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第二話 スカウト

「……ふぅ、……ふぅ」


 荒くなった息、滲む汗、左手に握った鉄骨は聖鮫を殴った反動を受けそれがアールの身体に響いている。鉄骨の先は朱に染まり、6歳の少女が見るには些かグロい状況だ。


「……お、お兄」


 アールの服にも返り血が染み込む。月明かりのみ輝く夜が十八禁の様相を和らいでいる。


「大丈夫か?アム」


「……うん!アムは大丈夫だけど……お兄、その手……」


 鉄骨を持っていないほうの腕からは大量の血が滴っており、正直動かすのもやっとだ。


「んっ!お、おう!お兄はムキムキピンピンだからなんてことないぜ!」


 妹への強がりか、はたまた戦闘でのアドレナリンかは分からないが、わざわざ右手でムキムキを表現しようとブンブン振り回している。どこから出血しているのか肉眼では確認できないが、どうやら肩らへんから違和感を覚えているようだ。ギュッとアムに握られたイワシのぬいぐるみが不気味な光沢を持った瞳でアールを見つめている。


「あ!そうなの。この子が守ってくれたの」


 そう言い、イワシのぬいぐるみをアールの顔の前に突きつける。


「……これはサバだっけ」


 ☆イワシよ。


「ああ、イワシか」


「そうなの!モコちゃんがアムを守ってくれたの」


「……?モコちゃん?」


「モコモコしてるからモコちゃん!……あれ?」


 そう言ってるそばからモコちゃんが徐々に小さくなっている気がする。大きさだけではなくフワフワ具合も少なくなっているようだ。中に入っている綿の量が減っているのか綿の弾性が下がっているのかは分からないがとにかく「弱くなっている」。鰯だけに。


「ちっちゃくなっちゃった……」


「……ちっちゃくなっちゃったな」


 どちらかと言うと元の大きさに戻ったのだが、なぜかアムはものすごく落ち込んでいる。


「おい、シュンとすんなよアム!ちっちゃくなってもサバはサバだ!」


 ☆イワシだって


「……イワシはイワシだ!」


 アールは改めて辺りを見回して状況を確認する。空の月と水面に反射するその月のみが光る不気味な光景はこの先の未来を暗示しているかのようで、アールの視界は霞み始める。気がつけば身体は倒れ、空だけしか眼に入れられない状態になってしまった。それはそうだ。聖鮫を倒したとはいえ、アールも致命傷を負っている。血を流しすぎているのだ。立てているだけでも奇跡の状態だ。そしてそのまま意識は失われ、アールは夢の中へ落ちていった。


「「アール、しばらく良い子に留守番できるか?」」


(と……父さん?)


「「ごめんねアール。必ず帰ってくるから、アムのこともお願いできる?」」


(母さんまで、どうしてここに?)


「「父さんたちはちょっと遠くに仕事に行かなきゃいけなくなってしまってね、本当にごめんな」」


(……俺の声が聞こえていない?)


「「この仕事が終われば、その後はずっと一緒よ」」


 そう言い、二人の男女が背を向けて歩いていく。


(待ってよ!父さん!母さん!どこ行くんだよ!俺も連れてってくれよ!……俺を置いていかないでくれよ!!!)


ガバッ!!


 強制的に現実世界に戻される。起きた場所は見慣れた部屋、アールとアムの家だ。自分の布団に寝かされていたことを知り、あの入り江で意識を失った後の事を考え始める。額と握っていた掌には汗が滲む。悪夢ほど目覚めが悪いわけではないが、まあ、種類としては良い目覚めとは言えないだろう。


「おう、起きたか少年」


 右側から男の声がした。この家から男の声と言えば友人であるテキラだが、彼と比べるとその声はかなり低くいわゆるダンディな感じに聞こえる。聞き馴染みのないその声の方向に顔を向けると、アールの知らない男が座って本を本を読んでいた。


「……」


「どうした?声が出なくなったのか?」


 瞬きが増える。人間というのは案外驚きすぎると無反応になるというのは本当のようだ。それか、一気に驚くために溜めているのかもしれない。


「……誰だお前!?」


 後者だった。その大声はギャグ漫画なら家の屋根が飛び上がるほどだ。


「お前をここに運んだ奴になんて言い草だ」


「え?」


 全く思い出せない入り江で意識を失った後、この男がアールを家まで運び込んだようだ。アールの身体をアム一人で運ぶことはできないと思っていたがこれで辻褄が合うようになった。


「あの入り江で?」


「ああ、でかい鮫は倒しておいたぞ」


「ありがとう…いや倒したのは俺だろ!うっ……」


 完治していない状態で大声を出したことで傷口が開いてしまった。巻いてあった包帯に薄らと血が滲む。そこで気がついたが右腕はがっつり固定されており動かせない。怪我で動かせないのか固定されていて動かせないのかは今の時点では分からず、ただ痛みが右腕を通じて全身に回る。


「まだ治りきってないんだ、安静にしてろ」


 低く穏やかな声が余計に響く。


「いやいやいやいや、てか誰だよおっさん!」


 痛みに耐えながら振り絞って出した精一杯の声が漏れる。そこに、アムが入ってきた。


「あ、アンバーさんおはよー、あ!お兄起きた!」


「おう、おはようアムちゃん」


「なんで仲良くなってんだお前ら……」


 アンバーと呼ばれる男にアムは果物の桃を渡す。


 ☆朝の挨拶は大事よね。


(……あのおじさんマジで誰なんだよ)


 ☆相変わらずの記憶力よね、会ったことあるわよあんた。


(え?)


 ジッと男の顔を見る。どこにでも居そうな顔立ちだが、衣服の上からでも座った状態からでも分かる筋肉質な身体つき、そしてその姿勢の良さがどうも田舎の者ではない雰囲気を纏っている。顎髭も申し訳程度に生えているが丁寧に手入れされているのか毛並もいい。チラッと見える両拳にはマメができており、ゴツゴツとした男らしい出で立ちだ。


「お兄、アンバーさんに助けてもらったんだよ?お兄が倒れちゃった後、ここまで運んできてくれたの!」


「……ああ、それは聞いたよ……」


「鮫も倒した」


 アムから貰った桃を頬張っている。


「だからそれは俺だって……」


 もう声でねぇよ、と苦い顔をしている。


「おお、起きたんかアール、お、おはよっすアンバーさん」


 許可なくテキラが入ってきた。


「おう、おはよう」


「……なんでお前も仲良くなってんだよ……」


「聞いたぞお前、鮫に負けたらしいな」


 ガハハと大声で笑っている。憎たらしい顔だ。


「……負けて…ねぇって……」


 もう突っ込む気力も失われかけている。


「てかお前!アムちゃんを見つけたんならちゃんと俺に教えろよな!ずっと探していたんだぞ!!」


 身に覚えのない(ある)怒りを向けられている。聖鮫との戦いの後、そのまま意識を失ってしまっているのでまあ見つけたことは教えられなかったのも無理はない。あの後、男がアールを背負いアムを連れて歩いているところをテキラと遭遇しアールが起きるまで看病を手伝っていたという話だ。


「お兄大変だったんだよ?4日も起きないんだもん」


「熱も出て本当にヤバかったんだぞ?」


 アムとテキラに凄まれるアール。それを見て桃を食い終わった男が口を開く。


「……ご馳走様」


 深呼吸をしながらアムの心配そうな顔を見つめる。


「……そうか、俺は4日も寝てたのか……」


 そう、4日も寝ていた。


「……4日?!痛っ!」


「寝過ぎだぞお前、こっちは待ちくたびれてんだ」


 また痛みが走るアールにようやく男が話しかける。アールが目を覚ますまでずっと3人で看病を続けていたのだろう、だからこそのこの中の良さと結束力だ。


「……待ってた?だからおっさん一体何者なんだよ」


「なんだ、覚えてないのか?会ってるだろ、桜全戦(オールブロッサム)で」


「大会で?」


 ☆そ、大会で会っているわよ、あなたがボコボコにされた相手。


「……ボコボコ」


「第200回優勝者、リノガルド・アンバーさんだ!」


 そう、この男はアムがいなくなったあの日の昼に行われた桜全戦の優勝者であり、決勝でアールが負けた張本人なのだ。


「ってことは、王国の兵士ってことか?!」


 アンバーはアムに追加も桃を貰っている。


「オーストレンブラント王国中心護衛隊第二隊隊長リノガルド・アンバーだ、よろしく」


 そう言ってなんの前触れもなく桃を持っていない手を差し伸べる。その間も桃を頬張りモグモグしている。


「……なんだよこの手」


「握手だ」


「どういうつもりだ。何が目的でここにいる?」


 アールの顔色が一気に変わる。敵を見る目だ。


「どういうことだ?」


「中心街の、しかも国の護衛隊の隊長がこんな所まで何の用だって聞いてんだよ!」


 拍子抜けした顔をアンバーがしている。アムも急に怒りを露わにする兄に対して多少の恐怖を感じている顔をしている。


「待て、俺は敵ではない。だから友好の印として握手を……」


 差し伸べた手をアールが叩く。


「それは悪手だぜ隊長さんよ。俺を怒らせに来たのか?」


 睨みを利かせるアールにアンバーも言葉を失ってしまった。


「大会の件か?それはすまない、勝ってしまって」


 火に油だ。


「……!」


 ただ、今の身体の状態ではなんの攻撃もできない。プラス、多分戦っても勝てないとアールの脳が判断したのかピクッと動く身体を精一杯の気持ちで止める。


「……待ってたっつったな、何しに来た」


「……これ今、話していい流れか?」


 どうやらアンバーは空気が読めない男らしい。


「聞いてんだから答えろ」


「……王国に君を連れて行くためだ」


 その時までアールの怒りと温度差のあったアムとテキラも一瞬息を飲んだ。


「……こいつ、何かしました?」


 テキラはアールが何か投獄級の悪に手を染めたのかと疑っている。


「お兄、王様になるの?」


 アムは目を輝かせ国王になったアールを思い浮かべている。


「いや、どっちも違うな」


 ホッとしたテキラと残念がるアムの対比が面白い。当事者のアールは人一倍内容に耳を傾けている様子だ。では、王国の護衛隊長の一人は何をしにこんなクソ田舎に出向いてきたのか。


「……どうでもいいよ」


「えっ?」


 テキラもアムも声が出る。アンバーに関しては眉だけ動かして声は出さなかった。そのまま不完全な身体を起こし、立ち上がり布団から出る。扉に向かって歩き出し家の外に出た。その後ろ姿は覇気がなく、好戦的であるアールの性格とは反対のオーラを纏っている。


「おい、どこ行くんだよアール!」


「……散歩」


 いつも馬鹿っぽいアールが珍しく真面目だ。


「待ってよお兄!」


 アムはアールを追いかけ家を出る。アムの歩幅が狭いのかアールが早歩きなのかは分からないが、その差がなかなか縮まらず、ドンドンと家を離れていく。アムの呼びかける声も聞こえなくなり、家にはテキラとアンバーの二人きりになる。


「どうしたんだ彼は」


「あの兄妹は小さい頃に両親が居なくなってますから、思うところもあるんじゃないですかね」


「……それは知っている」


「え?」


空気を読めない男がどんどん空気を読めなくなっている。


「……知っていて来たんですか?」


「ああ」


「それに王国が関わっていることも?」


「?……ああ」


「……あのアンバーさん」


「……?どうした?」


「本当にこんなとこまで何しに来たんですか?」


 真剣な面持ち。友人に降りかかる謎が気になるのは当たり前のことだろう。ただその声には怒りが含まれているように感じる。その目も憤怒に包まれている。


「……簡単に言えば、スカウトだ」


 その気配には全く気付いていないのか淡々と受け答えする。


「……スカウト?」


「護衛隊への、な」


 不思議そうな顔をテキラが浮かべる。確かにアールは強い。大会でもこの辺では敵無しで、正直ほぼ無敗だった。それは齢16歳という観点からも優れた戦いのセンスを持っている証拠だ。ただの身体能力が桁外れなのは間違いない。ただ、話の流れが急展開すぎるのだ。


「でも、大会で一度戦っただけでアールを勧誘しに?それにわざわざこんな外れた町の大会に出るって事は、最初からこの場にスカウトする対象がいたということなんじゃ……?」


 ジッとテキラの目を見るアンバー。何か言おうとするが言葉を選んでいるのか一拍テンポが遅れる。


「……アイザックという町に、とても強い少年がいると聞いてな」


 やっと出た言葉がこれだ。


「それだけで、ですか?」


「あぁ、一目見ておけという王からの命令もあって来てみたら、桜前戦という大会があると聞いて俺も参加してみたくなった」


 なにを戦闘狂みたいな、と声が漏れるが、その肉体を見ても戦いが好きなのは明らかだ。


「……それは両親のことは」


「一切関係ないと伺っている」


 馬鹿は馬鹿なりに考えているのだろうかテキラの険しい顔がそれを物語っている。


「戦った今でも、あいつを勧誘するつもりですか?それとも王の命令だから仕方なく連れて行く?」


「……王の命令は俺の一存では背けないからな」


 冷たい言い方に聞こえるが、それが王国の護衛部隊の在るべき姿だと思う。上司の命は絶対、これはどこの集団にとっても当たり前のことだ。


「そう……ですか」


 テキラの欲しかった答えではなかったのか、少し肩が落ちる。


「ただ」


 そこに間髪入れずアンバーが差し込む。


「ただ、彼には才能がある。それは対局した俺自身が感じた率直な意見だ。戦い方はまだムラがあるが、鍛えればまだまだ成長が見込める。そう感じた」


 落ちていた目線を上げ、アンバーの目を見る。そしてテキラの口元が緩む。4日前のあの日、あの入り江でアールが気を失い倒れたとき、アンバーは草陰にいた。国王への連絡を終え、アールとの接触を試みようとしたとき倒れたので、そのまますぐに駆け寄ることになった。アムは倒れた兄に優しい声をかけ続けていたが当然アールからの返答はなく、急激に寂しさに襲われ泣く寸前だった。そこにアンバーは駆け寄った。光が弱まったアールの左手の甲に目をやり、アールの姿を確認する。


「……やはり彼は…」


「お、おじさん誰?」


 すぐに振り向き、アムを確認する。


「国の兵隊だ。お嬢ちゃん、この少年はお兄ちゃんか?」


「うん、アムのお兄」


「そうか、ここは危ない、家まで送ろう」


「お兄、どうしちゃったの?」


「疲れているんだろう、休めばすぐに良くなる」


「良かった!おうち帰る!」


 そう言ってアムは振り返り帰路に立とうとしている。その瞬間、アンバーの背中に大きな影が覆う。さっきまで倒れていた聖鮫が起き上がり、反撃にでる眼をしている。標的を倒れているアールとアンバーに絞りめがけて襲い掛かった。その瞬間だ。


(まだやるつもりか?)


 そう言っているかのように聖鮫の尖った眼を睨み返す。そしてこう続ける。


(お前はこいつに負けたろ、それともなんだ?ここで息の根を止められたいのか?)


 開いた口が塞がらない。だから時間をかけてゆっくりと歯を食い縛り、鮫ですら息を飲んだ。生態系において人間よりは鮫の方が上だという聖鮫の常識が今この瞬間塗り替えられた。ここで湖に帰らなければ確実に殺される。自身のプライドよりも命の大切さを真に感じさせられてしまったのだ。そう思った聖鮫は背は向けずとも後退りをし蒼穹の湖へと沈んでいった。


「……さすがにこのまま王国に帰るわけにはいかないか」


 聖鮫など最初から居なかったと言わんばかりに冷静なアンバーはアールを背負い、家路についた。その帰り道に先にアムと会うことができたテキラとすれ違いそれから4日、三人でアールの看病に励んでいたということだ。その間にアンバーはテキラに入り江で起こっていたことだけは話し、アールの手の甲の紋章については説明せずにいたのだった。だからテキラはアールの手の甲が光った事を知らない。


「彼の手の甲は見たことがあるかい?」


 テキラに見つめられたアンバーはあの夜のことを思い出しながら話し出した。


「手の甲?」


「あぁ……いや、身に覚えがないならいいんだ」


「……?」


 友人にすら話していないということは本人にも自覚がないということか?という疑問が生まれたと同時にそろそろ俺も彼を探しに行こうかと言わんばかりに立ち上がった。


「ああ、いいですよ行かなくて。あそこの兄妹、喧嘩したときどっちかが家を出て行くのが決まりみたいなものなので、当事者たちにちゃんと解決させましょ」


「……今回は俺が当事者にならないか?」


「細かいことはあの兄妹には関係ないんですよ。外はまだ明るいし、アムちゃんを信じて俺たちはここで待っていましょ」


 桃、剥いてきますよ、とテキラが外に出る。ルシュテイト家に一人取り残されたアンバーは王国の護衛隊としての任務であるはずなのにこんなにのんびりしていていいのだろうか、そう思い始めてはいるがここで待とうと言われているので大人しくすることにした。そして、当の兄妹たちはと言うと…


「……」


 先に家を出たアールは、4日前聖鮫と戦った入り江で水平線を見つめていた。夜とは違い、昼の湖は穏やかであり、よく晴れた青空と双璧を為すほど綺麗で鮮やかな水色をしている。考えているのは先ほど夢で見た父と母のことである。


「……なにしに出てきたんだ……」


 ☆アンバーの国に連れて行く発言により勢いで出てきてしまったアールだったが、内心は飛び起きたきっかけとなったあの夢のことが頭から離れず、冷静になりたいだけであったのだ。


(……言うなよ)


 ☆珍しいわね、脳天気なあなたがそんなに悩むなんて。


(……家を出てってからもう5年近く経ってるってのに今更俺に何の用だって話だ)


 ☆まあ私は何を見たのか共有されないから詳しくは分からないけど、夢で見たのは本人じゃないんでしょ?


(……分かってるけど)


 ☆ほら、慰め役が来たわよ。


 そう言われ後ろを向く。そこには一生懸命追いかけてきたのであろう若干息の切れたアムの姿があった。ただ、なぜかは分からないがアムの顔はキラキラで溢れている。


「アム……」


「お兄!早いよ!」


「ごめんごめん、帰ろっか」


「……?もういいの?」


「うん、いいんだ」


 そう言うアールの顔は未だに曇ったままで、その心情をアムは鋭く見抜いていた。


「うそつき!」


「?!……うそついてないって」


「うそついてる顔してるの!隠し事したって無理だよ!」


 突然に6歳児の発言に脳が追いついていないアールは、次の言葉が出ないまま固まってしまった。ときどき、これぞ妹と言わんばかりの自由奔放を繰り出すアムではあったが、今のこの会話を見て分かる通り今日はその妹感が度を超えている気がする。


「悩んでるんでしょ!」


「……!?」


 見透かされていた事への恥ずかしさなどは全く感じておらず、アムに自分の気持ちを推し量る力量があったのかという驚きに溢れた顔をしている。


「なんでそれを?」


「アムはお兄の妹だよ!なんでもお見通しなのさ!」


「……アム」


 兄としての不甲斐なさ、そんなものを感じているのかアムの顔を見て微笑むアール。ここでようやく妹に見透かされた恥ずかしさがこみ上げてきてまた言葉に詰まる。アムは父も母も姿は疎か記憶にすら残っていない。両親が家を出たときまだ1歳にも満たない赤子であった。だからアールの脳内葛藤は話しても理解はされないだろうし話したところでこの子に解決できる問題ではないとも思っている。


「俺は……」


 やっと口に出た言葉は突然の返答により掻き消させる。


「王様になるのは大変だよね!」


「……」


 確かに、さっきからアムはずっと言っていた気がする。


「……王様?」


「そうだよ!アンバーさんがお兄に会いに来たのは王様にするためなんでしょ?」


 アールの瞬きが多くなる。唖然としている事を表す古典的な表現だ。


 ☆なんて脳内がキラキラした子なのかしら。


(……俺もさすがにビックリしてる……)


「フハッ笑」


 笑いが声に出てしまった。その兄を見て今度はアムがビックリしている。


「どうしたの?お兄」


「え?……いや、そうだな……」


 頭の中の両親の顔が薄れていき、やがて消える。脳内に存在しているのは可愛いアムの顔だけだった。


「王様になるか……」


「……!ほんと?!」


 一瞬にしてアムの顔が明るくなる。いままでの顔が明るくないわけではないが、相対的に暗かったのではないかと思うほど今が明るい。


「なれればね」


「なれないことあるの?!」


 あるだろ、と二人で笑いながら入り江に座り込む。他愛もない兄妹の会話。お前ここでいつもどんな会話してんだよ、という台詞をを皮切りにアムが小魚たちとしゃべり出す。その状況を見て驚きはするも「まあ、アムならできるか」という謎の納得と共に落ち着いていく。その後も穏やかな湖を見ながら会話が続く。全く気付いていなかったが、アムはずっと右手にモコちゃんを抱えていた。


「ああ、待ってそろそろ帰ってご飯の準備しなきゃ!」


 夕日が沈む。


「今日は人数も多いんだから早く帰るよ!」


 来たときとは逆に今度はアムがドンドン先に進んでいく。その後ろ姿を、夕日を背に見るアール。その目は自分の人生のこの先を見据えているようでもある。そしてそこで思い出した。


「……あのおっさんは俺になんの用なんだ?」

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