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七分の三
「最後にもう一花、世界に羽ばたく若者を育てるんじゃ!」
同時に、この依頼は稔侍翁の悲願でもあるのだ。
旧国立競技場の解体現場に突如現れた、巨大なグラフィティー・アートは価値も推されぬままに取り壊された。
以来、表立った活動を残していない『やつがれトンキー』……。
その儚さが共感を呼び、世界中の創作家の意欲を掻き立てた!
アンサーアートやオマージュは、彼を表舞台に引っ張り出すメッセージばかり、中には喧嘩口調のものまである。
公にされていないが、当時、解体作業中断に奔走した人物が一人いた。
稔侍翁だ。
だが、国家事業の既定路線が簡単に覆ることもなく、作業は続行されてしまう。
最終的には、一部でも残して新たな競技場として生まれ変わらせる案も提唱したが、頭の固い招致委員会に提案ごと握り潰された。
彼ら曰く、「悪戯書きに割く予算は無い」とまで言われて……。
この発言は、後に次大会の開催都市パリの招致委員会から『愚かな発言』と非難され、白日の下に晒される。
フランスで絶大な影響力を持つ『お孫さん』のロビィ活動が挙げた賜物だった。
つまり、曰く付きの相手なのだ。簡単に折れる筈がない!
しかも、相棒は『真贋鑑定士』、昔者は胸の高鳴りを抑えきれなかった。




