おかしな魔物
アナスタシアは辟易していた。毎日のように届く顔も知らない男達からの恋文にだ。
彼らは愛し子と縁を結びたくて必死なのだ。リルとリアは王族の養子だし、ハルキは既婚だ。アナスタシアは王家が後見しているだけで身分的には平民なので、気軽に接触をはかれるのがアナスタシアしか居ないため集中攻撃を受けていた。彼らの方もアナスタシアの顔さえ知らないものがほとんどだろう。王家より直々に返事は返さなくていいと言われたのでそれだけが救いだ。
イアンはアナスタシアのウンザリした様子を見て同情した。養子になるのを勧めるべきだったかと少し後悔していた。
手紙を確認して前庭に戻ると、新しく拠点に来た騎士が何やら奮闘していた。
グロリアの代わりに新しく拠点にやってきた騎士は、まだ若い短い金髪の女性だった。名前をキンバリー・ソーンといって貴重な『結界』のスキルを持つ守り特化の騎士だった。ジャスティンの持つ『守護者』のスキルには及ばないが、リル達の守りとして拠点に配属された。
ジャスティンの持つ『守護者』は物理的ダメージだけでなく薬物などからも対象を確実に守れる代わりに、三人までという人数制限がある。キンバリーの持つ結界のスキルは、結界自体の強度に限界はあるが結界内にいる人間を人数問わず守れるというものだ。
今では護衛が二人体制になって、リル達も少し自由に動けるようになった。
キンバリーは結界を張って神獣達からの攻撃を受けていた。どうやら結界の強度の検証をしているようだ。
リル達はキンバリーを応援している。やがてクマの全力の攻撃を受けて、結界は破られた。
リル達は拍手した。クマはとても強い。その攻撃を数分とはいえ耐えきったのだ。護衛としては十分だろう。
キンバリーは少し凹んでいた。汗をかいて悔しそうにするキンバリーに、クマが手を差し出す。
『いい勝負だったわ、ここまで固いと思わなかった』
リルが通訳すると、キンバリーは手を握り返す。
「私もまさか破られるとは思っていませんでした。神獣がこれほど強いなんて……流石です」
キンバリーは真面目だった。いっそ真面目すぎるくらいに。だからリル達はこの検証を提案したのだ。キンバリーにも早く神獣達と打ち解けて欲しかった。
上手くいったようでリル達はホッとした。
「もう、そういう楽しそうなのは私がいる時にやってよー!」
乗り遅れたアナスタシアが不満を口にすると、小さな神獣達がもう一度挑戦したがった。キンバリーは神獣達の希望に応えて、もう一度結界を作ってやる。今度はクマは見守ることにしたようだった。
比較的負けず嫌いな性格の神獣達が再度挑戦するも、結界は破れなかった。みんな悔しそうに地面に寝転がって息を切らしている。
キンバリーも疲弊しているようだった。
リルが今日はもうお終いと言うと、みんなあったかスポットでくつろぎ出す。
「そういえば、クマさんは一匹でどうしてここに来たの?今日はお休み?」
クマには森の見回りという大事な役目がある。そうそう拠点に来ることは無い。リルは不思議に思って聞いてみた。
『そうだ、忘れるところだったよ。森におかしな魔物がいたのよ。だから報告しておこうと思って』
リルは目を見開いた。活動期はもう終わった。それなのにおかしな魔物がいたとはどういう事だろう。
『見た目は普通の魔物なんだけど、やたらと凶暴でね。倒してみたら内臓がかなり臭いんだ。とても食べられたもんじゃない』
リルはクマの言葉を通訳した。リアが難しい顔をしてクマに問う。
「その魔物、持ってこられる?一応専門家に調べてもらおう」
もう持ってきているよとクマは森に入って一匹の魔物を担いできた。近づいた途端臭いと叫んで神獣達が逃げてゆく。クマは地面に魔物を置いた。リアは魔物の死体を調べだした。
「見た目は普通の魔物だね。凶暴だったって言ったけど、死体からは分からないよ。それに匂いも、私にはわからない」
リル達も近づいて確認してみるが、神獣達が言うほど臭いとは思わなかった。
「やっぱり研究機関で調べてもらった方が良いね。もしかしたら活動期の時の残党が残っていたのかもしれないし」
魔物の凶暴化について研究をしている学者さんが居たはずだ。リアは早速連絡を取ることにした。
『はやくそれどっかやってよ!臭いよ!』
神獣達が遠くで喚いている。そんなに臭いのかとリルは首を傾げた。一先ず死体を倉庫に片付けて、神獣達に聞いてみる。
「どんな風に臭いの?」
『うーん、なんか腐ったみたいな?』
『葉っぱみたいな匂いがしたよ』
腐った葉っぱとは、何か変な草でも食べたのだろうかとリルは首を傾げた。不思議なことに体が小さい子ほど嫌な匂いに感じたようだ。
なにかおかしなことの前兆でないといいなと、リルは思った。
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