道場には俺以外、例外なくムキムキマッチョが揃っている。
筋肉を愛し、愛しすぎたこのババァは、筋肉目当てでここに腰を落ち着け、怪我をしたマッチョたちを嬉々として撫でくり回しながら回復しているのだ。
腕は超一流、いや最強。そのため弟子たちは全員嫌がりながらも彼女に治してもらっている。筋肉と回復。互いの欲望と利益が一致した結果が、今の関係らしい。
だが、問題は――俺への当たりが強すぎる。
理由は単純。俺が「ムキムキ」ではなく「ムチムチ」だからだ。
赤ん坊の頃から世話してくれた、母親代わりの存在のはずなのに……
十歳くらいまではめちゃくちゃ甘やかしてたはずなのに…………
俺が師匠や兄弟子たちから甘やかされ、バカみたいにご飯やおやつなどを食べさせられ、ぽっちゃりに育ったのかが気に食わないらしい。
……舐めんなよ
こいつ、可愛い我が子をなんだと思ってんだよ。もっと頑張れよ!! もしかしたら痩せるかもしれないだろ!! 諦めんなよ!!
そんな事を思っているが、本人に言うわけがない。
なぜなら、思春期の俺は反抗期に突入しているから
「うっせぇババァ! 誰もお前に回復なんて頼んでねーぞ!!」
反抗して叫ぶと、ババァの目が吊り上がる。
「あんたまたババァって言ったね!? 今日という今日はぶっ殺してやる!! あんたの体力ぜーんぶ吸い尽くしてやるからなぁ!!」
よし、逃げよう
……何が聖母だ。詐欺もいいところだろ。異名つけたやつ絶対脅されてるわ
しかも「全部吸い尽くす」って、シャレになってねぇぞ
あのババァは、強力な回復魔法じゃ飽き足らず、逆に相手の体力を吸い取り、殺す事が出来るのだ
兄弟子から聞いた噂では、あのババァは全盛期の頃、ドラゴンの巣に単身で乗り込み、皆殺しにしたらしい。
こっっっっっわッ!!
なんでドラゴンの巣に一人で突っ込むだよ……
なんでドラゴンを皆殺しに出来るんだよ……
ババァから逃げ、食堂に駆け込むと弟子たちがどんちゃんやっていた。
「おぉーアビト、目が覚めたか。こっちに来い。」
師匠が手招きしてくれる。師匠の横――それは俺だけに許された「特等席」。
用意された料理を見た瞬間、ババァのことなど頭から吹き飛んだ。
「うめぇ! これ! クソうめぇ!」
やっぱ道場の飯は尋常じゃないくらい美味いな。
さすが、変態たちだ。……やるなぁ
飯を一心不乱に口に掻き込む。
「ふぅー。相変わらず美味かったな。ご馳走様でし……」
道場での料理は、弟子である俺たちが日替わりで作っている。
そして全員、料理の腕前はプロレベルだ
なぜなら……
モテるから!!!!
俺たちは女にモテる為に、必死にモテ要素を磨き上げた。
料理、家事、オシャレ、挙句は本番の練習まで完璧。女に飢えた男たちの努力はとことん「実用的」なのだ。
道場「流拳技」の男たちの夢は、一番は師匠のようになること。その次は「モテること」だ。
俺だって同じだ。俺は道場で育ったから、女なんてババァと姉弟子数人しかみたことがない。
だから、成人したら冒険者になって世界を旅して、いろんな女の子とキャッキャウフフして、イチャイチャしてドゥンベドゥンベする。
それが今の俺の夢だ。……モテたい
―――翌朝
早朝、ストレッチから始まる稽古。
「流拳技」とは、師匠ガイトの異名でもあり、同時に師匠の編み出した最強技。
師匠のスキル名もこれからきている。
相手の攻撃を逸らし、流し、すかさず拳を叩き込む――省エネかつ強烈なカウンターの格闘術だ。
そして、この道場での稽古のモットーはただ一つ。
「殺意を持って戦え」
魔物と戦う時のように、本気で殺すつもりで相手に挑め。そう叩き込まれる。
だが、人に本気で殺意を抱くのは難しい。
そこで先人たちが編み出した最強の稽古法がある。
それは――
"互いの性癖を罵り合いながら戦うことだった"
「おらぁ! くたばれバカ乳野郎!」
「かかってこいよ断崖絶壁に張り付くゴキブリが!」
「舐めんなよツルツルフェチ! お前の頭をツルツルにしてやるわ!」
「足裏フェチがッ!」
「熟女狂いがァァァ!」
道場では、特殊性癖を持ち、それを誇りに思っている者が多かったため、試しにバカにしてみたところ、思いのほかムカついたからこうなったらしい。
……わけがわからん
何この光景? とんでもない下ネタ叫びながら、殴りあったりしてるぞ……
屈強な男たちが乳だの熟女だの体毛だの……
気色が悪いったらありゃしない。
ここは本当に最強の格闘家が集まる道場なのか?
その時────
「太ももごときに興奮してるデブが! おっぱいでも尻でもなく太もも!? どこが良いんだよ、キモすぎんだろ!」
一瞬、その一言で頭が真っ白になり、気づいた時には、視界が拳に覆われていた。
「アンブフェッ」
アビトの鼻に拳がめり込む。
鼻血がダラダラと出てくる。目もチカチカしている。だが、痛みは感じない。込み上げるのは痛みでも恐怖でもない。
――殺意
「……お前、太ももバカにしたな?」
こいつは殺す、必ず殺す、確実に殺す。完膚なきまでに殺す
俺の頭の中には殺意以外の感情が無かった。
歯を食いしばり、拳を握りしめ、目の前のカスに叩き込む。
「太ももが一番エロいに決まってんだろ!! お前はおっさんの脇でも舐めとけや、脇フェチ野郎ッ!!」
「バルサミコッ」
ズドン、と俺の拳が兄弟子の腹に突き刺さる。
……やっぱり先人たちの教えは偉大だった。
―――夜
「っあ゛あ゛ぁぁぁ……風呂気持ちいいぃぃ……」
あぁ気持ちぃ。興奮するわ〜、尋常じゃないくらいゾクゾクするー
なんかこう根元の方からゾワゾワって……
気持ちよさにウトウトしていた時、背後から声がした。
「アビト、お前本当に強くなったよな。」
「俺も思う。もう同年代に勝てるやつなんていないだろ。」
「そこら辺の冒険者といい勝負するんじゃないか?」
兄弟子たちが優しい声で褒めてくれる。
師匠含め兄弟子たちも基本的に超甘い。
本当の弟のように甘やかしてくれる。
「グへへへへ……べ、別にそんなことないですよ〜。皆さんが鍛えてくれるおかげですよ〜エヘへへッ」
稽古中はタメ口だが、それ以外ではきちんと敬語。俺が最年少だからだ。
そういう礼儀をわきまえるアビトちゃん、偉いなぁ
……と、兄弟子たちとグヘグヘしていたその時。
突然、胸が熱を帯びた。
ズキ……ズキ……と、どんどん熱くなる。
熱く、熱、あつ、
「あっっっつぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!!」
あまりの熱さに悲鳴を上げると、兄弟子が俺の胸を指さした。
「お、お前それ……!」
次の瞬間――
俺の胸、左胸。
……いや、正確には「左ちくび」が。
尋常じゃないほどの光を放っていた。




