第56話 俺は、姉に本気で懇願される。
(side:健一郎)
俺は無事、自宅に帰宅した。
玄関に入ると、姉が玄関に来る。
「お帰り」
靴を脱いで上がった瞬間、姉に強く抱き着かれる。
「ちゅ」
少し抱き着いた後、姉は突然、俺の首筋にキスする。
「静?」
姉に尋ねるが、姉はそれを無視して、首筋にキスし続ける。
「ふぅ」
姉はキスをやめるが、まだ俺を抱きしめ続ける。
「静?」
「次からは、ちゃんと早めに連絡して。お願い」
あと数センチでキス、という距離で姉が不安に満ちた顔で言う。
「わかった」
「うん。じゃ、リビングで待ってるから」
姉はそう言って、玄関から去る。
俺は自分の部屋に戻って、手洗いうがいをしてから着替える。
あのあと、いつもどおりに姉と食事をとり、いつものルーティンをこなした。
「ね。今日はわたしのベッドで、一緒に寝て」
姉に懇願するように言われ、おとなしくうなづき、ついていく。
姉と一緒にベッドに入ると、姉が真剣なまなざしになる。
「今日、不安でいっぱいだったんだからね」
姉が言う。
おそらく、いつもは遅くなる時はそういう連絡をしているのに、今日は忘れたことに対しての言葉だろう。
「わたし、健くんが今日こそいなくなっちゃったんじゃないかって、すっごく不安で不安で、仕方なかったんだよ」
姉が泣きそうな声と顔をする。
俺はすごく驚いて、動揺した。
姉がこんな顔をするなんて、想像すらしていなかったから。
あと、たとえ姉でも、俺に対してそんな顔を見せることは絶対ないって、思ってたから。
「本当に心が苦しくて、仕方なかったんだよ」
ベッドの中で姉が俺に抱き着き、上ずった声で気持ちを吐露する。
「健くん。今、4人でさ、付き合ってるよね?
もしもこの先、わたし以外の子と本気で付き合いたい、結婚したいって言われたら、わたしは健くんがそれを選んだってことだからって諦められる。
でもね、その後にほかの子と結婚したとしても、絶対にわたしより先に死なないで。お願い」
姉は本気で、俺に懇願していた。
ここまで言われるなんて、俺は正直思わなかった。
どうせ、この人もすぐに俺に興味なんてなくして、いろんな理由つけて関係を断とうとするって思ってるから。
でも、今日帰ってきてから姉が言った言葉はすべて、姉が本気で心の底から思ってて言っているようにしか、聞こえないし思えない。
それでも俺は、姉のさっきの本気の言葉すら、演技ないし嘘であるという疑念を、捨てきれない。
「わかってる。今日はすまなかった」
「本気で取り乱したんだからね?次からはちゃんと連絡して。約束して」
「ああ、約束する」
「うん、ありがとう」
姉が俺の手を恋人つなぎで握って、満面の笑みを見せる。
そして俺は困惑する。
今俺が持っている、この人は信用してもいい、という直感と、それでも疑うべきだ、という考えの、どちらを選ぶべきかという選択に対しての迷いに、どうするべきか。
一方の姉は、そんなことを考えている俺に、唇でキスをする。
少しの間キスをした姉は、安心しきった顔をする。
「健くん、寝よ」
姉が俺に抱き着いたまま、少し潤んだ目で言う
「わかった」
俺が答えると、姉が電気をリモコンで消す。
「おやすみ」
電気を消すと、姉は目をつむる。
俺は、ふと思う。
俺以外の男だと、姉みたいな美女に抱き着かれながら眠るってのは、役得とか思うのだろうか?と。
そんなことを思いながら、俺は姉と一緒に眠る。




