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公証長サーシャの通過点―巻き戻った今度は自分に負けずに生きる  作者: 蜂須賀漆


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第17話(1)

父伯爵が付けてくれた筋道を歩き、アレクサンドラは入れ替わり立ち替わり執務室を訪れる職員達と対話しながら見直しを進めていた。

特別な手当を約束されたことが、特に下の者には効いたかもしれないが、アレクサンドラに面と向かってどきまぎする者は多かったが、意見を述べ、異議を唱え、賛同する際は、少なくとも見た目は真剣に対応してくれていた。

普段の職務を置いて検討の席に着いてくれていることを思い、あまり時間をかけさせてはいけない、ときびきびと話し合いを進めた。

検討が必要な項目の数が多いのと、また部署間で折り合いが付かない時もあり、決してスムーズとはいかなかったが、アレクサンドラが一方的に押し付けたことで抵抗に合いじわじわとしか進まなかった以前と、進む速さは同じでも、前進はしているという実感があった。

また、アレクサンドラの案であっさりと決まることもあれば、予想外に欠点が上がって撤回しなければならない項目も出て来て、自分が思った通りにはならないことを体験として学んだ。


そう、自分の思った通りにはならない。

今アレクサンドラが送っているのは、巻き戻った後の生だった。

生まれ変わって別人になったのではなく、幼少時から生き直しているのであり、以前と異なるところはあるものの、主な出来事は巻き戻る前と同じように起きた。

アレクサンドラが意識して態度や行動を変えた場合は、そこから連続する出来事は起こらなかったり、前はなかった新しい事象が起こったりした。

しかし、事件は、そうはならなかった。


偽物の印章を本物とする証明書が発行され、それをもとに巨大詐欺事件が発生したと緊急の報告を受けた時、アレクサンドラの知性は最初に、何故、と理由を求めようとした。

原因を作った人物は、前と同じ女の職員だった。

この事件は、アレクサンドラの専制により職員間の士気に影響が出ていた中で、経験の浅い職員が他の者の支援を得られずとにかく慌ててしまい、確認を複数の目で行うという決まりを破り、その上見間違えたという不手際が積み重なった事件だった。

しかし少なくとも今は、そのような事案を独りで捌かせるような体制にはなっていないはずだ。

それなのに何故、同じ事件が起こったのだろう。

アレクサンドラが見逃した要素が働いているのかと、心臓が嫌な音を立てて鳴った。



まず原因者の上役が、聞き取り結果の報告に執務室を訪れた。

事の重大さに疲弊している彼は、部下がとにかく泣いて話が支離滅裂になり、事情聴取がうまくできない、とうんざりもしているようだった。

得られたのは、偽物の印章を本物とする証明書が発行してしまったのは事実のみ、後はどうしてこうなったか分からない、本当に申し訳ない、私はこれからどうやって生きていけばいいのだろう、という号泣に紛れてしまったそうだ。

その事実が何故起こったのかという点は不明なままであることに、さすがの父伯爵も、それでは情報が全くないのと変わらない、と上役を咎めた。

冷や汗混じりで萎縮する上役の姿を視線に収めながら、この場面は前とは異なると、アレクサンドラは考えていた。

巻き戻る前は上役、女性職員とピョートルの3人だった。

女性職員から聞き取りができなかったという事態はなかったし、この場に彼女が来ていないのも前とは異なる。

ピョートルが来ないのは、職位が上がっていないからだろうが、と思い当たってアレクサンドラは頭を振った。

彼が、女性職員を庇い"出しゃばる"かどうかは、今はどうでもいい、まずは確かめなければ、とアレクサンドラは自らが事情聴取を試みると申し出た。

女同士であれば少しは話しやすいのではないだろうかと思ってのことで、疲れ顔の父伯爵から快諾を得て、彼女は執務室とは別の、小規模な客間に、件の職員を何とか連れてくるようにと上役に申し付けた。


「決して叱ったりしない、話を聞かせて欲しいだけだと伝えてくれるかしら」


こちらも疲れている上役は承諾を述べて室を去り、アレクサンドラは客間へ移動して、メイドに飲み物と軽菓子を命じた。

客間は装飾が少なく、豪華な設えではない部屋を選んだが、伯爵家の持ち物であるため調度はどれも一流だった。

しばらく静かに待っていると、鼻を啜る音ともに控えめな靴音が近づいてきた。

扉の前で止まった後、気のせいだったかと疑いが浮かぶほど、何も起こらない時間が流れたが、声はかけずに我慢して待っていると、やがてほんの小さなノックの音がした。


「どうぞ」


できるだけ穏やかに響くように声を整えて呼び掛けると、至極ゆっくりと扉が動き、「失礼いたします」と目を真っ赤にした女の姿が隙間に現れた。


「お入りなさい。大丈夫よ、他には誰もいないから」


言ってから、補佐相手では大丈夫だとは思えないかもしれないと後悔したが、女はおずおずと入室して、アレクサンドラの前で肩を丸めながら直立した。

向かい側に座るように促すと、大人しく従ったその手には皺だらけになったハンカチが握られていた。

リーディヤと名乗るこの職員は、巻き戻ってからは初めて対面する者だった。

以前罰を宣告した時に見たため、顔は勿論知っているものの、まだ触れ合っていない者が残っていた、とアレクサンドラは早速事情を聞き出したいのをぐっと堪えて、飲み物を勧め、菓子は自由に摘まんでいいと皿を恐縮する彼女の前に押しやり、勤めて何年か、仕事の雰囲気はどうか、他の職員から支援は得られているかなど、他の者にしたのと同じような問いをするのに、少し長めに時間を割いた。

補佐のお嬢様から事情聴取を受けると思っていたらしいリーディヤは、困惑しながら辿々しく答えていたが、果実水のおいしさと、口にしたことのない上等の菓子の菓子に心も解れ、次第に落ち着いて来るように見えた。


「ではあなたはその子に助けられているのね」

「はい、ええと何と言ったらいいか、ユリアさんは姉貴分でございます。分からないところを、嫌がらずに丁寧に教えてくださいます。誰にでも優しくしてくれます」

「そう、所属の中心なのね。いえむしろ支え役、と言うべきかしら」

「支え役と言えば、ピョートルさんもそうでございます」

「……ピョートル?」

「はい、私達が仕事がしやすいように環境を整えてくださったり、手が回らない時は業務を引き受けてくださることもあります。今回も」


言葉を途切れさせたリーディヤは、握り締めていたハンカチを両目に押し当てた。

本題に入る前に彼女が泣き出してしまったことを捨て置き、アレクサンドラは思わず、「今回も、どうしたの」と身を乗り出した。


「今回も、手伝って、くださって、それなのに私、わたし」

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