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公証長サーシャの通過点―巻き戻った今度は自分に負けずに生きる  作者: 蜂須賀漆


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第22話(1)

そして時は来たれり。


ついに国王陛下から、公証の今後についての考えを聞きたいと、父伯爵に登城の指示があった。

命令ではなく指示に留まるのがまだ救いではあったが、事実上拒否するという選択は取れず、もちろん父伯爵にもそのつもりはなかった。

父伯爵は責任を取って公証長を退き、アレクサンドラに譲ることを願い出るという。

承諾を示しながら表情の硬い彼女に、父伯爵は、新公証長のためにもちろん支援と助力は惜しまないと茶化し、勇気づけようと試みたが、切れ長の目の険しさは緩まなかった。

母夫人は傍らで涙に暮れている。

母夫人も皇后陛下から、私事の茶席の招きがあったのだ。

しかも、同日かつ王への謁見よりも早い時間帯に、今度はアレクサンドラも伴ってはどうか、と誘いが付されている。

どうか、と言いながら、それは連れて来いという意味であり、こちらは完全に招きという名の召集であった。

幼少期ならばいざ知らず、妙齢になった未婚の娘を、皇后の茶会に連れて来させるということ自体が大事件である上に、皇后陛下からの圧力を既に受けていた母夫人は、その意図を正確に汲み取っていた。

しかも、午前に国王陛下からの書簡が邸宅に届けられ、その午後に茶席の招待状がそれを追いかけてきた。

まるで、国王陛下の裁可を盤石のものにするための配慮として、忖度して日取りを合わせたように思われた。


「どうする、サーシャ」


娘の意思を尊重したいが、といかにも苦しげな父伯爵に、アレクサンドラは凜として答えた。

問われるまでもなかった。

辞退は許されていない、出席の義務しか与えられていない、これから、恐れ多くも最高の方々の筋書き通りのことが待ち構えている。

それならば、


「私、参ります」


参上した上で自らの態度を表明するまでだ、と冷たい決意を心の中に呼び込んだ。


*


季節は違えど、ガゼボの4席の設えは4歳の頃とそれほど変わってはいなかった。

手足が伸び、格段に洗練されたカーテシーにて挨拶をすると、皇后陛下は喜色を隠さず、「よく来ましたね、まあ何と美しくなって」と両手を広げて出迎えた。

母夫人の泣き腫らした瞼を見流したのにさすがに反抗心を抱き、アレクサンドラは礼儀通りに目を伏せた。

誰もが齢を重ねていたが顔ぶれは同じ、招待状には何も記載がなかったが、皇后陛下の後ろには、予想通り第1王子が佇んでいた。

第1王子の尊顔を意識して拝したのは4歳以来で、あの頃の面影は当然窺われたが、背はアレクサンドラよりも高く、気品のある、凜々しい青年になっていた。

立太子はまだか、と持て囃される帝都の寵児も、アレクサンドラの興味を引くものではない。

それどころか、王族に対し恐れ多いことだが、役者の1人であると思うと目を合わせる気にもならない。

勧められるがままに椅子に座ると、茶会は始まったが、日頃の鷹揚さを欠いている母夫人は、皇后陛下の歓談に付いていくことができず、ほとんどは第1王子が応じ、アレクサンドラは、陛下からの問いに答える以外は、母夫人を気づかう言葉を発することに専念していた。

礼儀上当然だが、王子とアレクサンドラが直接言葉を交わす場面は一向に訪れない。

見かけは華やかかつ和やかだが、控える侍女達は、底に流れる不穏を感じ取って緊張の面差しを隠せていない。


程なくして、焦れたらしい皇后陛下が微笑みを貼り付けたまま、


「コーリャ、オルロワ嬢に庭を案内して差し上げなさい」


と発した。

4歳の茶会を再現するような命令であった。

連れ出して逃げられない状況を作り、美しい庭園の中、王子が申し込み、伯爵令嬢が光栄なこととそれを受ける、夢見心地な筋書きが想像された。

何の約束もしていない妙齢の未婚の男女を2人きりにさせるとは何と強引で、王家とは思われない下品なやり方だとアレクサンドラは不快を覚えた。

名指された第1王子は従順に「承知しました」を立ち上がり、


「いかがですか、中の方はあの頃から大分様変わりしておりますよ」


と恭しく手を差し伸べた。

私には話したいことはない、と手を払い除けられたらどれほど良いか。

しかし相手は王家であり、決してそんな無礼は働けず、無愛想にもできない。

アレクサンドラが呼び出しの真意に気づいており、招いた方もそれを織り込み済みであるこの薄氷の状況で、伯爵令嬢の品位を保ち、しなやかに婚姻の拒絶を示さなければならない。

だとすればここは従うべきかと思う反面、侍女達が控えているとはいえ、母夫人を皇后陛下と2人にするのは非常に躊躇われた。

立ち上がらないアレクサンドラを何と思ったか、王子は身を屈め、しかし努めて近づきすぎないようにして、大丈夫、お話ししたいことがあるだけですと囁いた。

大丈夫、の方向が違うが、膠着した状況を動かすきっかけを失わないため、アレクサンドラは緩やかに立ち上がり、手に指先を乗せるふりをした。


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