6.貴族の無理難題
二日後の朝に拠点を出発して、領主の館の前に到着したのは昼前だった。
特に恰好に気を使うつもりはなくいつも通りの普段着だが、一応手に唾をつけて髪の毛を撫でつけ、服のしわを伸ばしてみてから、門の前に立つ衛兵に話しかけてみる。
「どうも」
「ん…なんだ?」
いきなりそこら辺の一般市民が話しかけてきた事に、二人の衛兵が少し驚いた様子を見せた。
「いや、古い磨かれた鎧のおっさん騎士に『今日の昼に領主の館に来るように』って言われて」
俺の大して似ていない物真似で、合点が行ったような表情になった二人の衛兵は「あぁ」と声を出すと、俺を門の中に案内し、そのまま屋敷前でメイドに引き継ぎ、メイドは自分を応接間のような場所へ通した。
綺麗なメイドの綺麗な尻の形に目を奪われて周りを見ていなかったのだが、応接間に通されると立派な作りの部屋と、自らの権力を誇示するかのような様々な珍しい品が、所狭しと飾られていた。一つ一つが見た事のない物で、眺めずにはいられない。
「時間通りだな」
声を掛けられて振り返ると、そこには酒場で会った騎士が立っている。
「断れないんだろ?」
「あぁ、そうだ。剣を預かろう」
「はいよ」
脇に立っていた若い騎士のひとりが前に進み出ると、剣を受け取りまた壮年の騎士の横に並ぶ。「一応他に武器がないか確認させてくれ」と言われ、もう一人の騎士が俺の体を確かめた。
「では、行こうか」
特に何を喋るでもなく歩く廊下には、俺達が地面を踏む音が良く響いていた。
「お連れしました」
通された部屋には二人の男がいた。椅子にゆったりと座っている身なりの綺麗な男が領主で、隣に立つ男が家令だろうという事は見ただけで分かる。領主の貴族は騎士と同じく壮年の男で、やわらかい表情をしているが、どこか信用できない雰囲気をしていた。
「掛けたまえ」
「はい」
俺が椅子に座ると共に、後ろの扉が閉まる。若い騎士二人は出て行き、この部屋の中には領主と騎士と家令と俺の4人のみとなった。領主から品定めされるような視線を向けられて、無言の時間が過ぎる。その沈黙に耐えられず、思わずこちらから口を開く。
「森の梟団の団長をやってるブライトだ」
「あぁ、知っているよ。年は若いがやり手だと……19だったかな?」
「そうだ」
「息子と同じ年だよ」
その後もしばらく世間話が続いた。貴族独特の迂遠さなのかは分からないが、少なくとも本題でない事は分かる。
「……それで、お貴族様が傭兵なんていうゴロツキに何の用なんだ?」
「もう、本題に入るのか?もう少し市井の話でも聞きたいのだが」
「もう十分話しただろう?」
口をへの字に曲げて少し不服だが納得したような表情をしていた領主は、次の瞬間に獰猛な猛禽類の様な目をこちらに向けた。その表情の変化に思わず息をのむ。
「フクロウのブライトよ……君の傭兵団には、北の森に巣食う魔女を始末してもらいたい」
「……魔女?そんなのが居るなんて聞いたこと無いぞ」
俺はこの街にはそこそこ長い期間腰を落ち着けているし、酒場にも通って常連と話しているが”魔女”がいるなんて話を聞いたことが無かった。
「そうだ、魔女だ。まぁ、正確に言えば女の魔術師が北の森に半年前位に住み着いたんだ」
「じゃあ……俺達にその魔術師を殺せと?」
「あけすけに言えば」
魔術師を相手にするなんて冗談じゃない!絶対断らなければいけない依頼だ。
そもそも魔術師は数少ない才能がある人物しかなれないもので、その戦力は上位の魔術師となれば500人の兵士を用意して何とか対抗できる。ひよっこだとしても、たった30人しかいないウチの傭兵団で何とかなる相手じゃない。
「そもそも魔術師は、大事な戦力として国に管理されてるんじゃないのか?それを勝手に殺そうものなら、俺たちは間違いなく首と胴体はお別れするし、なんなら領主さん、あんただって危うい」
「それが構わんから言ってるんだよ。その魔術師は国の管理から逃げたんだ」
「はぁ、だとしても俺達は30人ぽっちだ。絶対他の奴に依頼した方が良い」
絶対依頼を断る為に必死に頭の中で言い訳を探していたのだが、領主の次の言葉に更に追い込まれてしまう。
「私たちも最初はそうしてた。だが、その男達が北の森で襲撃されて全滅した」
ここで話が見えて来た。多分その襲撃された男達は、自分が盗賊の討伐依頼で倒した奴らだ。
「あれは!!…あれは正式な盗賊討伐の依頼だった!文句があるなら鉱山組合に言ってくれ!」
「そうだ正式な依頼だから、君を見つけるのに時間がかかったんだよ。君の立場は侯爵の私兵に手を掛けた罪人だ」
「お…おい、ふざけんな!」
「なに、別に依頼を受けてくれればそれでいい」
「断ったら?」
「君だけじゃなく……な?分かるだろう?」
どうやら団員も全員まとめて処刑するつもりらしい。これは依頼じゃない……脅しだ。
だが、ここで「ハイハイ良いですよ」という訳にもいかないのだ。我々にも生活がある。
「分かった……分かったが報酬は貰えるよな?元々その私兵とやらに出すつもりだったやつだ」
「何を贅沢なことを」
「俺達にも生活があるし、依頼の報酬が無けりゃ団員もついて来ない。成功率を上げるには必要だ」
「……ふん、まあいい。成功報酬6000レナールだ」
「危険に釣り合わない気がするが、ここで金額交渉するほど命知らずでもねぇ。それでいい」
「期限は冬に入る迄だ」
「……分かった」
話が纏まり、領主の館を出た後も生きた心地はしない。退いても地獄で、進んでも地獄なのは目に見えていた。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。