第11話(2)
オリガは、アレクサンドラ付きが長く、既に気心を知っている者であり、表情や反応から考えを察することもある程度は可能だった。
カリーナはまだ日が浅く口数は少ないが、喜怒哀楽が顔に出やすいため分かりやすい方だった。
一方、館の者達は、初めて顔を見るところから、と使用人達の様子を注視し始めたが、一朝一夕ではうまく行かないことにすぐに気がついた。
従僕や給仕など直接接する機会がある者には、挨拶の声をかけるなどしたが、基本接点はその時だけ、どんな者達なのか理解できるほどに長く交流するわけにはいかない。
料理人、清掃人、洗濯人のように、そもそも顔を見る機会がない者も多かった。
一方で執事は、短期間でも人物像を掴めた気がした。
お嬢様かつ次期当主に追従して、機嫌良く過ごさせ、とにかく印象を良くしようとする態度があからさまだった。
農夫婦から、過剰な税の取り立てをし、一部を懐に入れているという噂を聞いていたということも助けになったが、アレクサンドラの体調を心配し、療法をいくつも提案して来ながら、実のところは早く帰らせたいのだろう。
執事が発言している時の、他の使用人の表情からも、あまり好かれていないことが露骨に読み取れた。
公証の補佐ではあるが当主ではないアレクサンドラは、帳簿を検査する権限はなく、検査するから持って来るように命じるのはさすがに憚られた。
そこで父伯爵に、まもなく帝都に帰れそうだという近況とともに、不正の噂があるため早急に調査して欲しい旨を書いて送ってやった。
それから商業地区にも足を運んだ。
今回も同行した御者には、あの日の礼と詫びを丁寧に述べ、逆に恐縮させてしまった。
色合いも意匠も比較的地味な服を身に着け、地区の端で馬車を降りる。
今回はどうしても着いていくと主張するオリガを伴って、目抜き通りを歩き、教会前に出ている常設の屋台などを冷やかした。
それから商工会に寄り、身分を明かした上で、仰天するわ見とれるわで固まってしまった事務員に、公証の手続が必要な場合、オルトではどうしているのかを敢えて知らない振りで尋ねた。
慌てた事務長が商工会長を呼びに行き、奥の部屋から文字通り転がり出てきた商工会長に、下にも置かぬ扱いで応接室に通され、頭をしきりに下げ続ける相手に、アレクサンドラは突然の来訪を詫びつつ宥めた。
大分時間をかけて落ち着いた会長に、ありのままの現状と、それに対する忌憚のない意見を聞かせて欲しいと頼むと、禿げた頭の汗を拭きながら話す内容は整然としていた。
実は、公証を司る家のお膝元なのに、帝都まで行かなければならないことの不便の声は寄せられている。
利用に手間を惜しんで、取引が破談になるケースがあり、大きな取引ほどその数が増える傾向にある。
領内での取引なら顔馴染み同士で公証の認証が要らないことがほとんどなため、経済の規模が拡大していかない。
他地域でも似たような話を聞いており、オルトにとは行かなくとも、広大な帝国内に何か所か、少なくともあと1か所は公証の窓口が欲しいところである。
商工会を訪れたのは確認のためだった。
あの時マリアから、お嬢様は将来公証のお偉い方になりなさるなら、お嬢様から認証を頂いたりはできないだろうか、という尋ねがあった。
御者が怒声を上げる前に、ミハイルがそんなことができるわけなかろう、と妻を叱責した。
聞くと娘夫婦が帝都へ出かけた理由は、認証を得るためだという。
片道1日半、途中で宿泊を要するため、時間も費用もかかる、認証が必要なのは貴族様も平民も同じだが、貴族様は帝都に住居があるが、平民は必ずしもそうではない、負担は平民の方が大きすぎる、というマリアの懇願を受けた。
アレクサンドラは、私は今後ずっとオルトに滞在できるというわけではない、ただ、今すぐにというわけにはいかないが、不便の解消ができるよう取り計らうことを約束したのだった。
作物は領主に納め、徴税分を差し引かれて代金相当額を払われるため、商取引は日用品や農業資材の購入など、頻度が比較的少ない農民から苦情が上がるということは、商人なら尚更ではないか、推測して裏付けを取りに来たのだったが、案の定だった。
会長にも、要望は把握した、できるだけ希望に沿えるよう検討すると伝え、感涙を催させながらアレクサンドラは商工会を後にした。
自分を"改善"するだけでなく、公証自体の改善もまた必要だと改めて分かったのは収穫だったが、同時に来られるとなかなか頭が痛いところだった。
しかも今の依頼は、公証を受けられる場所を増やすという、最高の方々にお伺いを立てなければならない難問である。
当然、その前に父伯爵の承諾も必要だった。
隣にオリガが座っているため、あまり深刻な様子を見せるわけにはいかず、帽子のつばの下だけで細い息を吹く。
帰途の馬車に揺られながら、オリガが、オルト住まいの御者には聞こえないように囁いた。
「オルトの商業地区は、何と申しますかこう、素朴でございますね」
「まあ、包んだわね。主要都市ではないから、あんなものではないかしら。帝都の賑わいが恋しい?」
「賑わいという点では、まあ……そうでございますね」
返事を濁したオリガに、やはり早く帝都に戻りたいのだろうと察する。
アレクサンドラ自身も、いつまでも領地に留まっているわけにはいかなくなったため、腹を括るのにはちょうど良かった。
やがて、馬車が館前に停まると、道を聞くついでに購入した焼き菓子を、礼とともに御者に手渡して、馬車を降りた。
御者にはまだ長丁場に力を貸してもらわなければならない詫びもあった。
着替えて部屋に落ち着いたところで、アレクサンドラは執事を呼び、可能であれば明日、難しい場合でもできるだけ早く帝都に向かって発ちたい、と旅程の準備を頼んだ。




