二殺目 憧れ
12年後―――
「ホベスッ!」
ガイトの拳がアビトの腹にめり込む。
その衝撃で体が浮き上がる。
「バブオッ!」
続けざまに、今度は顔面へ直撃。黒髪が大きく乱れ、ふくよかな身体が床を転がった。
荒い息を吐きながらも、アビ必死に立ち上がろうとする。視界が揺れて、焦点が定まらず、口の中に血の味が広る。
白髪をオールバックで束ね、白髭を蓄え、黒い道着に、深紅の袴をまとっている老武人。
俺の父であり師でもある、ガイト・ハーライドだ。
拳を握り直し、険しい目で構えを取るガイトが叩きつけるように叫ぶ。
「おいアビト!! そんなパンチで倒れるな! それじゃ女の子一人すら守れんぞ!!」
その声が耳に突き刺さる。
――はぁ、はぁ……まじで死ぬ……
こちとらまだ12歳のかわいいかわいいアビトちゃんなんだぞ!?
普段は俺に甘いくせに、稽古の時だけ人が変わったようにボコボコに殴ってきやがってッ
子ども相手にキツめのグー入れてくるなんて、このジジィ、マジでイカれてる。
殺す……
「死ねや!! クソジジィがッ!!」
あの時、あんなことを口走らなければ……
口の端から血を垂らしながら、ガイトへ向け走り出し、拳を振りかぶる。
―――アビト 当時5歳
その日は天気が悪く、曇天の空が広がっていた。
「セイッ!! セイッ!! セイッ!!」
道場には弟子たちの掛け声が響き、鍛え上げられた肉体を殴り合う音で満ちていた。
熱気と殺気が交じり合う空間――
幼いアビトにとっては、ただ恐ろしくて眩しい場所。
こっわ。何あれ? お互いの体殴り合ってるぞ? 気持ち悪いな
それに、この人は....
父、ガイトはその場の片隅で、ずっと横になって眠っている。
なんでだ? なんであんな強そうな弟子たちがお父さんの所で稽古してるんだ?
みんな優秀な冒険者の格闘家だって聞いたのに....
小さな頭で考えても答えは出ない。退屈と疑問の混じった気持ちで、稽古を眺めていた。
そのときだった。
「た、大変だーーーッ!!」
買い出しに出ていた弟子が、血相を変えて駆け込んできた。
「ドラゴンだ!! アースドラゴンがこっちに向かってる!! 師匠を、師匠を呼んでくれ!!」
道場がざわついた。
誰もが知っている。ドラゴン――それは災厄の代名詞。
Aランクの魔物。並の冒険者では到底太刀打ちできない存在。
しかも今日は悪いことに、道場の精鋭たちはギルドから呼ばれて不在。
――終わった
―――ドガァァァァァン!!
壁が吹き飛び、道場を揺るがす程の轟音が響く。
崩れた壁から、巨大なアースドラゴンが現れる。
「ク゛ウ゛ウ゛ア゛ア゛ァァァァァァァァ!!!!!!!!」
咆哮が空気を震わせ、それが衝撃となって体にぶつかる。
全員が息を呑む。
まだ5歳の俺でも分かる。
あれは怪物だ 、人間が勝てるような生き物ではない。
今すぐ逃げなければ、確実に殺される
それは、弟子たちも分かっていたはずだ。
なのに、
「おぉおおおっ!!」
「やるしかねぇ!!」
弟子たちは恐怖を押し殺し、気合を上げて突撃した。
腕を振りかぶり、拳を打ち込む。
だが――
拳は鱗にかすり傷一つも付けられない。
逆にドラゴンの土魔法に叩き潰され、突進に薙ぎ払われていく。
意味が分からない。勝てないと分かっているのに、命を懸けて挑みに行く。
死ぬのが怖くないのか? 生きたいと思わないのか? 逃げたくならないのか?
アビトには分からなかった。
だが一つだけ分かったことがある。
これが冒険者だ。
これが道場「流拳技」で稽古に励む弟子たちなんだ、と。
こんな状況なのにも関わらず「カッコイイ」と思ってしまった。
だがそんな思いもすぐかき消される。
アースドラゴンが暴れ、弟子たちの血と悲鳴が道場を満たしていたから。
「……ぁ……」
アビトは言葉を失った。
強いはずの格闘家たちが、
かっこいいはずの弟子たちが、
一匹の魔物に蹂躙されていく。
脳が現実を拒み、理解が追いつかない。
初めて感じる――恐。
絶望
死の予感
そして己の弱さ
いやだ……死にたくない……死にたくない……!!
足が震えて動かない。目の前で世界が崩れていく。
そのとき、
「アビト、下がっていろ」
背中から聞こえた声に振り返る。
そこに立っていたのは、眠っていたはずの父――ガイトだった。
ダメだ……父さんじゃ、勝てない!!
叫びたいのに声が出ない。
喋れ。動け。動いて止めろ!!
だが、恐怖で身体が言うことを聞かない。
もうダメだ。目の前で親が殺される。そして次に俺も殺されるんだ。
────次の瞬間だった。
全身の毛穴が総立ちになるほどの寒気を感じた。
背筋を氷の刃で撫でられるような、圧倒的な
――「殺気」
それはアースドラゴンのものではなかった。
もっと鋭く、もっと濃く、もっと深い。
視線を向け、アビトは息を呑む。
父の拳だった。
そこから、銀と黒の入り混じった光が溢れ、空気を揺らしていた。
――轟、と地鳴りのように拳が唸る。
「……殴殺」
ただ一言。
ガイトから放たれた拳が、アースドラゴンの顔面を粉砕する。
骨が砕け、肉が千切れ、首が胴体からもぎ取られる。
巨体が崩れ落ちる音が、地震のように響き渡った。
道場は静まり返った。
血の匂いの中に立つ父の姿。
拳にまとわりつく銀黒のオーラは、まるで生き物のように揺らめいていた。
幼いアビトの胸を熱が貫いた。
恐怖を凌駕する憧れが、自然と口を突いて出る。
「……俺を弟子にしてください、師匠!!」
その後
弟子たちから知らされた事実は、あまりに大きかった。
父――ガイト・ハーライド。
二十年前、最強の冒険者三人にしか、与えられないSSSランク冒険者の一人だった。
その異名――『流拳技』
かつてその拳で世界を震わせた伝説の男が、自分の父であり、今この瞬間から師となる。
アビトは震える胸を押さえながら、心の底でただ一つの願いを刻んでいた。
――いつか、この人みたいに強く、逞しく、かっこよくなりたい。
こんにちは、マクヒキです!!今回は結構長めに書きました!!最後まで読んてもらたら嬉しいです。




