分岐
朝、目が覚めるとベットがカチカチになっていた。落ち着きのある趣で飾られていた壁も天井も今は冷たく迫り来るように感じる。小森は眠たく重い瞼を擦り、思う。やっぱりかと。と言うよりも多分みんなも薄々気づいていたと思う。異世界もので魔法がない無能者は牢屋に入れらることは。あんなに私たちに気を遣ってくれた大統領も無能者まで気を回さないことは。だからだろうか小森の中には怒りとか復讐してやるとかそんなドス黒い感情はなかった。魔法がなく知らない世界で牢屋に入れられたこの現状をただただ諦めていた。
「はあ、どうしよう。このまま死刑かな?…なんかそれも嫌だな」
小森は横になった姿勢で無機質な天井を見ながらつぶやく。
「今頃、みんなはなにしているだろう?魔法の訓練とかかな、いやまずは朝食か。なにを食べるだろう。結局昨日のあれが最後の晩餐になったじゃん」
小森はぼんやりした頭で昨日の料理を思い浮かべた。
「…っ、あんな気分で味わえるわけないじゃん!。あー最後の晩餐やり直したい。せめて美味しいものを食べて死にたい」
小森の呟きは続く。狭く薄暗い牢屋は小森の心の内と外の境界を曖昧にした。
「あの二人はどうしてるかな。私が部屋からいなくなって心配してくれるかな。ちさは大騒ぎしそうだな。そうこはちさを宥めながら真剣に考えてくれそうだな。…心配してくれると嬉しいな。もし、気づいてくれなかったら…いやいや気づくでしょ。いつも一緒に過ごしてきたし。…あの頃に戻りたいな。また二人に会いたい」
「…誰か、そこにいるの?」
「っ!」
小森は突如聞こえてきた幼い子供の声に驚き、上体を起こした。そしてすぐさま自分を作り直す。
「誰?」
声がした方に近づくとそこには擦り切れた服から包帯が巻かれた体をさらす女児が力無く壁にもたれかかっていた。少女は小森が近づいた事に気づくと顔上げた。小森はその姿を見て目を見開いた。彼女の顔にも視界を閉ざすように包帯が巻かれていたのだが、何よりも側頭部から生える角に驚いた。
「獣人の女の子?…どうしてこんなところにいる」
小森は考えた。この世界の人たちは何と戦っているのだろうか。大統領は魔族を魔王を倒してくれと私たちに頼んだ。魔族とはこの子のようなか弱い幼子も含むのだろうか。
小森が幼子をも痛めつけて捕虜にする暗部を目にしてこの国の人たちに懐疑を抱いていると少女は見た目の傷に反してしっかりとした物言いで口をひらく。
「お姉さんも生贄のためにここにいるんじゃないの?」
「生贄?」
「うん。私たちは私たちを殺すための兵器を呼び起こすための生贄だってここにいた大人たちが言っていたよ」
「兵器?」
小森が彼女の言葉を繰り返すと頷いた。小森はすぐに気づいた。その兵器が私たち異世界人からきたものを指していることに。
(あばばば、どうしよう。え、どうする。伝えるの?傷ついたこの子に私がその兵器ですって。いや無理ー!私この子にとっての仇じゃん。無理だよ。私もこれから死にそうなのに!?どう接すればいいんだあああ)
小森は突然降りかかってきた複雑な少女との関係性に内心慌てふためていると少女はクスリと笑みをこぼした。
「もしかして私のがお姉さんだったりするのかな。声は落ち着いてるからお姉さんだと思ったんだけどな。違ったかな」
少女は唐突にそんなことを聞いてきた。小森はよくわからないが、誰が見ても私のがお姉さんだと思った。だからここぞとばかりにクールに答える。
「違う。私の方がお姉さん。お前はどっちかというと妹」
「えー、私が妹ー」
少女は嬉しそうに微笑む。小森はそんな彼女の姿を見て事実を言う事にした。
「うん。そして…私はお前の言う兵器でもある」
「ええええええ!私、お姉さんに殺されるの!?」
小森が自分の正体を伝えると少女は大袈裟に驚き、咳き込んだ。小森はしゃがみ込みそっと少女の背中をさする。
「無理しない。体に障る」
「ありがとう。でも私知ってるよ。お姉さんが大人のいう兵器じゃないことは。だってこんなにも温かいから」
少女は明るくそう言って小森に身体を預ける。そして閉じた目を檻の外に向ける。
「でもそっか、…みんな逝っちゃったんだね」
「ごめん」
「お姉さんは悪くないよ。それよりも災難だね。せっかく来たのにこんな汚いところに入れられるなんて」
少女はきっとこの国の人たちに辛いことも痛いことも強いられたはずなのに明るく笑いながら小森を気遣った言葉をかける。小森は彼女の頭をそっと優しく撫でた。彼女は頭をグリグリとこすりつけ、自分のことを話し始めた。村での話。家族の話。そして…これまでの話。彼女はきっと誰かと話したかったのだろう。この何もない無機質で黒ずんだ冷たい部屋に一人残された寂しさを埋めて欲しかったのかもしれない。小森はそんな彼女の気持ちに寄り添うように静かに頷き耳を傾けた。
小森が牢屋にぶち込まれ、魔族の少女と出会っている頃、小森以外の生徒たちは訓練場に集められていた。訓練場からは複数の大きな尖塔が伸びる建物が見える。その中でも真ん中に聳え立つ塔に昨日彼らが召喚された部屋があった。まさにファンタジーものに代表されるような城を一望した生徒たちの脳にここが異世界だという認識が叩きつけられる。
ここは、ブラオステル連邦の首都ブラオステル。総人類約5000万人を代表する統一政府の議会がおかれた人類生存地の中心。首都ブラオステルには総人口の4分の1が生活基盤を形成している。街並みは中心に高く聳える城アズール城を囲うように広がり、石造りの建物が街道に沿って建ち並ぶ。街の外縁部には高い壁が築かれ、その4隅には錆びつき劣化した大きな円柱が不自然にも突き出ていた。壁に囲われた小さな安寧の中、人々はものを売り買いし、隣人とたわいない話をし、家族を構成したりと限りはあったが生き生きと暮らしていた。
壁の外には木がまばらに生える草原が広がっていた。ここにはかつてブラオステルと同等の街があった。約30年前、人類が魔法を得て魔族に対し優勢になり始めた頃、魔族による大規模魔法によって更地となった。草原の至る所に散在している焼け落ちた街の残骸がその凄惨さを物語る。それから戦争はこう着状態になった訳だが、各地では紛争が続いてる。
今日もまた、鎧やローブに身を包んだ兵士が魔法使いが街路を進行する。彼らが魔族と戦うため日々の多くの時間を過ごす訓練場では、昨日、魔法得たばかりの生徒たちが後に英雄となるための訓練を始めた。
「さあ、君たちは晴れて勇者になった訳だが、戦闘に関してはど素人だ。スライムにも無視される。つまりその辺の雑草以下だ」
下半身を鎧を装備し暗い緑のタンクトップを着た丸太サイズのうでを胸の前で組んだ男は生徒たちを見下ろすように少しのけ反り、訓練場に朝早くから召集された生徒たちを罵る。生徒たちの眉間に皺がよる。それも当然だろう。理不尽に馬鹿にされたのだから。そんな生徒たちの様子に構わず、男は続ける。
「だが、安心するが良い。君たちの中には力の原石が眠っている。いや、眠っていたが正しいな。力は目覚めた。君たちの原石は掘り起こされたのだ。あとはそれを磨くだけだ。磨き輝いたその力は魔王でさえ無視できない。だからこそ、ここで我らと共に訓練を積み、魔王をその圧倒的な力で倒そうじゃないか!」
男は拳をあげ、生徒たちに呼びかけた。生徒たちは力強く頷き、団結を示すように声を上げる。男は一歩下がり、そばに控えていたラテを呼ぶ。
「ガルダン、ありがとう。さて、本日から訓練を始めていきますが、みなさん。自分の能力をよくわかっていない方も多いと思います。身体的な能力はガルダンたち連邦軍教育士官に任せますが、彼らでは魔法について教えることはできません。魔法については私たちリムットの研究員にお任せください」
「はい、はい!わたしの番だよ!」
ラテの説明を遮るようにぴょんぴょんと軽快に跳ねながらリベリカは元気よく声を上げる。
「リベリカ、まずは私が説明するからちょっと大人しくしててね」
「いやだ。わたしの力が関係するからわたしが説明するの!」
訓練を前にして、駄々をこねるリベリカをみて、うんざりした生徒の一人が指摘する。
「あの、早く魔法を試したいのですが、そちらの幼女が関係するのですか?」
「ブー。わたしは幼女じゃないもん。でもでも、目の付け所はいいよー。はなまるあげる!」
リベリカは、質問をした生徒、佐藤真司に向かって指を差しながら嬉しそうに言った。砂糖の額には青筋が浮かんだが、周りの生徒が宥める。
「そう!わたしの魔法「再現」が君たちの魔法を熟達させるの!わたしの魔法は色々制限はあるけどあらゆるものを再現できるの。すごいでしょ!これから君たちの魔法を再現して、わたしが教えてあげる!」
リベリカは腰に手を当てて、自信満々にそう告げた。生徒たちの頭には共通して不安の二文字が浮かんだ。いくら研究員だからって見た目も中身も幼女の彼女に教えることができるのかという不安。そもそも子供の戯言にしか聞こえない彼女の言動にみんなが困り顔を浮かべた。
「あー、信じていないな。ひどい!わたしちゃんとやれるもん!ねえ、さっきの君。ちょっとこっちに来て。やってみせるから!」
リベリカは佐藤に向かって、手招く。佐藤は渋々ながらも彼女の前に移動する。
「ねえ、お名前なんていうの?」
「…佐藤真司」
リベリカは佐藤の名前を聞くと手元に取り出したタブレットを操作する。
「うんうん、なかなかいい魔法だね。じゃあ次はちょっとしゃがんで」
佐藤は首を傾げつつ彼女に言われた通りしゃがむ。すると、リベリカは彼の頭に手を伸ばし撫で始めた。見守る生徒の中からクスクスという笑い声が聞こえてくる。
「お、おい。真面目にやってくれ」
「真面目にやってるもん、じっとしてて」
「おい、佐藤!幼い子に優しくされてよかったな」
「う、うるさい。お前らも次やるんだからな!」
佐藤は顔を赤らめ声を上げる。しばらくして、リベリカは撫でるのをやめると今度は生徒の中にいたマッチョに剣を持ってくるように指示を出す。
「よし、これで用意は整ったよ!じゃあ、みせるね。その前に君の魔法は何かな?」
「…ウィンドウには「堅固」と表示されている」
「うん、そうよだね。概念系の素晴らしい魔法だね。じゃあ、そこのマッチョの君。その手に持っている剣をわたしに振りかざしてよ!」
「っ!」
リベリカは相変わらず、無邪気な笑顔を浮かべて信じられないことを指示した。生徒たちに動揺が走る。生徒が持っている剣は訓練用の刃がついていない剣とはいえ、それなりの重量があるロングソードだ。幼い子どもの細い腕なんて簡単にへし折れる。
「あの!彼女は大丈夫なんですか?」
委員長がそばで見守るラテに問いかける。
「ええ、安心してください。彼女の能力は本物ですから」
「だから、早くして!わたしがすごいってところを証明するんだから!」
「剛田、頼む」
佐藤は、剣を持った生徒の方を見て頷く。
「…くそ、筋肉が泣くぜ。でも、まあ仕方がない。怪我をしても知らないからな!」
剛田は腰を落とし、筋肉を膨れ上がらせる。そして剣を高く持ち上げるとそのまま重力に沿ってリベリカに剣を振り下ろした。
誰もが目を瞑った瞬間、ガキンという金属同士が重くぶつかった鋭い音が響く。目を開くとか弱い腕を重ねて剣を受け止めるリベリカの姿が映った。
「…まじか。俺はちゃんと力をこめたぞ?」
剛田はそう言った剣を引戻し自分の腕を確かめる。
「どう、すごいでしょ。ちなみにこんな使い方もできるよ」
リベリカはなんともない様子で地面に落ちている小枝を拾う。そしてその小枝を撫でるように手をかざすと剛田の足に向かって大きく振りかざした。
「えっ!痛っ!急に何するんだ」
「ふふん、お返しだよ!」
剛田は持っていた剣を手放し膝を抱えて痛がり出した。
「おい、剛田。それは大袈裟すぎだって、ただの小枝だぞ?」
生徒の一人が茶化す。剛田は慌てて言い繕う。
「いや、まじだって。ほら、見ろ。ここ青くなっているだろう」
リベリカが小枝で叩いた箇所は確かに血で青く滲んでいた。この光景を目の当たりにした生徒たちは自分の目を疑った。幼い子どもがロングソードを防具もつけずに受け止め、そこらへんに落ちている小枝が人の肌が腫れるまでの威力を出す。それはもう魔法というしかなかった。
「これが、俺の「堅固」の魔法」
「そうだよ!驚いた?それよりわたしの魔法すごかったでしょ。褒めていいんだよ?」
「ありがとう。素晴らしかったわ、リベリカ。とまあこんなふうにですね。彼女の魔法であなたたちの魔法を再現して教えることが可能です。魔法はイメージが重要です。昨日すでに魔法を使っていた方もいらっしゃいましたが、多くは自然系の魔法だったはずです。概念系は使えと言われてもすぐに使えないものですから。彼女に再現してもらってぜひあなた自身の魔法の解釈を広げてください。それでは皆さん各々の魔法を磨いてください」
生徒たちは各々のやり方で魔法の練習を始めた。リムットの研究員に話を聞きに行く者。体を鍛え直す者。リベリカになでなでされに行く者もいた。穏やかで楽しい空気が訓練場に満ちていた。
「なあ。そういえば、姫がいないよな」
「姫?」
「ネムちゃんのことだよ」
「ああ、深山のことか。またどこかで寝てるんじゃないか」
「あいつも、魔法手に入れたんだよな。訓練に参加しなくて大丈夫なのかな」
「さあ、でもまあ、小森よりはマシだろう」
「ああ、あいつはちょっとかわいそうだったな。…これで四天王は解散か」
「四天王?そんなのクラスにいたのか?」
「おい、お前。四天王を知らないのか。それはモグリだぞ」
「は?普通いねえよ!クラスに四天王なんて!」
「チッチッ、それがいるんだよな。そんなモグリな君に教えてやろう。まず一人目。夢幻に囚われた姫、深山ネム。彼女はいつも寝ているが何故か成績は学年でもトップクラス。彼女の起きた姿を見たものにはまさかの禍が!?続いて二人目。受術師、近藤学。受験を呪い呪われた男。彼の領域に踏み込んだものは真っ赤なフルコースを味合うこととなるだろう。そして三人目。昨日の行動には誰もが驚かされた。ザ・ワールド、広瀬大貴。彼の閉じた心には何が聞こえているのか?今後の行動に注目だ!最後は、四天王の中では最弱?しかし、彼女の囁きは聞き逃すな。小さき森の囁き、小森怜。彼女は今一体何をしているのか!?ということで四天王がいたわけなんだけど…」
「情緒ー!急にどうした。情報量にも驚きだけど、なんなのそのテンション!?」
「えっ!?お前が四天王について知らないから教えてあげたんだよ」
「いや、それはいいんだけど。お前そんなキャラだったか?」
「うん?ああ、これ魔法。俺「放送」ていう魔法だから試してみた」
「まさかの実況!」
男子生徒二人の掛け合いはその場にいた皆の耳に届いた。残念ながらこの場に四天王は一人もいなかったが、四天王の話題で持ち切りとなった。異世界にきて魔法を得たことで四天王にも現実味が帯びたからだろうか。皆、楽しそうに話した。
「ねえ、みずみず。こもりんは大丈夫かな」
「きっと大丈夫だよ。このあと一緒に部屋に行こうよ」
「そうだね!」
橋本と水野は小森がいる城の方を見た。
生徒たちが魔法の訓練に勤しんでいる間、魔法のない小森は寂しい牢屋で一人の少女と出会っていた。
彼女はクオリアと名乗った。この国の人たちは自分たち以外の知的生物を魔族と総称するらしいが、彼女らは獣人の部類に入るという。彼女の側頭部からは後ろに向かって細くなるように短な角が生えていた。小森は彼女を抱き抱えて初めて気付いたが、ふわふわに毛が膨らんだ尻尾もあった。
クオリアは家族のこと、妹のこととの思い出を小森に楽しそげな表情を浮かべて話した。彼女は村の人たちからは距離を置かれていたらしい。だけれども家族だけは優しくあったかく接してくれたという。特に妹のソマは彼女によく懐いていて、村の近くに流れる川で遊んだり、森に生えている木の実を採ったり、いつも一緒にいたらしい。
そんな思い出を彼女は楽しいそうに笑みをこぼしながら話すものだから小森も自然と暖かい気持ちになる。
しかし、しばらくして彼女は話すのをやめた。
一つ二つと間が置かれる。
小森はどうしたのかと不思議に思い、彼女の顔を覗く。
すると彼女は再び、変わらない声のトーンで話し始めた。しかし、彼女の声は時折震えているように聞こえた。彼女の顔は包帯が巻かれ、口元しか見ることができないが、小森にはその目に涙が滲んでいる気がした。
「クオリア、無理しない。十分伝わったから」
小森は、静かにそう言って話を遮る。彼女はおそらくここに連れられる日のことを話している。幸せの日々が暗くかげる日の話を。小森は思う。このまま楽しい思い出のまま終わって良いと。小森たちが向かう先は辛い中に訪れる死である。わざわざ暗い海に飛び込むものがいないように小森は明るいままで終わらせたかった。彼女に苦しい記憶を思い出させたくなかった。しかし、クオリアはそうは思っていなかった。
「ありがとう。でもねお姉さんには聞いて欲しいんだ」
彼女は、そういうと続きを話し始める。
その日、いつも通り、クオリアはソマともに出掛けていた。近くの森に入り、母からついでにと頼まれた薬草を摘み終え、彼女らはそこらに生えていた淡く赤寄りの紫が美しい小さな花を咲かせる草を摘み、それをブレスレットにして互いに送り合い遊んでいた。
そんな穏やかに流れていた時は突然、胸の奥まで響く大きな音によって掻き消された。その大きな音にソマが耳を抑えて蹲る。クオリアは耳を抑えながも音がした方向を見る。音はすぐに止み、しばしの静寂が訪れる。しかし、胸に響く音は鳴り止まなかった。クオリアはソマの手をぎゅっと握り走り出した。音がした方向は彼女らの家がある村だった。彼女は息を吸うのも忘れてざわめく森の中をひたすら走った。そして木々を抜けた先で目にしたものは変わり果てた村だった。出かける時に通った道は瓦礫に埋もれ、建物は赤く音を立てて燃えてた。そこに住む人も隣人と挨拶を交わす人もお店の人も誰もいない。数刻前までは確かにあった、村の活気あふれる熱は寂しく冷たい熱となっていた。
クオリアは止まった足を再び動かし、自分の家に向かう。瓦礫を超えて、燃える建物を避けて進んだ先にあった家族と暮らした家はもう見慣れてしまった光景だたった。辺りと変わることなく、ただ崩れ燃えていた。
「おー、まだ残っていたやつがいるぜ」
クオリアが立ち尽くしていると後ろから野太い男の声と可愛らしい声が聞こえた。
「ほらほら、燃やして正解だったでしょ」
「いや、たまたまだろう。数を揃える必要があるっていうのにこれじゃあ大半が死んでしまうぜ。それに暑くて仕方がねえ」
「もう!それが本音でしょ!それにそんなで死んじゃうやつに価値なんてないよ」
「おーひどい言い振りだなあ。こいつらだって一応生きているんだぜ。まっ、必要な数は連れて行けたかな。そうだろう、アッシュ!」
男はクオリアの方に向かって名前を呼んだ。しかし、クオリアとソマ以外はいない。いや、いないはずだった。クオリアは突如、握る手が軽くなったのに気付いた。彼女はすぐさま握った手の方を見る。視線の先に映るものは花が散りじりになったブレスレットと黒い影だけだった。そこに妹の姿はなかった。
「はい、これで最後です。では、みなさん戻りましょう」
男とも女ともどっちもつかない中性的な声がすぐ隣から突如と聞こえる。クオリアは声がした方を見るまでもなく視界が暗転した。
気づくとそこはこの牢屋にいた。同じ牢屋の中では、村の人が身の身着たままの姿で狼狽していた。しかし、妹のソマの姿は見当たらなかった。クオリアは自らの手首を掴み胸に当てる。すると奥から男の声が怒声が聞こえてくる。檻の外に目をやると別の檻の中にいた村の人たちが横一列に並ばされていた。村人は鎧を身につけた人間に先が円環状になった杖のようなものを当てられていた。一人また一人と杖を当てらたものは兵士たちに別のところへと連れられる。まるで何かを検査している様子だった。その検査は不思議なほど淡々と進められていたが、一人の腕から翼を生やした男が杖を持つ兵士に声を荒げて掴み掛かった。それに呼応して他の村人も行動に移そうとした。しかしそれはパンッという連続する破裂音によって叶わなかった。冷たい地面にじんわりとまとわりつくように熱が伝わる。
「黙って並べ!抵抗はするな!我々はお前らをここでは殺すつもりはないからな」
「片付け完了いたしました。それと結果の方ですが…」
「そうか、なら問題なしだ」
兵士は何事もなかったように仕事に戻る。列は再び淡々と進み、クオリアに順番が回ってきた。クオリアは先の不安と恐怖はあったが、前に習って問題なく進むと思っていた。しかし、兵士は彼女の姿を目を見て息を呑む。
「どうした?」
怪訝に思った別の兵士が聞いてくる。
「おそらく目が見えておりません」
「おい、それってつまり…」
「不良品です」
男がそう告げるとクオリアの体に鋭い衝撃が走る。
「牢屋にぶち込んどけ!だが数値だけは高いようだから殺すなよ。使い道が見つかるまでせいぜい可愛がってやれ!」
小森は心を締め付けられる思いをしながら彼女の話を聞いていた。彼女の目については小森も気になっていた。
「目。やっぱり、見えていない?」
「ううん、違うよ。見えていないわけではないんだけど…」
「え」
クオリアは顔を覆う包帯に手をかけて、双眸を小森に見せる。彼女の瞳孔は白く透き通っていた。まるでガラス玉のように綺麗で気持ち悪かった。小森は自分の頭によぎった言葉を疑った。気持ち悪いとは少し違う、でも確かに違和感を感じた。彼女の目を覗くと見られているのに見られていない。自分自身に覗かれているような感覚だった。
「そう。みんな何故か見えていないと思うんだよね。なんでだろう。むしろ見えすぎて困っているのに」
彼女は笑みをこぼしながら、包帯を巻き直す。
「…」
小森は巻き直すんだと思ったが、何にも言わず、巻くのを手伝った。