第23話(2)(終)
立太子の式典と、それに伴う婚姻の儀に先んじるわけにはいかないということで、ニコライとアレクサンドラは、結婚の準備は未だ婚約者のままであった。
婚約があるとはいえ、親密に2人きりで過ごすというようなは真似は、貴族でははしたないとされ厳禁であったため、基本は手紙のやりとりのみが許されていたが、多忙で返信が遅れがちな公証長補佐の様子を知りたいと、ニコライが時折、自制してごく時折ではあったが、オルロフの邸宅に足を運んでいた。
訪問時は必ず先触れを出し、アレクサンドラはそれに合わせて庁舎から邸宅に戻り、必ず父伯爵または母夫人を交えて茶を嗜むだけという、ささやかな時間ではあったが、ニコライはどれほど見つめても見飽きない婚約者の姿に眼福を感じ、アレクサンドラの方は実感が湧かず戸惑いながらも、何となく面映ゆい気持ちに包まれていた。
父母いずれか同伴の席は、アレクサンドラの性格もあって、専ら帝都の各種情勢、王家と公証の近況などの固い、当たり障りのない話題が取り上げられ、およそロマンスとは無縁の語らいに、父伯爵は玉に瑕だと微笑ましく、母夫人はこういう面での娘の機微の通じなさに、もう少し教えるべきだったかしらとがっくりした。
幸いにも、気にしていないらしいニコライが朗らかに話を続ける。
「最近、公証は大分改まって来たと聞いております」
「恐れ入ります、全ては優秀な補佐の尽力でございます。いつ長に昇格しても早いということはございません」
「いえ、私は」
父伯爵の賞賛に目を伏せた横顔の、作り物のようでありながら卑下という柔らかい生気が通った端麗さに、ニコライは静かな溜め息を零した。
格式張ったドレスではなく普段着に寄せてはあるが、美しい人は衣装を選ばないという格言を体現している彼女が、未来の伴侶であると思うと、歓喜が胸からあふれ出すのを感じた。
アレクサンドラが中心となって鋭意取り組まれている改善内容について一通り聞いたニコライは、ふと
「アレクサンドラ・イワーノヴナは、公証長を継がれた暁には、公証をどのようにしたいとお考えですか」
と尋ねた。
それは、自らがかつて父国王に質問されたのと同じものであった。
皇太子を継がず、公証の婿に入る理由が、想い人と結ばれたいという願望の達成だけなのであれば到底許すことはできぬ、そなたはそれだけの跳躍をして一体何を成すのか。
ニコライは己の言葉で、一世一代の回答をして許されたわけだが、もちろんアレクサンドラには会話の繋ぎとして軽い気持ちで尋ねただけであった。
オルロフ伯爵が、目を丸くして問いを受けた。
「おや、まるで職員の採用試験のようでございますね」
「試験?」
「ええ、新しく雇う際に面接をして、人となりを探るのです。ということでどうですか、アレクサンドラ・イワーノヴナ?」
水を向けられたアレクサンドラは、また言葉を濁すかと思われたが、意外にもはっきりと
「いろいろとございますが、いずれ帝都以外にも公証の窓口を作りたいと思っております」
と希望を述べた。
アレクサンドラは、領地で農夫婦から託された望みを忘れてはいなかった。
ただ、実際に公証の中で事態を動かそうと立ち回ってみて、人を動かすのも、事物を動かすのも一筋縄では行かないことがよく分かった。
現在の仕組みの枠内で変えていくのであれば、対外的な問題はないだろうが、窓口を外に作るとなると場所の問題が噴出する。
国内の主要都市は王家か貴族の領地となっているため、大枠として進める前に国王陛下からご了解を得るのは必須、その上で、領地所有者の承諾を得なければならないし、受付機能だけ持たせるのか認証書の発行もさせるのか、配置する職員はどうするかなど、問題は膨大だった。
それに、アレクサンドラが爵位を継げば今度は領地経営も担うことになる。
公証を動かしながら領地経営、それから家庭の維持と、全てこなせるのだろうかという不安しかなかったが、それでも、なかなか叶えられずに農夫ミハイルと妻マリアを待たせていることが申し訳なかったし、聞くだけ聞いて何もしない不義理の者だと彼らに思われたくなかった。
悩める表情になりかけているアレクサンドラに、ニコライが身を乗り出した。
「きっとできますよ、私がお支えします。正直、公証のことは全く分かりませんが……あ、でも領地経営はお任せを。これでも帝王学で相当に叩き込まれていますし、役割分担だと思って下されば」
自信満々な割にはいまいち心許ない申し出ではあったが、含まれている心根の誠実な温かさに、笑み崩れたオルロフの父母だけでなく、アレクサンドラまでもが、上品に隠してではあったが、頬を赤らめ、微笑を唇に含んだ。
了
通過点、キリが良いのでいったんここで区切ります。
ここまでお読みくださりありがとうございました。
話の流れ的にまだ続いているので(そもそもまだ公証長になってないし)、次作もお読みくださると嬉しいです。




