三十七殺目 ネージュ・オルム
「グヘヘヘへ」
「本当にその子を連れてく気?」
「だって、この子離れないんですもん」
ニヤニヤ笑いながら、白い毛玉をアビトが撫でている。
「その子魔物なのよ!? それに、アビトがご飯をあげたから懐いちゃったんでしょ!!」
アビトが撫でていたのは、白い毛並みに青い瞳の、Eランクの魔物『スノーラビット』
地雪と氷の大地『ネージュ・オルム』にしか生息しない魔物だった。
攻撃方法は噛み付きと氷魔法。
だが、噛まれたとしても、少し血が出るくらい。
そして氷魔法は、自分の周りに少し雪を降らせたり、触れた相手を凍傷させる。
つまり、ただ冷たいだけのウサギだ。
そんなスノーラビットは、ネージュ・オルムに到着し、ご飯を食べていたアビトたちを襲おうとしていた。
だが、アビトが差し出したリンゴケーキにより、堕ちてしまった。
「じゃあ、聞きますけどセレネさん」
「な、なに?」
自分の膝の上でくつろいでいるスノーラビットを指差し、
「こんな可愛い子、殺せますか? しかも、さっきまでセレネさんも撫で回してたじゃないですか」
「う゛ッ……それは…」
スノーラビットの愛らしい瞳が、セレネを見つめる。
「よく見てください。ただの冷んやりしたウサギですよ? それに、ウサギを家族に迎えている人は沢山いるって聞いたことがあります」
「そうだけど…ほ、ほら! コス・ウルフだって大きい犬みたいなものじゃない!! あれはどうなのよ!」
「あれは人を殺すじゃないですか。でも、スノーラビットは人を殺す力もないんですよ。そして、僕はこの子を第二の相棒にしたいと思ってます!」
「……」
「それに、魔物を連れてても訓練用とか、生け捕りにしているって言えばいいじゃないですか!」
「……」
セレネが下を向き、複雑な表情を浮かべている。
──たぶん、冒険者貴族としてのプライドとかがあるんだろうな。魔物を殺して、成り上がった家系だから。
でも……こいつめっちゃ可愛いもんなぁ
だが、愛らしい顔に我慢できず、手で撫でくりまわす。
すると、俯いたままだったセレネが重々しく、顔を上げ呟いた。
「一度、魔物に気を許しちゃったら、他の魔物にも気を許しそうになったりすると思うの…」
「……」
「そうなったら、戦闘に集中出来なくて、油断して、殺されるんじゃ……って私は思った」
「……」
「アビトにとっても良くないと思う」
彼を見つめながら、思いをぶつけるように叫ぶ。
「だから!! 私…は……」
だが、セレネの言葉が詰まった。
目の前のスノーラビットが、アビトに体を擦り付け、甘い鳴き声を出した。
その光景を見て、胸がキュッと痛んだのだ。
しかし、そんな苦しい気持ちを必死に抑えながらも、アビトに語り続ける。
「……ッ!! 私は、アビトに死んでほしくないの!!」
それを聞いたアビトの口から、自然と声が漏れた。
「あ……」
セレネの必死な思いが、アビトに届いたのだ。
「私は出来るだけ、アビトの意見を尊重したいなって思ってる!! だからせめて、逃がッ…」
「たしかにー」
「え?」
セレネの目を見つめ、そんな軽い言葉を吐きながら、
ナイフで刺し殺した。
その瞬間、二人の視界が赤に染まり、
「いや゛ぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!! アビトのバカぁぁぁ!!!!」
セレネの悲鳴が、どこまでも響き渡った。
そんなこんなで、俺たちのネージュ・オルムでの冒険が始まった。
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「セレネさん」
「……」
「セレネさん」
「うるさい」
「だって、セレネさんが殺せって…」
「殺せなんて、一言も言ってない!! 気を許すなって言ったの!! それに、ついさっきまで可愛がってた子をよく躊躇なく殺せるわね!」
バンッと地面を叩き、セレネさんが怒鳴ってくる。
「それは……あまりにセレネさんの言葉が正論過ぎて…"そっか、いくら可愛くても魔物だから殺さなきゃいけないのか"って、冷静になっちゃって……」
「なに!? 私のせい!? 私は"逃がせ"って言おうとしてたのよ!!」
「でも……」
「なに!?」
「スノーラビットの肉を食べながら怒っても、説得力が……」
「そ、それはしょうがないでしょ!! もう死んじゃたんだから、全部食べてあげないと可哀想でしょ!?」
「まぁ、確かにそうですけど」
「それに……アビトがこんな美味しい料理にしちゃったのが悪いのよ!!」
ムシャムシャと肉を頬張りながらお説教をしてくる。
──これ…殺したことには怒ってるけど、料理が美味しいから、本気で怒るに怒れない感じじゃない?
「モグモグ…これ、なんて言う料理なの?」
「ラピス・マリーナで、おっちゃんの奥さんに教えてもらった、『パエリア』ってやつです」
「だから…モグ……魚介類が…モグモグ…たくさん使われてるのね」
──怒るか、食べるか、喋るかのどれかにしてほしいなぁ
「美味しいですか?」
「……うん」
返事と同時に、セレネさんのお皿が空になった。
──完食してるじゃん…
「……美味しかった」
「それは良かったです」
「ちなみに、おかわりはいりますか?」
「食べたい…」
少し恥ずかしそうにしながら、お皿を俺に差し出した。
──ま、可愛いからいっか!!
「はーい」
既に日が暮れていたので、そのまま野営をし、翌日に向けて英気を養った。
今回、俺たちがネージュ・オルムへ着た目的は、壮大で圧巻な雪山と氷の大地。
そしてもう一つは、セレネさんお目当てのC級ダンジョンだ。
ちなみに、なんでここのC級ダンジョンに用があるのかは教えてもらえなかった。
なんで?
-----------------------------翌日
「もう、飽きましたね」
「正直、私は二時間くらいで飽きてたわよ」
もう既に、俺たちは壮大で圧巻な雪山と氷の大地に飽きていた。
「海はずっと飽きなかったですけどねぇ」
「それに海は潮風が気持ち良かったけど、こっちは寒いだけよ。景色もずっと真っ白だし」
「体中が寒さで痛いです」
「さっき、雪の中に飛び込んだからでしょ…」
そして今、ネージュ・オルムの悪口を言いながら、ダンジョンがある山頂を目指し、登山をしている。
道のりはそこまで厳しくはないが、寒さや雪の足元の悪さで、なかなか登りにくい。
それに、常に雪が混じった強風が吹いているため、体が煽られる。
なにより、油断してると足が滑る。
滑ってコケたら、麓まで一直線だろう。
悪口を言いながらも必死に進んでいると、前を歩いているセレネさんが振り向き、こちらに手を出す。
「アビト、ローションちょうだい。肌と唇が痛いの」
「うぇ?!」
あまりにもいきなりだったので、変な声が出てしまった。
「肌に塗るローションを持ってるんでしょ?」
──ローションはまだあるけど……あれ薬用じゃないんだよな…
完全に下心用のやつだから、顔に塗っちゃダメだよな……
「全部使っちゃいました!!」
──ついていい嘘もある思う!!
下心用だとバレると、セレネさんに嫌われてしまうかもしれないので、満面の笑みで嘘をつく。
だが、
「でも昨日、アビトが保存鞄を整理してる時に、ピンクのローションを中から出してたわよね?」
「え……い、いや!? あれはローションじゃないですけど!?」
──整理してるところ、見られてたの?!
昨日、ローションを出した瞬間を見られていた。
「なんで、そんなに動揺してるの?」
「べ、別に動揺してないですよ!!」
このままじゃマズいと思い、セレネさんを追い越し、先へ進む。
「怪しすぎるわよ……何を隠してるの!?」
彼女の鋭い視線と声が、背中に突き刺さる。
「隠してないです!!」
「嘘つかないで! もう、アビトと二週間くらいずっと一緒にいるのよ!? 嘘ついてるのくらい分かるわ!!」
怒りながらスピードを上げ、先へ進んでいる俺のところへ、迫ってきた。
──やばい……このままじゃ、確実にバレる!! バレたら、思春期の男の子の俺には耐えられない……
こうなったら、
………逃げるしかない!!
雪を思いっきり踏みしめ、駆け出す。
─────────ズルッッ
「あ」
油断をしました。
「あだだあばばあたばがた」
足を滑らし、体が雪に叩きつけられながら、滑り落ちていく。
そして、
「待ちなッ……えええぇぇぇぇ?!!?!?」
猛スピードで滑り落ちた先には、俺を追い掛けて来たセレネさんが居た。
「待って!! アビト止まって!! お願いだかッゴホ!?」
セレネさんの腹部に、俺の体当たりがキマった。
「「うわあああぁぁぁぁああああぁぁぁぁあああ!!!!!」」
白い世界へ、二人が消えた。
こんにちは、マクヒキです!!
言っていなかったのですが、これは日常&コメディです!!
日常が八割、戦闘が二割くらいです笑
戦闘シーンを期待していた方は申し訳ございません(_ _)
ですが、次回戦闘シーンがあります!!
これからも読んでいただけると幸いです。




