第82話 俺と父は、考える。
「なっ!?」
「おい、どうした?」
俺が驚嘆の声を上げると、父が驚く。
俺は一瞬、父が名前を出した二人が、同時に付き合ってるカノジョの親だと言おうか迷った。
しかし、ここで言って墓穴を掘りたくないと思い、やめる。
「四輪のほうはともかく、二輪のほうが名前は知ってるだろ。
なんでそんなに驚く」
「いや、自分でもなんでか」
「お前な、嘘つくならもっとまともな嘘つけ。
顔に思いっきり嘘って出てるぞ。
なんかあるんだろ?言ってみろ」
父に追及される。
俺は、父が俺が4人で付き合ってることを知ってる可能性を感じ、意を決して告白してみることにする。
「実は、俺、静以外にも二人、カノジョがいるんだ。
そのカノジョの父親が、父さんの言った人なんだ」
俺の告白に、父がため息をつく。
「……」
「健一郎、実を言うとな、俺はお前が静以外とも同意の上で付き合ってることは、知っていたんだ。
でもまさか、その同時に付き合ってるお前のカノジョの親が、俺が決めた指導役とは、微塵も思わなかったよ」
父が天井を見上げて言う。
「同時に複数の女と付き合ってるって、もしかして静から聞いてたのか」
「ああ。それにしても、まさかまさか、だな」
父が頭を抱える。
「俺も、こんな偶然があるものかって思った。というか、言ってなくて本当にすまない」
「いや、複数人と付き合ってるのを言ってなかったことに関して、俺は別に怒ったりということはない。ただ、それを知ってるのは、現状俺たち家族とお前のカノジョたちだけ。
これが、綾瀬典史と栗栖可夢偉に知れたら、冗談抜きでただじゃ済まないぞ」
「ほんとにすまん」
俺は反射的に謝る。
「それはもういい。そんなことになった経緯も聞いてるからな。
しかし、どうするかなぁ」
父が考え込む。
俺も考えるが、出てくる方法は、一つしかない。
そう思い、俺は父に提案する。
「こうなった以上、隠しきるのは難しいと思う。俺は、もう正直に言うしかないと思う」
「だが、しかし……」
俺の提案に、難色を示す。
しかししばらく考えた父が、意を決した顔で言う。
「健一郎が言う通り、いずれはこのことは話すべきだというのは同意だ。
ただ、そのタイミングは今じゃないと俺は思う。
だから、しばらくは黙っておこうと思うし、健一郎にも黙っててもらいたい。
健一郎は、俺のこの考えはダメだと思うか?」
父が、初めて俺に苦悶の表情を見せる。
こんな顔を見ては、さすがに反対できない。
「父さんの言うことも一理あると、俺は思う。
ただ、夏休み中になんらかの拍子に、このことが露見する可能性もある。
だから、露見した時は、言わなかったことに対して謝罪して、正直に経緯なんかを話す。
それで落とし前をつけろと言われたら、俺自身が落とし前をつける。
それでどうかな?」
俺の提案に、父が苦しそうにうなづく。
「そう、だな。そのときは、すまないが頼む」
本当に苦しい表情で、父が言う。
俺はただ一言、ああ、と返す。
そのあと、綾瀬典史と栗栖可夢偉、それぞれから指導を受ける日などの説明を受ける。
「いや、泊りはなしという条件にしてたのが、不幸中の幸いか」
「確かにな」
そんな感想を言いつつ、俺と父は話し終える。
「夏休み期間の日程の変更点は、全部説明したつもりだ。
わからないことはほかにあるか?」
俺は父に訊かれ、ないと答える。
「そうか。なら、今日はここまでだ」
「わかった。じゃあ」
俺は、父の部屋を出る。
「こんなのってありかよ。
というか、俺自身、どうせすぐに別れるって思ってたら、ここまでなぜか続いたっていう大誤算もあるし、そのツケ、なのかもな」
俺は自分の部屋に帰って、そんなことを思う。
「今まで、誰かからここまで好かれたことがないし、ここまで想われたことが一切なかった。
俺は栗栖や綾瀬先輩から、『そんなことで別れない』と言われたとき、絶対に嘘だと決めつけてた。姉からの告白も、そんなの絶対ありえないって思ってた。
だから、別れる前提で今まで付き合ってきた。
でも実際は、今でも三人と、恋人関係が続いてる。これは、れっきとした事実だ。
三人が俺のことを本気で好いている。それは、付き合い始めてから今までの言動からして、恐らく本当なのだろう。
いや、ここまできたということは、三人の言うことは本気で、俺に対して真剣で、心からそう思っているのだと考えて、俺も三人の好意に真剣に向き合わないといけない、というところまで来たのだ、と考えざるを得ない。
「俺が、三人のうちの誰かの気持ちに応えることができる日は、来るのだろうか?
俺が誰かのことを、本気で愛したいって思う日は来るのだろうか?
そもそも、俺に恋愛なんてできるのか?」
俺は部屋に戻ってから寝るまで、自問自答する。
そして、俺は思う。
あんな経験をした俺が、また誰かを信じ、好きになることができるのか、と。




