31.お父さんの出張
その日、リルはイアンに呼び止められた。
「なあに?お父さん」
「悪いがお城に行かなきゃいけなくなったんだ。数日留守にするから、他のみんなとお留守番しててくれ」
リルはそういえばお父さんは王子様だったと思い出した。
「何しに行くの?」
「今度国王が退位して一番上の兄上が王位を継ぐんだ。それで即位式があってな」
イアンはリルが心配だったが、流石に王子が即位式を欠席する訳には行かなかった。
父である王には持病がある。『治癒』のスキル持ちであるイアンにも治すことの出来なかった病気だ。なので早々に兄に王位を譲ることにしたのである。
父には孫娘を連れてこいと言われたが、それだけは断固阻止した。
万が一、死んだことになっている隣国の聖女の顔を知っているものがいたら問題になるからだ。もう少し成長するまで王城には連れて行けない。
それにリルにはまだ言えないが、即位式以外にも用事がある。それはリアに会うことだ。今後のことについて話し合いがされる予定であった。
「どれ位で帰ってくる?」
リルは不安そうにしている。
「四日ほどで帰れるよ、三日後には新国王の即位で街でお祭りがあるからみんなで行くといい」
お祭りと聞いてリルは喜んだ。イアンは行けないが、これで寂しい思いをさせずに済むだろう。イアンは面倒な即位式が終わったら最速で拠点に帰る予定でいる。パーティーもあるが欠席するつもりだ。
リル達に見送られ、イアンはルイスと共に拠点を出発した。
イアンがいなくなって、リルは少し寂しかった。他の騎士たちも神獣たちもいるが、やっぱりイアンはリルの特別だった。四日間も離れるのは初めてで落ち着かない。
『大丈夫さ、リル。四日なんてすぐだよ、みんなで遊んでたらあっという間さ』
マロンが慰めてくれる。リルはしっかりしないとと思い直した。
いい子でお留守番が出来たらきっと沢山褒めてもらえるだろう。帰ってくるまでに何か新しいことに挑戦してみようか。そうしてお父さんを驚かせようとリルは考えた。
何をしたらいいだろうか、リルは一生懸命考えた。しばらく悩んで編み物はどうだろうと思いついた。マフラーくらいならリルでも作れるのではないだろうか。
リルはロザリンに相談してみることにした。
「マフラーを作りたいの?それならいい物があるわ」
そう言って、部屋から沢山の棒がついた穴の空いた板を持ってきた。『みちるちゃん』の記憶ではリリアンと呼ばれていた編み機だ。
ロザリンはやり方を教えてくれた。ロザリンも隣で一緒に何かを作りながら丁寧に教えてくれる。これならイアンが帰るまでに間に合うだろう。
リルは失敗しないように慎重に編んでいく。少し休憩しようと隣を見たら、ロザリンが毛糸でできた綿入りのボールを量産していた。ボールの大きさがそれぞれ違っていて不思議だ。何に使うのだろう。
じっと見ていたら神獣たちにプレゼントだと教えてくれた。なるほど毛糸でもおもちゃは作れるのかとリルは感心した。
リビングの暖炉の前で火にあたりながら頑張っていると、みんな集まってくる。
暖炉はここにしかないので騎士たちはよくこの部屋にいる。他の部屋はすべて魔道具で温めているのだ。でもやっぱり暖炉の方が風情があっていい。
編み物をしているリル達を見て、みんなも何か作り始める。メイナードは木を彫って木像を、マーティンは絵を、グロリアはドライフラワーでポプリをそれぞれ作っていた。
ヘイデンは何故か暖炉でお肉を煮込んでいる。美味しそうな匂いがしてお腹がすいた。
一方その頃イアンは、王都に到着していた。正門に到着するなり周りを護衛の騎士に囲まれ王都内に入る。スキルのおかげで基本護衛が要らないリヴィアンが羨ましかった。
ルイスを連れているとすぐ王族だとバレるから。周りの視線に落ち着かない。
特に今は即位式が近いから、やたらと手を振られる。にこやかに微笑んで手を振り返すのはイアンには苦行だった。リヴィアンは良くもああ自然に振る舞えるなと思う。
早く拠点に帰りたいとイアンはため息をついた。
目的の屋敷に到着するとマーリンが迎えてくれた。騎士たちは下がり、ここからはやっと1人だ。兄の待つ部屋にマーリンが誘導してくれる。ルイスはマーリンとなにやら話しているようだが、リルがいないと内容が分からなくて残念に思う。
案内された部屋に入ると、二番目の兄と銀色の短い髪の少女がいた。
「やあ、いらっしゃい、王都に来るのは久々で大変だっただろう」
イアンはリヴィアンのからかい混じりのセリフに少々苛立った。兄はいつもこうだと不貞腐れそうになる。そうするとまたからかわれるので必死に表情を取り繕う。
イアンは隣の少女に視線を移す。
「本日は御足労いただき有難うございます。ミレイユ・アダムス改めリアと申します」
少女は綺麗にカーテシーをした。スカートは嫌いだと聞いていたが、今日はドレスを纏っている。
こうして見ると、双子なのにリルとはだいぶ雰囲気が違う。リルより背も高く健康的な体型をしているため、双子というより姉妹に見えるだろう。礼儀正しい所はよく似ているが、目の前の少女の方が洗練されている。育ちの良い貴族令嬢といった感じだ。まあ、実際そうだったのだから当たり前だが。
「はじめまして、リア。リルの父親になったイアン・ウィルソンだ」
イアンはなぜだかとても緊張した。リアはじっとイアンを観察している。なるほどこれが『真実の目』の持ち主かと納得してしまった。
「リルは元気にしていますか?」
「ああ、拠点で毎日楽しそうに神獣たちと戯れている。最近は体力が付いてきて、外を駆け回っているよ」
リアはホッとしたように笑った。笑い方ひとつとってもリルとは全く違う。なんというか子供らしくなかった。
彼女も幼い頃から神童と呼ばれ、持て囃されていたと聞く。相当苦労してきたのでは無いだろうか。
「イアン、僕の言っていた意味が分かっただろう?こんなに手のかからない子供は他にいないよ」
確かに彼女は完成されすぎている。リヴィアンが困ったのも道理だろうとイアンは思った。
「手がかからないのなら良いではありませんか」
リアは皮肉げに言った。しかし機嫌を損ねた様子は無い。言われ慣れているのだろう。
イアンはリアの為にもこの後の話し合いが上手くいくように祈った。
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