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暗い部屋に、ふわりと光が集まっていく。
その中心に、千鶴――いや、魔女ベルーナの姿があった。
強制召喚の余韻がまだ残っていて、膝は崩れ落ちたまま。
けれどそこに、冷たい視線がいくつも注がれていた。
部屋の奥に浮かぶのは、魔女界の上層部――“大魔女たち”の幻影。
「よくやったわ、ベルーナ」
「ルゼリアの処理、確かに確認した」
「魔女界にとっての失態を、一つ償ったことになる」
無機質で、賞賛というにはあまりに冷たい声。
千鶴は、何も言わず、ただ黙って下を向いていた。
「――褒美を与えるわ」
最も中央に浮かぶ、大魔女の一人が口を開く。
「望みはなに?
あなたには、一つだけ願いを叶える権利がある」
千鶴は、息を呑んだ。
(……願い?)
頭に浮かんだのは、蒼真のことだった。
キスのときの、やさしい声。
あの温もり。
(……でも……)
あの人の気持ちが変わったら?
やっぱり魔女なんて怖いって言われたら?
今度こそ、心の奥まで拒絶されたら?
不安が、胸を締めつけた。
膝に置いた手が、震えていた。
「……早く言いなさい」
「まさか、ないとは言わないでしょう?」
「あなたのような中堅の魔女が、“最後の任務”を生き延びてきたのよ?」
冷たい声に、かすれた声で千鶴が口を開いた。
「……あの、」
「……人間界に……」
言葉が詰まる。
視線を上げることはできなかった。
「人間界に……永住させてください……」
静寂が訪れた。
あまりにも小さく、震えた声だった。
でも、その願いは――確かに、そこにあった。
「……理由は?」
問いかけに、千鶴は唇を噛んだ。
心の中は、不安と迷いで渦を巻いていた。
それでも、答えは――
「……好きな人がいるから、です」
蒼真は千鶴に苦しいほど気になると伝えてくれた。
それは誰かにとっては取るに足らない言葉かもしれない。
でも、千鶴にとっては――自分の存在を初めて“揺らがせてくれた”言葉だった。
「彼は……確かに、私を見てくれた。私を思ってくれた。
私も……その人のことが、気になって……苦しくて、でも……それでも、嬉しくて……」
涙が、静かに頬を伝う。
それでも、彼女ははっきりと顔を上げて言った。
「……私は、その“気持ち”を、信じたいんです」
それは、魔女としてではなく、
一人の“女の子”としての、初めての“願い”だった。
しばらくの沈黙のあと――
大魔女の一人が、冷えた声でぽつりと呟いた。
「……ふうん」
それは、嘲るでもない。
かといって、共感でもない。
まるで“想定内の異端”を目にしたような、そんな無機質な声音だった。
「そんな、曖昧なものを信じて、人間界に永住したいと?」
「相変わらず――魔女らしくないわね、あなた。」
軽くため息のような音が空間に響いた。
そして――
「……いいわ。許可する」
その声には、重みも、喜びもなかった。
「勝手にすればいい。
元より、“戻ってくる”場所があるとも思ってないのでしょう?」
「好きに暮らしなさい。
ただし、“もう魔女界に頼るな”――それだけは、肝に銘じておきなさい」
千鶴は、そっと頷いた。
震えていた体が、少しずつ力を取り戻していく。
そう――ここはもう、帰る場所じゃない。
あたしが、戻りたいと思った場所は――別にある。




