第15話(2)
「もちろん、ニコライが望めば私が止めるところではない」
皇后の一言に、私室に招かれる特権を得ている、公爵家の夫人連はざわつきを隠せなかった。
幸いなことに、何が幸いかはともかく、現公爵家には子は多いが、第一王子と年齢的に釣り合う息女はおらず、ゆえにこの歓談は政治上、直接的な危険はない。
もっとも、それぞれが懇意にしている公爵未満の家まで広げれば、その点は不明瞭とはなる。
侯爵家以下の数は十分で、その中でもオルロフ伯爵令嬢は際立った存在ではあった。
皇后の発言に、慣例的に最初に応じているI公爵夫人が、「仰るとおりでございます」と口を開く。
満足そうに頷き、皇后は言葉を続ける。
「私は皇后として、誰がこの国の次の母となるかに心を砕かねばならぬ。そのため、厳しい目で資質を見定めるが、一方で殿下の御希望は最大限尊重して差し上げたい」
見回した貴婦人達は、もちろん諸手を挙げて同調する者もいたが、何人かは扇の陰で密かに見交わした。
その中からJ公爵夫人が、多少勇気を奮って躊躇いがちに、
「ですがオルロワ嬢は、将来公証の長を継ぐ者でございませんか」
と曖昧に意見を伝えた。
J公爵夫人はオルロフ伯爵の姉でもあった。
皇后は「それはもちろんそうだ」と頷いた上で、
「しかし、我が愛する殿下がもし心から望む場合に、相手は家名を継ぐ者だから諦めよということはあまりに酷であろう。そなたはどう思う」
と逆に聞き返した。
皇后は、J公爵家がオルロフ伯爵家と親族関係にあることは当然知っている。
次期ウリヤノフ侯爵が公証を狙っていることは、貴族界の隠れた常識として、王家も知るところとなっている。
アレクサンドラの相手探しが始まっていることも織り込み済みであろう。
それらを前提に、伯爵の姉であるJ公爵夫人の異議を一蹴しないということの意味を感じ取り、夫人は震えた。
要は、夫人からも弟伯爵を説得するように、というのが陛下の意図だと思われた。
「それは……そうでございますが」
「それにソルトモーレの王家こそが、我が国最大の家名であろう。どちらを優先すべきか言うまでもあるまい」
J公爵夫人が答えに窮した。
他の夫人達は、J公爵夫人が多少気の毒ではありながらも、皇后陛下は順当に、第一王子を次期国王に立てるつもりなのだと読み取り、それぞれの思いで沈黙を貫いた。
散会になった後、手にした重要情報をいち早く広めるべく、馬車を走らせるのだろう。
口さがない夫人達の力によって、今日のこの談話を公然の事実化してしまうことで、外堀を埋める策なのかもしれなかった。
皇后は
「公証は、陛下が与えた責務ではあるが」
と茶器を取り、唇を潤してから、
「適任がおれば他の者でも……のう。公証で些末な苦労を重ねて消耗するよりも、もっと大きなものを相手に力を尽くすのが良かろう。知恵でも容姿でも、ふさわしい者はそれほど多くはないゆえ」
と茶のついでのように呟いた。
(殿下はサーシャをお望みなのかしら。いずれにせよ早く伝えなければ)
J公爵夫人は、弟イワノフと、姪アレクサンドラの危機に胸を痛めていた。




