ロアン、ごめんなさい。私は行くわ……婚約は破棄しましょう。あなたは幸せになって……
「ロアン、ごめんなさい。私は行くわ……婚約は破棄しましょう。あなたは幸せになって……」
なれるわけがないだろう!泣きながら何を言い出すんだよ!?ふざけんなよ!?
俺はロアン。この神殿都市最強の魔法剣士で、幼い頃から大好きだった優しく美しい聖女エルミアの婚約者だ。
ここは世界の中心にある大神殿。
遥か昔、空から魔神と神剣が降ってきた場所。世界を破壊し尽くした衝撃の起点となった場所。そして、今なお、数百年から数千年おきに目覚める魔神を封じた場所だ。
この大神殿では日々、聖女が祈りを捧げている。
魔神が目覚めぬように、世界が穏やかであるように……。
そんな大神殿の神殿騎士の息子として生まれた俺は、魔法と剣の才能に恵まれた。
幼い頃から大人顔負けの戦闘能力を示した俺は、同い年のエルミア……生まれたときから紋章を持つ聖女とともに育てられた。
俺たちはともに遊び、喧嘩し、仲直りし、勉強しながら大きくなっていった。
俺たちを見守っていた大人たちには感謝している。
俺とエルミアを婚約させてくれたのだから。
俺はエルミアが大好きだった。華奢だが、明るく、神殿の地下や裏の森を冒険するのが大好きな娘。
いつか森を抜けて外に広がる世界へ出て行きたいと思っていたようだが、一生をこの神殿で祈り続けながら過ごさなければならないと知ったとき……まだ7つとか8つだったのに気丈に振る舞い、そして俺の前だけで泣いた娘。
俺は死ぬ時まで守るって約束したんだ。
幼いながらに俺に任せろってカッコつけたのに、自分より先に死んではいけないって涙と鼻水でよけいにぐちゃぐちゃになった顔で怒られた。
俺にはエルミアの長い銀髪を撫で続けてやるしかできなかった。
それでも、2人一緒ならやっていけると思ってた。
それなのに、そんな俺たちの未来はあっさりと踏みつぶされた……。
こんな酷いタイミングで目覚めやがった魔神によって。
「アッハッハッハッハ、この代の聖女も美しいなぁ。あぁ、あと10日……。あと10日で我の体が目覚める。その時、貴様を喰ってやろう♪」
「なっ……」
世界中の空を真黒に染まる中で神殿中に気持ち悪い声が響き渡った……。
最悪だった。
ふざけるなよ?
そんな簡単にエルミアを渡してたまるかよ!
しかし神官たちはその声を聞いただけで諦めてしまった。
なんでだよ。
「エルミア様……すみません」
俺とエルミアの前で神殿長が地面に両手をついて悲しがっている。どうすることもできないと。
「なんでだよ!?なんで諦める!」
俺は納得できない。俺たちを踏みにじって楽しんでいるクソ魔神なんかにエルミアを渡してなるものか。
しかし、エルミアは俺に別れを告げてきた。
自分と別れて幸せになれって。
自分が生贄になれば、また数百年は平和になるからって。
目に涙をいっぱいに貯めて……。
できわけねぇだろ!
俺の伴侶はお前だ!
お前以外なんかいらない!
絶対にあきらめない。
俺はあの魔神に……
「やめなさい、ロアン。これは命令だ。下手なことをして機嫌を損ねたら何が起きるかわからないのだ」
「そうだぞ、ロアン。エルミアの覚悟を無にするつもりか?」
「もし魔神を怒らせて再び世界を破壊するようなことがあっては元も子もないのだ」
「残念だが、あきらめろ」
口々に言う神官たち。なんであっさりあきらめてんだよ!
「ふざけんな!なにすんだよ!?離せよ!?おい!」
神官たちは俺を捕らえ、地下牢に押し込めやがった。なんでだよ、ちくしょう!!!
エルミア……
「ロアン……ごめんなさい……」
そうして迎えた魔神の予言の日……。
祭壇に跪くエルミア。
その場には他に誰もいない。
神官たちは全員がこの神殿から退避した。
生贄となる聖女エルミア、ただ一人を残して。
「アハハハハ、一人取り残されちゃったかなぁ~」
そして響き渡るあの気持ちの悪い声……。
嗤いと憐れみを含んだ声……。
「私、聖女エルミアが生贄となります。私を喰らったあとは再び眠りにつかれますように……」
跪いたまま抑揚のない声を放つエルミア。
「さぁ~どうしようかなぁ~。そろそろだいぶ回復したから、ちょっとこの大陸ぐらい吹っ飛ばしても良いと思うんだよね~♪」
「なっ……」
そんなエルミアの儚い思いをあっさりと踏みにじる魔神に対して、エルミアは言葉を失います。
そんなエルミアの横に顕現した魔神。
「あれあれ~?期待しちゃった?もしかして自己犠牲ってやつ?自分が生贄になれば世界を守れるんだ~って?アハハハハ」
「そんな……」
エルミアの目からは涙が零れます。
「まぁ、どうせ死ぬんだ。その後この世界がどうなろうと~貴様には関係ない話だろぅ~っはっはっはっはっは!」
魔神はエルミアに向けて腕を……
「うらぁあぁああああ!!!!!」
ガキィーーーーン!!!!
「なっ……ロアン!!」
振り下ろそうとしたが、俺は地下牢の底で見つけた凄まじい魔力が込められた輝かしい剣で弾いた。
「おぉ?神剣を見つけてきたのかい?面白いじゃないか~」
魔神はその剣を見て嗤う。
これが神剣だったのか。
これはその昔エルミアがかくれんぼ中に見つけていたものだ。あの時は抜けなかったが、今はあっさり抜けた。
「だが、まだ力を取り戻してはいないな~?それじゃあ我の攻撃は防げぬ!」
「ぐぅ……」
魔神は魔力を投げつけてくる。
何気ない動作で打ち出されるそれは非常に早く、俺は5発目を喰らってしまう。
くそっ、こんなことで負けてたまるかよ!
俺は震える足で何とか立ち上がり、剣を振る。
頼む神剣。
俺はどうなっても構わない。どうかあのクソ魔神を倒したいんだ!
神剣の光が増す。
俺の想いに答えてくれているかのようだ。
「ダメよ、ロアン!逃げて!」
「いやだ!」
そう言いながら俺は神剣を振るう。
キィーーーン!
魔神は腕で防ぐ……くそっ、固い。
「その程度では他のせぬぞぉ~もっと想いをこめないとなぁ~」
ぐぅ……。
魔神は嗤いながら殴りつけてくる。
その一撃一撃が重い……。
神剣で受け流しても、完全には威力を逸らせず、よろめいてしまった……。
「さぁ~死んでしまうぞ?貴様もあの女もぉ!!!」
「ぐはっ……」
「ロアン!!!」
俺は魔神に蹴り上げられ、完全に無防備になったところを首を掴まれ、地面に叩きつけられた。
くそっ……。
「アッハッハッハッハ。しょうもない余興だったなぁ~。ハッハッハッハ」
クソ魔神は俺の頭を踏みつけながら俺を嘲笑う。
「お前なんか!?」
「ダメだぞぉ~矮小な人の力など、美味しくすべて喰らってやるよぉ~♪」
「ロアン!」
エルミア……くそっ、俺は……俺は……絶対にあきらめないぞ!
「うぉおおぉぉおおおお!!!」
エルミア!俺に祈ってくれ!俺はこいつを倒すんだ!!!
俺は頭を踏みつけられた状態のまま、さっきまでより強い光を帯びた神剣を魔神に突き刺した!
「おぉおおぉぉおおおお!?ダメだぞぉ~もう貴様は終わりなんだぞぉ~役割を終えた羽虫はちゃんと舞台を降りろぉ!!!!」
魔神は手に貯めた黒い魔力を叩きつけてくる。
神剣を突き刺したものの頭を踏みつけられたままの俺は避けられない。
「ロアーーーーン!!!」
「ぐあぁあああ」
どう……なった……俺の頭と体はまだくっついてるか?
「ロアン……どうか、神よ……ロアンを……」
エルミアが幼い頃の様に涙でくしゃくしゃになった顔で祈る。
すまん……そんな顔をさせて……。
くそっ……。
弱えぇな……俺は……。
結局勝てなかった。
結局よぉ……。
そこへ……
「おい!ロアンのやつまだ戦ってるぞ!」
「エルミア様は?」
「二人とも地に伏して……いや、まだ生きてる!」
みんな……
どうして?
「魔神の声が聞こえた。生贄に捧げても無意味なのであれば、生贄に捧げるなんて意味がない」
「そうだ!すまなかった、ロアン、エルミア様。私たちが恐れをなしていた」
おぉ……
「申し訳ございません。魔神を封じる役目を帯びた神殿が魔神に恐れをなして逃げるなど」
「みな、エルミア様がロアンに向けて祈った時、神剣の光が強まったのを見ただろう!」
「祈れ!ロアンと、エルミア様と、神剣に!魔神を倒すのだ!!!」
「私の願いは魔神を倒すことだ。矮小な私の力で良ければ全部持って行ってくれ!どうかエルミア様とロアンを!」
「ワシもじゃ。残り少ない命を惜しんで耄碌したワシを許してくれ。どうか、神よ!」
「ロアン!行け!」
「エルミア様!ロアン!」
神官も、神殿騎士たちも……みんな祈ってくれるのか。
ありがとう。
神剣の光が増していく……。
「うっと~し~な~。全部滅ぼしちゃうぞぉ~~」
まぶしそうに手で顔を覆う魔神。
させねぇよ!
「おぉ!光が!空だ!!!」
なんと、黒く染まった空からも無数の光が降ってくる。
全て俺の手にある神剣に。
覚悟しろよ、クソ魔神!
この俺の、神殿の、世界の怒りを!
エルミアを渡すわけねぇだろ!!!!!!!!!
俺は湧き上がる力を受けて魔神の足をどかして立ち上がり、光に慄く魔神に向けて神剣を振った。
「なっ……なに~~~~~~~~~~……………………………………」
神剣は魔神を真っ二つに割り、神剣の光が周囲を包み、魔神の姿は光の中に消えていった……。
魔神がどうなったのかはわからない。
少なくとも気持ち悪い声を響かせていたクソ魔神がいまは神殿から消え去ったことはわかる。
しかしそれが魔神の消滅を意味するのか、再び眠りについたのかはわからない。
だから俺たちは記録した。
魔神を恐れず、みなが……世界中が祈る中であれば、神剣で魔神を倒せることを。
いつかまた俺とエルミアのような悲しい想いを覚えるものをなくすために。
そして……
「エルミア……」
「ロアン……」
「ではここに、聖女エルミア様と、神殿騎士団長ロアン殿の結婚を宣言する。お二人に神のご加護があらんことを」
俺とエルミアは神殿のみんなに見守られる中、誓いの口づけをした。
泣き顔ばっかり記憶にあるけど、それは今日で最後にしような、エルミア。
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