暴漢
王族専用のテラスは王族か許しをもらったものしか入れない。
アナスタシアはおもいっきり背を伸ばして疲れを追い払おうとする。早くマロン達が証拠を見つけてくれないかと思っていた。
「ちょっと国王に呼ばれたんで行ってくるよ。ここは安全だから待ってろ」
ジャスティンが伯父である国王に呼ばれたので席を外した。嬉しい知らせだったらいいなとアナスタシアは思う。
「飲み物取ってくるよ、ここから出なければ大丈夫だと思うから、もし何かあったらイヤリングを投げるんだよ」
ハルキが疲労困憊のアナスタシアを気遣って飲み物を取りに行ってくれた。
相槌を打ちすぎて喉が渇いていたので有難い。アナスタシアはテラスに置いてあった椅子に腰掛けると、二人の帰りを待った。
「ああ、愛し子様、こんな所にいらしたのですか?」
疲れから来る眠気を堪えながらしばらく待っていると、聞き覚えのない声がして隣に誰か座った。
どうやら酔っぱらいのようだ。ここは王族専用のテラスだ。許可のない立ち入りは禁じられているが、それが分からないくらい正体を無くしているのだろう。
「ここは王族専用のテラスです、すぐに出ていってください」
アナスタシアが言うと、男は大口を開けて笑った。
「僕は貴方の夫になるのですよ。ならここに立ち入っても問題ないはずだ」
男の反論は滅茶苦茶だった。言いながらアナスタシアに手を伸ばしてくる。アナスタシアはその手をはらいながら言う。
「私はあなたと結婚するつもりはありません」
そう言うと男はヘラヘラと笑って言う。
「わかっていませんね、あなたの意思など関係ないんですよ。既成事実さえ作ってしまえば貴方は私の所へ嫁ぐしかなくなるのだから」
男は笑いながらアナスタシアの手を強く掴む。男はどうやら本気のようだ。アナスタシアは震えた。目の前の男を心底気持ち悪いと思う。
アナスタシアは男の手を振り払おうとするが、力が強すぎて振り払えない。
どうしてこんな時にジャスティンは居ないのか、いや、居ないと知ったからこそ男はここに来たのかもしれない。
アナスタシアはのしかかってくる男の股間を膝で思い切り打った。
呻き声を上げて悶絶する男の拘束から抜け出すと、会場の方へ逃げようとする。
男は怒り顔でアナスタシアを追いかけてきた
その時アナスタシアは思い出した、ハルキがこんな時のために魔道具を作ってくれていた。耳からイヤリングを引きちぎるように取ると、男に投げつける。
その瞬間耳を劈くような爆音がして男は吹っ飛んでいった。テラスを超えて階下の池に落ちた男は、巡回をしていた騎士に助けられている。
アナスタシアはその威力に青ざめた。
音が聞こえたのだろう、ジャスティンとハルキが走ってテラスにやって来た。
何があったのか聞かれたので正直に答えると、ジャスティンに頭を撫でられる。
「悪かった。そばを離れて……怖かっただろう?もう大丈夫だ」
アナスタシアは心底申し訳なさそうな顔をするジャスティンに、大丈夫だと笑った。
「ごめん、アナスタシア。俺が不用意に離れたばっかりに、怖い思いをさせた」
ハルキは手に持った飲み物の一つをアナスタシアに渡しながら謝罪する。
アナスタシアは一気に飲み物をあおると笑った。
「いえいえ、ハルキさんのおかげで助かりました!すごい吹っ飛んでいくんだもん、ビックリしちゃった」
「役に立ってよかったよ、非力な女子供用の防犯魔道具だから、簡単だっただろ?」
ジャスティンはこの威力では死人が出かねないのではと思ったが、ハルキ的には暴漢には当然の報いらしい。愛し子が絡むと過激すぎるハルキにジャスティンはため息をついた。
魔道具を使うことにはならないと思っていたのに、結局使わせてしまった。アナスタシアは笑っているが、とても怖かっただろう。国王に呼ばれたからといって席を外すのでは無かったと、ジャスティンは後悔する。
「アナスタシア、今日の任務は終わりだ。ネズミ部隊が、屋敷に立ち入り調査ができるだけの証拠を手に入れてきてくれたらしい。これから大捕物が始まるから、ここで見物しよう」
王に言われたことをそのまま伝えると、アナスタシアは喜んだ。普通、女性は捕物を嬉々として見物しようとしないものだが、アナスタシアは違うようだった。カーテンの隙間から階下のホールを見下ろしてハルキと楽しそうに話している。
もう先程のことは気にしていないらしい。ジャスティンはアナスタシアの切り替えの速さに少しホッとした。
暴漢に襲われた記憶なんて、忘れられるなら忘れた方がいいだろう。