第21話(2)
職員が詐欺に加担したという事実は速やかに世間が知るところとなった。
外で秘密裏に逮捕が行われ、曖昧な憶測が伝搬するよりも、庁舎内での逮捕劇であれば目撃者が情報を正しく流布するかもしれないと期待し、確かにある程度その通りにはなったが、それでも、信用を与えるはずの公証の存在意義が失われるとか、認証が真正かどうか疑ってかからなければ取引にならないと責任問題を問う声は、枯草に着いた火のように帝都内に広がった。
父伯爵は、貴族界を中心に火消しに回り、執務室に残されたアレクサンドラは、公証長代行の責務をこなし、手続の見直しを続け、そしてもう二度と不正が起こらないよう綱紀粛正を決意した。
ピョートルが零した、時にルーティーンには目を瞑る、という省略は、後で上役何人かに尋ねてみたところ、隠れてはいるが事実そのような違反はある、ということだった。
慣れによって、あるいは先輩達に倣って、そういう油断が積み重なってミスを招く。
複数確認の目的は何か、申請をその都度リストに書き込むのは何故か、最初は誰でも理由を知って始めるものが、だんだん疎かになる。
今回は明らかに故意であり犯罪行為であったため、それと違反とを並べて考えることは過剰だが、決められていないことをする、決められたことをしないことで生じる過ちは多いという記述は、書物の中で何度も目にした。
渦中にあって誰もが浮足立っている中、新しいことをしようとしてもうまく行かない、そうも書いてあった。
アレクサンドラは覚悟を決め、父伯爵とともに、庁舎の最も広い部屋に皆を呼んだ。
全員は入りきれず、上役と中堅と、若手は一部しか在室できない中、父子は初めに頭を下げた
今回の不祥事は、専らオルロフ家の監督不行き届きにより生じたもので、皆が後ろ指差される状況を招いたのは我々の責任である。
しかし同時に、未来の公証に同じことが起こらないように、ここで食い止める責務も我々は負っている。
「そのため、今皆に取り組んでもらっている手続の改善はもとより、基本のルールを守ることの再認識が必要だ。
各自、部署ごとに定められたルールが何のために存在するのか、それを意識して取り組んで欲しい。
使いづらいルールであれば変えることは吝かではない、しかし変更されるまではそれがどんなに不便であろうとも守らなければならない。
もし緩んでいるところがあるならば、これを機に改め、また自分の周囲にそのような例を見たならば断固として糺して欲しい」
アレクサンドラは、書物の続きを思い出す。
他方で、引き締めるべき時を逃すな、行うべき時に相手の顔色を窺っていてはいけない、と。
職員達は神妙な顔で父伯爵の訓示を聞いている。
忠誠心の強い者も、内心納得が行っていない者も、実はさまざまであろうが、それでもかつてアレクサンドラが説明するそばから拒否を示したように、無言で反抗を表明する者は誰もいなかった。
大人数の中で目立つからではない、相手が父伯爵だからだ、とアレクサンドラは礼儀通りに目を伏せながら嘆いた。
同じ訓示をしたとして、同じように皆の傾聴を得られる気がしなかった。
父伯爵とともに頭こそ下げたが、この場にいてただ佇んでいるだけで、矢面に立っている父伯爵の振る舞いを、自分が長を継いだ時に真似ができる自信はどこからも湧いて来ない。
未熟な上に、人を見る目はない。
でも、と彼女は上品に組み合わせた手の内で爪を立てて弱気と戦った。
冷静に理性的に立ち回った結果、真相を明らかにするという目的は達成できたじゃないか、ここまで来られたならその姿勢を貫き、公証長は私が継ぐという冷たい気持ちで懸命に前に進め。
負けるな、自分に負けるな、とアレクサンドラは何度も繰り返した。




