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三十五殺目 クマシャケ


「「「「「「クマシャケだぁ!!!!!!」」」」」」



アビトの竿に掛かっていたのは、頭と脚がシャケで、胴体と手が熊。


Bランクの魔物『クマシャケ』


魚類最高の珍味と言われている超高級食材だった。




「アビトォ!!!!! 絶対に、捕まえてぇぇぇ!!!!!!」


セレネの声が舟上に響き渡る。




だが、



「無理です!!」



「え、な、なんで?!」



「海中戦でクマシャケに勝つのは無理です!! 海中戦が得意な冒険者じゃないと」



「た、たしかに…」


その通りだ。クマシャケは海中では圧倒的な強さを誇ると言われている。


それにアビトは、海での戦闘が得意な冒険者でもなければ、そもそも冒険者でもない。料理人だ。



「食べたいですけど…今回は諦めるしか……」




アビトがクマシャケを倒すのを諦めようとした。




その時、




「グルルルルウワオアアアアアア」



「やっば!!」



クマシャケがアビトたちが乗っている舟に、猛スピードで迫ってきた。



「クッソ。こうなったらやるしかッ」


フライパンを構え、クマシャケを睨みつける。



「かかってこいやぁぁぁぁぁ!!!!!!」







だが、







「待って!!」



「え、セレネさん?!」



セレネが手を握り、制止する。



「私がやる」



そう言いながら、アビトの隣に立ち、杖を構え、魔力を込める。



──ずっと、アビトに甘えてた。散々助けてもらって、美味しい料理もたくさん作ってもらって。


でも、私はアビトに何もしてあげれてない。私が倒さなきゃならない。


もうアビトには甘えない、無理をさせない。


私がクマシャケを倒す。そして、アビトに食べさせる。せめてもの恩返しに…



絶対に勝つ……



アビトのために!! これからの私のためにも!!






覚悟を決め、クマシャケに杖先を向ける。






「嬢ちゃん、無駄だ」



セレネの前に船長が立ち塞がった。



「ど、どうしてですか?!」



「あいつは、魔法耐性がある」



「え? ……で、でも!」



「前、Bランクの魔法使いがクマシャケに殺られた」



「……Bランクが…そんな……」



「そういうことだ」



「嘘……じゃあ…このままクマシャケに……」


──何も出来ないまま………



杖から魔力が消え、セレネが項垂れる。






「だから、嬢ちゃんはそこで見とれ。」



「え?」





項垂れたセレネの目の前で、船長がふんどし一丁になった。






「え?」



船長がふんどし一丁になると、続々と船長の仲間がふんどし一丁になり始めた。



「な、何をしてるんですか?!」


理解ができない状況に思わずツッコむ。



「何って……クマシャケを倒すんだよ」


そう言いながら、長い棒の先に三つの槍が付いた武器を握りしめる。



──あれって……銛?! あれでクマシャケを倒すつもりなの? 漁師がクマシャケ相手に勝てるわけ……




だが、船長たちの目には、強い意志が感じられた。



「あれをツマミに酒を飲んだ日から……他のツマミじゃ満足出来ない体になっちまったんだ」



──この人たち……死にたくないからじゃなくて、お酒のツマミにしたいから命を掛けるの?! なんで!? 確かに美味しいけど……命の方が軽いの?!




目の前のバカたちをどうやって止めようかと考えていると、セレネに制止されていたアビトが前に出た。



「おっちゃん、俺もやりますよ。一度あいつを食って見たかったんです。それに……やっとの思いで釣ったあいつをここで逃がすわけにはいかない。」



「嘘でしょ?! アビトも!? 死んじゃうかも…しれ……ない…………キャッ」





セレネの前に出てきたアビトは船長と同じ、ふんどし一丁で、銛を持ち、どっしりと構えていた。



「な……な……ななな…なな、なにしてるの?!?!?!」



「セレネさん……」


アビトが重々しく、セレネの名を呼ぶ。



「なに?」


──まさか、アビト…本当に死ぬつもりなんじゃ…





「恥ずかしいので、あんまりジロジロ見ないでもらってもいいですか?」





「……」






「……」





「……ば、バカ!! そんなに見てないわよ!!」



大きな声で否定すると、アビトが迫り来るクマシャケを見ながら、船長の隣に立った。



「船長さん、やりますよ」



「そうこなくちゃな!! 倒したら俺らにもくれよ?」



「もちろん!」



船長が顔をパンパンと叩き、気合を入れる。



「お前たち!! 行くぞぉぉぉぉ!!!!!」



「「「うおおおぉぉぉぉぉ」」」



船長とその仲間が勢い良く、海へ飛び込む。




そして、舟の上には二人だけが残った。




「アビト……」


感情が悲しみと辛さで満たされる。胸の奥がギュッとなり、言葉が出ない。


だが、



「セレネさん、行ってきます!! 楽しみにしててくださいね!!」


アビトが振り向き、ニカッと微笑む。






──なんでだろう。心配なのに、不安なのに……なのに、あの笑顔を見ると……







「行ってらっしゃい!! 待ってるわよ!!」







……安心してしまう













-----------------------------


「うまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!」


アビトの叫びが、漁港に響き渡る。



「う〜ん!! やっぱり大好き!!」


セレネも手を頬に当て、満面の笑みを浮かべている。





クマシャケVSアビト、漁師チームの対決は、





アビトの勝利で幕を閉じた。



船長たち、漁師チームがクマシャケの気を引いている隙に、アビトがクマシャケの目を潰し、悲鳴で大きく開いた口の中に、銛を突き刺した。


その一撃が決めてとなり、無事クマシャケを捕獲できた。


漁師チームは全員が傷を負ったが、命に別状はなく、アビトに至っては、無傷だった。







──そして、


「坊主、本当にありがとうな!!」



クマシャケは約三十キログラムだったので、船長さんたちに、それぞれ四キログラムずつ。合計十六キロ、半分ちょっとをあげた。





「やばいな、美味すぎてムカついてきたな」


──ただ焼いただけなのに、俺のミネストローネより美味いぞ。腹が立つな………。待てよ、元々美味い俺のミネストローネにこのクマシャケ入れたら……おいおいおい興奮してきたぞ。グヘヘヘヘヘヘ



クマシャケを食べながらグヘグヘしていると、先程まで美味しそうに食べていたセレネさんが、一気に暗い表情になった。



「ごめんね、何も出来なくて…。それに私もクマシャケを貰っちゃって……」


俯き、箸を置いてしまった。





──セレネさんが暗くなっちゃった。どうしよう。何も良い返答が思いつかない。


そして、女の子の慰め経験が無い俺は、頭が微塵も動いていなかった。



「たまたま無事だっただけで、怪我とか死んじゃう可能性が高かったのに…。しかも冒険者なのに、冒険者でもないアビトたちに倒してもらって。全くの役立ずだった……ごめんなさい。……本当に情けない」


セレネさんがローブを強く握りしめながら、拳に雫を落とす。



──やばい!! どうしよう!! 泣いちゃった!! あ、え、ま、ちょ、えぇ?! なんでいきなり泣いちゃうの!? 情緒が不安定過ぎない?! さっきまで美味しい!!って言ってたじゃんか!!



セレネさんの涙で、頭が混乱してしまった。



「あ…え……あ……」


──クッソ!! 何も出てこねぇ!!



「姉さんたちの言う通り、私…冒険者辞めた方が……」


その瞳から、光が徐々に消えていく。



──あ゛あぁぁ!! セレネさんが闇堕ちしてしまう!! どうしよう…何かいい方法……



…………しょうがない。もう…これしか





アビトがセレネに近づき、彼女の口に……












「ムグッ?!」












"クマシャケのムニエル"を突っ込んだ。



「もう泣かないで!! 今回はしょうがないでしょッ!!」


──強行突破しかない!!



「モグモグ…で、でも……モグモグ…」



「モグモグしながら喋らない!!」



「……モグモグ」



「今回の相手は、Bランクの魔法耐性持ちなんですよ!? そして、セレネさんはDランクの魔法使いなんですよね!? 悔しがる必要全くないですよ!!」



「……ゴクンッ。それはそうだけど…。でも、冒険者でもない、料理人のアビトと漁師の人たちが倒したし……」



「俺は戦う料理人『餓猟の料理人』なんですよ!? それに、セレネさんは見えてなかったかもですけど、おっちゃんたち海中戦めっちゃ上手かったですからね!? ここの漁師は、海の魔物とよく戦ってるって言ってましたよ!!」



「そ、そうなの?! だから、あの人たちクマシャケと戦えてたんだ……」



「そうです!! なので、今回は仕方がない!! 自分と相性が悪かった敵を、仲間が代わりに倒してくれた。それだけです!!」



「そうだとしても、役立ずだったのは事実…」






「協力したり、助け合ったり、お互いを支え合うのが、仲間でしょ!!」








「あ………」


セレネの瞳から、更なる量の雫が落ちる。








「俺たち、相棒なんでしょ!?」







「う゛ぅ……グスンッ……ひっぐ…うえ゛ぇぇぇムグッ?!」



「泣かないでって言ったでしょ!!」


セレネさんが再び泣き始めたので、またムニエルを突っ込む。



「モグモグ……アビト…モグモグ……ありがムグッ?!」



「だから!! モグモグしながら喋らないで!!」


また一つ、口の中に突っ込む。



「モグモグ………モグモグ……モグ…」



「はぁ〜、いいですか? 僕は、セレネさんが笑顔で僕の料理を食べてくれるだけで嬉しいんです。だから、何も出来なかったとかで、落ち込まなくていいですから」



「……う゛ぅぅ…モグ…グスンッ……モグモグ…ムグッ?!」



「だから、泣かないでって!! 何回言えば分かるんですか!?」


三つ目を投入。



「モゴ……モゴッ……モグモグ……モグ…」




必死に口を動かしているセレネさんを見て、


「…目と鼻、真っ赤なのに、口パンパンでモグモグしてるのおもしろいな…」


半笑いで呟いてしまった。



すると、



「ん?! モゴモゴモゴモゴ!! ん゛ん゛ッッッ!!!!!!!!」



「あ、ちょ、ちょっと待って、セレネさん!! それおっきいから!! 待って!! むりむりむグモッ?!」


怒ったセレネさんが、クマシャケの塊を俺の口に突っ込んだ。





「モグモグ」





「モグモグ」





「モグモグ」





「モグモグ」








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