番外編 sideマロン
僕が初めてリルに会った時。リルは指先を壁に擦り付けて絵を描いていた。
その子の置かれた境遇を知って、人間は酷いことをするもんだと思ったものだった。
僕にも沢山兄弟がいる。二人一緒に生まれたからなんだっていうんだ。命とはそういうものだろう?
嘆いていたらリルに話しかけられた。この地下牢でリルとお話ししてあげられるのは僕だけだ。僕はリルが可哀想で、そこに留まることにしたんだ。言葉を流暢に伝えられるようになるまで練習が必要だったが、その過程はなかなかに楽しかった。
リルが森に捨てられた日、僕は間に合わなかった。
再会した時のリルの変わりようは忘れられない。綺麗に切りそろえられた髪に清潔な服、いつもなんの光も映さなかった瞳がキラキラ輝いていてとても幸せそうだった。
役立たずの僕よりもずっと強い守役がいて、大切にされていた。
それがどれほど嬉しかったか、リルにはきっとわからないだろう。
『リル、どうしたんだい?』
リルが本を片手にうんうん唸っている。
「ここがよく分からないの」
それは語学の教材だった。はっきり言って僕もさっぱり分からない。
リルの為に一生懸命言葉が伝わるように練習したけど、もともとネズミは『通訳者』にも仲間にも多くの言葉を伝えられる種族ではないんだ。
こんな時はもっと賢い種族だったら良かったのにと思う。
「お姉ちゃんに聞きに行こう!」
そう言うリルの肩に飛び乗ると、リルはリアの元に駆け出していった。
リアはあの屋敷にいた時から優しい子だった。最初は酷い姉だと思っていたけど、違ったんだ。
リアは一日のほとんどを勉強するように強制されていた。勉強して、貴族らしく容姿を磨いて、眠って。その繰り返しの毎日だった。休みなんて一日もない。それは教育熱心なのか、虐待なのか、僕は虐待だと思う。
そんな辛い環境でも僕にクッキーを分けてくれた優しい子だ。
「お姉ちゃんここ教えて!」
リルがリアを見つけて突進している。リアは毎回危なげなくリルを抱きとめる。慣れているのだろう。小さな僕にはできないことだから、少し羨ましい。
「それは諺みたいなやつだよ。馬の耳に念仏みたいな意味。それよりクッキーが焼けたからお茶にしない?」
リルは大好物のボックスクッキーをみて大喜びしていた。
僕もリアのつくるクッキーは大好きだ。リアは僕達のように小さい神獣が食べやすいように小さいクッキーも焼いてくれる。簡単に大量生産できるのがボックスクッキーだからと、なんでもないように笑っていたけれど、大変な作業だと僕は思う。
この優しい姉妹に幸せになってほしい。僕の願いはそれだけだ。
旅に出て冒険して世界を知りたいと思っていた。でも冒険なんかより大事なものが出来てしまったんだ。
自由を制限されるのなんて大嫌いだったはずなのに、この傷を癒すための優しい箱庭に一緒に閉じ込められていたいと願ってしまった。
そんな僕は誰より幸せなネズミだと思う。
番外編希望が多かったので書きました。他の子達の視点も書く予定です。
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