舞踏会開始
舞踏会の会場では、アナスタシアとジャスティン、そしてハルキが舞踏会の開始を待っていた。三人の役目はマロン達が証拠を確保し、騎士達が会場に乗り込んでくるまでの時間稼ぎだ。
今回の舞踏会は愛し子が二人もやってくるというだけあって、即位式などの大きな行事を除いては過去最大の参加人数らしい。
そもそもこの国は王宮主催の舞踏会があまり無いらしく、それが開催されるだけで人が集まるようだ。
アナスタシアは特定の人しか入れない上階の待合室のカーテンの隙間から、すでに下級貴族が入場している会場を見た。
「貴族ってこんなに沢山いるんだね」
アナスタシアの言葉にハルキは笑う。
「愛し子の見合いと聞いて地方からも駆けつけてきているらしいからね。大人気だな」
「嬉しくない……」
アナスタシアは顔を顰めてハルキを見た。アナスタシアの本気で嫌そうな顔にハルキはさらに笑う。
「安心しなよ、これを提案したリヴィアン殿下は後でとっちめておくからさ」
ハルキは一体リヴィアンをどうするつもりなのだろうか。ジャスティンは父の今後が少し心配になった。
だが守るべき愛し子を囮にするような提案をしたのは父なのだ。少しぐらい罰があってもいいだろうとジャスティンは考え直す。
ハルキなら加減を間違えることは無いだろう……多分。
雑談をしていると、あっという間に入場時間になった。ここからアナスタシアは淑女の仮面を被らなければならない。綺麗なドレスを着られるのは嬉しいが、貴族的な対応はどうにも上手くやれる気がしなかった。
何かあったらパートナーのジャスティンに丸投げしようと思っている。
とりあえず教えられたとおりにジャスティンの腕をとって入場すると、会場中の視線がアナスタシアに集中するのが分かる。
アナスタシアが身を固くすると、ジャスティンが小声で言った。
「俯くなよ、前向いて笑ってろ。じゃないと舐められるぞ」
それが出来れば最初から苦労は無いのである。アナスタシアは引きつった笑顔でホールの中央を歩いた。
舞踏会の始まりは主催のダンスからだ。この場合は主役のアナスタシアとパートナーのジャスティンからである。
途中で立ち止まると礼をして音楽が始まるのを待つ。アナスタシアはすでにいっぱいいっぱいだった。
「落ち着け、練習通りにやれば大丈夫だから」
その練習で失敗しまくっていたのだが、大丈夫なのだろうかとアナスタシアは思う。
音楽が始まると、二人で踊り出す。まだ少し後遺症の残る足をかばいながらなんとかジャスティンのリードについていった。
音楽が終わった途端、アナスタシアはガッツポーズしてしまいそうになった。ジャスティンの足を一度も踏まなかったのだ。ジャスティンも驚いている。
二人がホールから抜けると、他の貴族達も思い思いに踊り出した。
一先ず第一段階はクリアである。
アナスタシアが会場の隅で飲み物を飲んでいると、歳の近そうな青年達がダンスに誘いにやってきた。
「申し訳ないのですが足が悪くて、これ以上は踊れそうにありません」
そう言うと、青年のひとりが椅子を勧めてくれる。
今まで経験したことの無いお姫様待遇に、アナスタシアは喜んでいいのかわからなかった。青年達は次々にアナスタシアに面白い話をしてくれる。いつの間にか他の青年達も集まってきて、会場の一角は逆ハーレムのようになっていた。
彼らなりにアプローチしてくれているのだろうが、アナスタシアは多すぎて名前すら覚えられなかった。動物の名前ならすぐに覚えられるのにと独りごちる。
青年達はそばに控えているジャスティンとハルキを邪魔に感じているようだった。
アナスタシアをどこかに連れていこうと声をかける度、二人に邪魔されるからだ。
「ハルキ様はよろしいのですか?貴方とお話したい方は沢山いると思うのですが」
青年の一人が言うと、ハルキは笑顔で返す。
「今日はアナスタシアの付き添いで来ましたので、そばを離れるつもりはありませんよ」
青年は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。大方、社交界慣れしていないアナスタシアならどうとでも出来ると思っているのだろうが、ハルキとジャスティンが居るなら話は別である。正攻法で口説かなければならない。
集まった青年達は苦心していた。何とか周りを出し抜こうと必死だ。
その必死さにアナスタシアの方が疲れてしまった。そもそも数十人対一人の会話が成り立つはずもなく、数人ずつ分けてきてくれないかなと考える。
アナスタシアの疲れを察知したハルキは、一度テラスで風に当たらないかと提案した。喜んで提案をのむと、ジャスティンが王族専用のテラスに案内してくれる。アナスタシアはやっと解放されたと息を吐いた。