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存在

 それから、小森とクオリアは互いのことを話し合いつつ過ごした。時だけが有り余るほどあったからだ。牢屋に日が差すことは無いが、看守であろう兵士が時折、雑に残飯を持ってくるので、数日は経ったと思う。ご飯はとても食べられたものではなかったが、クオリアが食べるので小森も食べた。とても不味かった。一口入れるたびに顔が歪みそうになるが、彼女がいる手前平静を装わなければならなかった。しかし、毎回、彼女がくすくすと笑みを隠すのが見えた。今日もまた小森はばれているんじゃ無いかと不安になりつつもまずいご飯を口に運ぶ。

二人がご飯に手をつけるのをやめた頃、檻の柵叩かれる音がした。小森は何事かと少し肩を上げながら柵の外を見る。残飯を置いてくる看守とは別の看守が牢の鍵を開け、「出ろ」という声と共に手を招いていた。

 小森はついに来たと思った。これから死ぬかもしれないのに、牢屋を出られることに喜びを感じている自分がいることに驚きあきれながら、重い腰を上げる。

「クオリア、立てる?」

 隣で座る彼女に手を差し伸べる。

「お姉ちゃん、ありがとう。意外と落ち着いてるね。もっと慌てるのかなって思っていた」

「当然。私はクールだから」

「ふふ、なにそれ。…クールなお姉ちゃんも面白くて好きだけど、素のお姉ちゃんも私は好きだよ」

「…ありがとう。でも、それは間違い。私はクール」

(え、まって。バレてる。私がクールなのを演じているのがバレてる!いや、ていうか面白いてなに!?そんなふうに見えてるの!?…あっ、つらい。今にも死にそう。まあ、死ぬんだけど!)

 クオリアの内面を見透かしたような発言に小森はなんとか平静に答える。

「ごめん、おかしなこと言っちゃたね。お姉ちゃんはお姉ちゃんだよ」

 クオリアは微笑みながら、小森の手を握り返す。

「おい、無駄口を叩くな!さっさと来い!」

 小森たちは急かす看守の後を小走りでついていく。特に拘束とかはされることはなくただ、前を歩く看守について建物の中を歩く。数日ぶりに出た外はちょうど日が登り、窓から差し込む日光が眩しかった。外からはたくさんの声が重なって聞こえる。小森がその穏やかな雰囲気に身を委ねていると突然、大きな爆発音が鳴り響いた。何事かと思ったが、賑やかな喧騒が直後に聞こえる。

「ふん、こいつとは違うな」

 看守が窓を見ながらそう呟くのが聞こえ、小森は気になり足を止めて窓の外を見る。するとすぐそばに訓練場らしき場所があった。地面が大きくえぐれていたから爆発はその際に起きたのだろう。赤や緑、様々な色の閃光が生じる。四人1組ぐらいでチームを組んで魔法を使った対戦が行われており、その周りではヤジを飛ばすものや応援するものがたくさん集まっていた。よく見るとそれらは小森のクラスメイトだった。服装こそ変わっているが、見間違いではなかった。彼らは生き生きとした様子で魔法を使っていた。小森はその様子を見て目を細める。しかし、目を逸らすことはできなかった。二人、橋本と水野の姿を一目見たかったからだ。彼女らの姿はすぐに見つけることができたが、その様子を見て、小森の表情は固まることとなった。

「誰?」

 彼女らは、模擬戦等が行われているところから少し離れたところで談笑しながら観戦していた。それだけなら元気な姿を見れたことで小森もホッとするだろう。しかし、彼女らの他にもう一人いた。背が少し低く、華奢な体つき。腰まで伸ばした黒髪。その姿はまるで自分自身のように見えた。話し声までは聞こえないが、橋本たちの仕草から数日であったような緊張感がある仲ではなく、幾度となく顔を合わせたような、小森と話していた時と同じ雰囲気を感じられた。

「そういうことだ。さあ、さっさとこい!…お前らがここにいては困るからな」

 看守の男がそう言って、前に進む。しかし、小森は足を動かす気にはならなかった。

(そういうことって何?あれは私だっていうの?それともクラスメイトが元気だということ?…どっちにしろ、私は…)

「お姉ちゃん。大丈夫?」

「大丈夫。心配ない」

 クオリアが袖を掴み、優しい声色で聞いてくる。その問いかけに我に帰った小森はいつも通り答え、足を再び動かす。そして、ついた先には2台の馬車が停められていた。うち一つは荷馬車のようで、もう一つの箱型のキャビンが繋げられた馬車に乗るよう指示された。キャビンの中は四人がけの進行方向に向かって対面式の座席になっていた。そこに小森とクオリアは進行方向背にして看守の男と向き合うように座らされる。そして、ガタッという振動とともに馬車が動き出す。馬車の中ではしばらく沈黙が続いた。

「さっき、クラスの中に私がいた。あれは誰?」

 小森は沈黙を破り、先ほどの件を看守の男に問いただす。

「口を開くな。と言いたいところだが、せっかくだ。冥土の土産に教えてやる。お前のいうとおり、あれはお前自身だ。まあ、実際はお前そのものではない造られた偽物ではあるが、ちゃんと飯も食うし、会話だってする。お前も見たはずだ。友達が変わらず接しているのを」

「何のために?」

「人一人が突然いなくなると混乱する者が現れるからだ。彼らはお前と違い、使える兵器だからな。こちらに疑念を持たれるのは困るし、統率が乱れるのも困る。だが、お前はこの国にとっては癌だ。召喚されたにも関わらず、一人何も持たない。不測要素だ。だから人形を用意した」

「…これから私たちはどうなる」

「直にわかる。お前も一応我々の英雄として呼ばれたんだ。なら役に立たないと勿体無いだろ」

 男は小森の問いに対して、淡々と答える。小森はその答えを聞いて、自分の存在はもう彼らの中ではあってはいけないのだろうと察した。これから何をさせられるかはわからないが死ぬことは牢屋に入れられた時からわかっていたはずだ。小森はそうやって自分を言い聞かせ、自分の生に改めて諦めをつけることにした。

 馬車に揺られることしばらくして、馬車が止まった。馬車から降りるとそこは肌が剥き出しとなった荒れた地面に高く聳える壁が見えた。小森が周りの景色に不釣り合いな人工物に顔をあげているとクオリアが何かに気づいたように声を出す。

「ここは、まさかグレート・ケージ!?」

「クオリア。これが何か知っているの?」

 小森は、明らかに動揺しているクオリアに問いかける。

「ううん。聞いたことがあるだけで、詳しくは知らないよ。だけど大人も子供も知っている御伽噺と同じ景色なんだ」

「御伽噺?」

「うん。檻に閉じ込められた無数の口を持った悪食テュポンの話。悪い子はみんなそいつに食われるって両親がよく言っていた」

 小森は改めて壁を見るが檻には見えなかった。ところどころ新しく増設された箇所もあるようだが、その外壁は崩れている部分も多かった。何よりその高さは300メートルはありそうで、その高さで閉じ込められる生物がいることが信じられなかった。

「魔族では、そう伝わってるんだな」

 男は、そう言って、もう一つの馬車から大きな麻袋を二つ下ろしてきた。その中から一つ、短剣を取り出し、小森に投げ捨てるように渡す。

「詳細は、壁の上に登りながら話してやる」

 小森は男に言われるままクオリアと共に壁に取り付けられた昇降機に乗る。

「ここは始まりの街リスタニアだった場所だ。今はそうだな、タルタロスと呼んでいる。そこの魔族が言うように怪物を閉じ込めている。奴は突如地面から湧出し、街の住民を、いや人をはじめ、植物まで生きるものすべてを食い尽くした。それも蝕むように食い漁った。当時の軍は当然、討伐隊を派遣したが壊滅。厄介のことに物理的攻撃はむしろ奴の行動範囲を広げ、周辺の街をも襲った。それから魔法が人類の中に生まれた後、同じように挑んだが駄目だった。奴は百十数年誰も討伐できず、ここにかろうじて閉じ込めているわけだ」

 男の話を聞きながら小森は先ほど渡された短剣を見る。そして壁の向こうにいる怪物を想像する。再び、短剣を見る。小森は納得した。

(うん、無理だね。いや、オーバーキルすぎんだろ。確かに私みたいな中途半端な存在を消すにはもってこいだけど、やりすぎじゃね。想像以上だったわ。魔法も物理もダメって、よく閉じ込められてるな!?)

 小森の諦観しきった心が男の話にツッコミを入れている間も景色が移り変わり、乗り降りた馬車がゴマ粒ように小さくなる。しばらくして昇降機が止まった。眼下に広がる街は意外にも綺麗だった。もちろん、ところどころ崩れてはいたが、視界に映る広大な街のほんの一部でしかない。今も人が生活を営んでいてもおかしくなかった。しかし、男が言うように街には壁の周りの景色のように緑はなく、閑散としていて生物の気配は全く感じられなかった。小森は街を見渡すが、話に出てきた怪物が嘘だと思うほど静かな街だけがあった。

「不思議だよな。今にも街の活気ある声が聞こえそうなのに、もうここは檻でしかない。代わりに賤しく群がる音が聞こえてくる。ほら…」

「え!?」

 小森は、思わず素で驚く。小森の視界に突如、背を下にして落ちるクオリアの姿が映ったからだ。小森は慌てて、しゃがみ込み、彼女に手を伸ばす。だが、当然ながらその手は空を掴むばかりだった。

「っ……!」

 小森は自分の顔が歪み始めるのを感じる。諦めていたはずの生が煮え滾るように実態を纏った死と共に襲ってくる。

「大丈夫!お姉ちゃんは必ず、私が見つけるから!」

 そう告げたクオリアの表情は突然の出来事にも関わらず曇ってなかった。彼女は手を伸ばし、その目はしっかりと小森を見ていた。

「クオリア…」

 小森には、彼女の言葉の意味は理解できなかったが、彼女は自身が死ぬという時でも心配して声を残してくれたことはわかった。だから、その思いに応えようと自然と彼女の名前を叫ぶ。しかし、その声が彼女に届くことはなかった。小森の声を遮る不快な音が街の中から聞こえ、視界が歪む。クオリアの体にはいつの間にか黒々と蠢く虫のようなものが無数に纏わりついていた。黒い塊は次第に赤黒く染まり始め、直径1メートルくらいの球体に膨らむ。そして水風船が破れるように酷く弾け散った。

「この怪物が厄介なのは分体が無数に存在することだ。奴は分体を放ち、今のように獲物を捕食する。その範囲は3000キロメートルと言われる。攻撃が効かないのもわかるだろう。ミサイルを打ち込めば、爆風で辺りに散り、今度はそこが荒らされる。ほんとうに嫌になる。こうやってこいつが動かないように止めることしかできないのだから…」

 男は、何事もなかったかのように話を続ける。そして持ってきた麻袋を慣れた手つきで放り投げる。するとまた、赤黒い球体が出来上がり弾ける。小森の視界は黒く染まったままで、男の話を聞くどころではなかった。しかし、男の話は続く。

「見ろ。あの中に本体がいる。」 

 男が視線を向ける先では、あたり一面から黒い粒が集まり一つの帯びをなし、それらがさらに集まって形を作る。小森が視線を向けたときには四肢を持った巨大な生き物が生々しく脈動していた。

「憎たらしく、悍ましい。まるで、もがき苦しむ私たちを模しているようだ。なあ、お前にはどう見える?…私はここに来るたびに思うよ。この世界は違ったってな。…少々、無駄口がすぎたな。さあ、お前もいけ。勇者なんだろう、救ってくれよ」

 男は短く息を漏らし、小森の小さな背中を蹴り出す。小森はなされるがままに壁から落ちる。一つの個となった怪物は、再び分体を広げ、手で掴むように小森の方に向かっていく。

 乾いた空気に小森の体が擦り付けられる。まるで何かが剥がされるような感覚が小森に伝わる。小森は落ちる中、自分の喉元に迫る死神の鎌に目をむける。

「ステータスオープン」

 不意に頭によぎった言葉を口づさむ。生きたいという思いがそうさせたのかは分からない。しかし無情にも表示される文字は変わらない。自分には何もないという現実が突きつけられるだけだった。

(魔法は相変わらず存在しない。今となっては魔法があっても意味はないけど、それでも魔法があったらこんなことにはなっていないし、私は私になれたはずだった。)

 残された僅かな時間の中で思考だけが加速する。小森の体はすでに怪物の口の中だった。

(ちさもそうこ、クラスのみんなは私が死んだことも知らない。知ることもできない。その中に私じゃない私がいるから。どうして。なんで。)

 小森の頭がぐちゃぐちゃにかき乱され、感情が溢れ出す。

(クオリアもいなくなった今、私を知る人は誰もいない。私は…もう存在しない。ならこの痛みも思いも全て消えてしまえばいいのに!!)



 男の名前は、エル・リーシェン。彼は約30年、この檻に通い、怪物にエサを与え続けていた。エルは軍に所属して、しばらくしてからこの職務に着任した。リスタニアの悲劇は知識として知っていたが、実態は知らなかった。怪物の存在、それを飼い慣らすための餌についても聞かされた当初は酷く忌避感を覚えたかもしれないが、今となっては遠く霞れた過去だ。生きるためには仕方がない。そう思うしかない現状が彼の心を慣らした。だから、今日も変わらず、怪物にエサをやる。それだけのはずだった。

 エルは目を見開いた。餌に群がる黒々とした分体が突如消えたからだ。弾けたわけでもない、最初からそこになかったかのように自然に消えた。

「何が起きたんだ?」

 思わず口から疑問が漏れ出るが、見間違いではなかった。無数の分体が消え、何かが落ちていくのを確かに彼の目は捉えていた。エルは慌てて、昇降機に乗り込み、厳重に閉められた門を開き、街に駆け込む。彼の胸に微かな希望が掠めた。

 エルは初めて街に足を踏み入れ驚き、疑問が確信に変わり、期待が膨らむ。本来なら分体がなりふり構わず襲ってくるはずなのに、襲われない。不快な音もしないからだ。

「あいつ。本当は勇者だったのか」

 エルは餌として先ほど突き落とした彼女のことを探す。彼女は異世界から勇者と呼ばれたが出来損ないの無能者と聞いていたが、それは間違いだったのか、それではと今後の扱いを踏まえ思考を巡らせながら街の中を歩く。しかし、彼女の姿を見つけることなく、街の中心、怪物がいた場所に辿りついた。

 巨大な怪物がいなくなり開けた場所で人影が見えた。崩れた落ちた建物の上で、その人影は地面に伏せるような姿勢で嗚咽混じりの声を漏らしていた。

「おい、大丈夫か?」

 エルはその人影が小森だと思って声をかける。しかし、すぐに後悔することになった。髪だと思ったものは黒く細々に蠢き、その肌はたま艶のように透明感があり、内で何かが波打っているのがはっきりと見えた。人間じゃない。これは怪物の本体だ。と気づき急いで振り返ろうとしたが、遅かった。人間の姿を纏った怪物はエルの足を掴み、声を絞り出す。

「だ、べナきゃ、ギ、えル」

「ッ!おい!はなせぇッ!」

 エルは、掴んだ手を振り払うように残った足で蹴り付けるが、離れない。むしろ骨がひしゃげる音が聞こえてくる。さらに追い打ちをかけるように分体がモソモソと掴む手を伝って足に、エルの体を這い上がってくる。

「あ゛あゝ、やめろ!あ゛くそッ!騙しやがった。あいつ。あいつは倒してなかった。お、おい来るな。嫌だ。」

「死に「たく゛ない」」

 エルの体は張り詰めた弦が切れるように倒れ込む。不可解なことに怪物の姿も消えていた。残ったのは赤く染まった瓦礫の山だけだった。



「………」

 小森は、誰もいなくなった街にただ佇んでいた。小森は怪物に喰われたはずだったが、生きていた。だが、同時にこの世界に存在していなかった。小森がその事実に気がついたのは目の前で死んだ看守の男がきっかけだった。

 小森が怪物に喰われた後、次に目を開けたときにはすでに街の中にいた。彼女は自分が死んだと思い、手を胸元に持ってきて開いて閉じる。すると動かす感覚も指と手のひらがきつく触れ合う感覚も伝わる。不思議に思い、周りを見渡す。そこに巨大な怪物はおらず、上から眺めた寂しい街並みが近くにあった。

(あれ?私、死んだんじゃ…。なんで街の中にいる、えっ!?)

 自分に起きた状況に戸惑っていると小森の中を何かが通り過ぎた。それは、小森りを壁から突き落とした看守の男だった。

(なんで、あいつがここに?それよりも私に気づいてなくない!?あ、ちょっと待って!)

 男は小森を無視して先に進む。小森の声は聞こえず、触れようとすると空を切る。腹癒せに殴ってみたりもしたが結果は同じだった。そのまま、男は小森に気づくことなく怪物に襲われた。

 小森は男が苦しむ姿をそばで静かに見ていた。その時にはすでに魔法が使えることは確信していた。このおかしな現象は魔法でしか説明することができなかったからだ。だから彼を助けることができたかもしれない。しかし、それが正しいと小森には思えなかった。そして、男は怪物に食い尽くされる前に死んだ。怪物は姿を残さず消えたが、男と同じように死んだと小森には感じた。

「私の魔法は存在しない。だけど存在する。なかなか、かっこいいけど…もっと早く気づきたかったな」

 小森が男に気づかれなかったのも怪物に喰われても生きているのは、小森の体がこの世界に存在しないからだろう。そして怪物が消えたのは、存在をこの世界から抹消されたから。

「きっと私の体は、魔法を解除すれば戻るはず。だけど…戻ったところで、私の居場所はこの世界にはないんだよな。魔法と同じで存在がないままだ」

「そんなことないよ」

「ッ!」

 誰もいないはずの世界で突如話しかけらたため、小森は大きく肩を上げて驚く。振り向くと腹を抱えて笑うクオリアがいた。

「驚きすぎだよ。お姉ちゃん」

 彼女はしばらく笑っていたが、小森には何が何だか分からなかった。彼女が死んだのを目の当たりにしていたからだ。いろいろ聞きたいことがあったが、それよりも驚いたことを見られたことに対して恥ずかしい気持ちが先に湧き出した。

「笑いすぎ」

「ごめんなさい。ちょっとお姉ちゃんの反応が面白くて、つい」

「…なんで、いるの?」

「え、約束したでしょ。私が必ず見つけるって。私、目はいいんだよ」

 クオリアはそう言って自分の双眸を指差し顔を突き出す。

「でも…あの時、クオリアは食べられて死んだはず」

「うん、確かに死んだね。だからほら、物も掴めない。だけど、お姉ちゃん。私はここにいるよ」

「…」

「私が村の人から嫌われている話はしたでしょ。私の目、これが気持ち悪がられていたって言うのはそうなんだけど、本当はね、別のところにあるの。私には世界が重なって視えてた。それは現実に見えるものだけじゃなく心の中やその人の情報といった形のないものが見えていたんだ」

「じゃあ、今も私の心が見えているの」

「いや、常に見えてるわけじゃないよ。しんどいからね、それは」

「そう、よかった」

 小森は、自分がキャラを演じていることを知られていなくてほっと胸を撫で下ろす。

「まあ、お姉ちゃんのことは見なくてもわかるけどね」

「え!?」

「ふふ、冗談だよ。それでね、この目は私の魔法『幽体』から派生しているんだけど、私は元々、体がなくても生きられるんだ」

「クオリアは幽霊?」

「うーん、幽霊とは違うけど、意識体のようなもの?幽霊は死者が残した思いのようなものだけど、私は私の意思を持ってここに存在している。…そしてそのことをお姉ちゃんは知ってくれた。だから今度は持てる」

 クオリアは先ほど掴み損ねた小さな石を持ち上げる。彼女は小森のことをじっと見つめ、拾った小石を小森に投げた。

「それは、きっとお姉ちゃんも同じだよ」

 小森は宙に浮いた小石に手を伸ばす。小森は魔法の解除方法なんて知らなかった。解除すれば戻るなんていったけど儚い期待に過ぎなかった。今も自分がこの世界に存在しているかどうかは小森自身、分からない。でもクオリアの言葉を聞いて思った。私を知って、見て、思ってくれる人が少なくとも一人はいるんだと。それだけで私が私でいられる。だから、小森は掴む。そしてその小さな手の中に冷たくもほんのり温かい感触が生まれた。

「うん。私はいる。ここに」

「そうだよ、お姉ちゃん。私もいるよ」

 しばらく、小森はクオリアの温もりに浸った。


 それから、二人は街の外に停めていた馬車に向かった。

「お姉ちゃんはこれからどうするの?城に戻るの?」

 クオリアは首を傾げながら、今後のことを聞いてくる。小森は少し悩んだ。城で別れてしまったちさやそうこに会いたいとは思ったが、彼女の近くには偽物の私がいる。私が会いに行くことで、彼女らに危害が生じる可能性は十分にあった。今回のことでこの国の人たちには裏があることを知ったから。魔法で、姿を消して忍び込めるかもしれないけど、今はまだうまくいく気がしない。でも必ず会いにいく。

「今は戻らない。魔法を極めてから会いにいく」

「じゃあ、私も付き合うね」

 二人はそうして馬車を走らせた。小森はタルタロスに閉じ込められた怪物を消したことがこの世界にどのような影響与えるのかをまだ知らなかった。この機に今後人間と魔族との争いに否が応でも巻き込まれるのだが、存在を消して切り抜ける。

「クオリア。馬車、運転したことある?」

「いや、ないけど。なんとなくでいけると思うよ」

「…」


 小森の前途多難な旅は、始まったばかりだ。


お読みいただきありがとうございます、

それでは、おやすみ。


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