舞踏会に向けて
三曲も踊るとアナスタシアの足も限界になった。定期的にイアンが治療を施しているが、まだ怪我の後遺症は残っているのだ。
舞踏会なので最初に主催が踊らなければならないが、最初の一曲以外は足の怪我を理由に断ろうとイアンに提案された。
それでも一曲は踊らなければならないのかとアナスタシアとジャスティンは絶望した。
もういっそ子供にするように持ち上げて踊った方が楽なのではと、足を踏まれすぎたジャスティンは思った。
「ごめんねジャスティン、せめて足を踏まないように頑張るから」
アナスタシアが目を合わせずにジャスティンに謝罪した。反省はしているができる気がしないのだろう。
まあしょうがないかとジャスティンはため息をついた。舞踏会当日も靴にこっそり金属板を仕込もうと決める。
その後も舞踏会でのマナーを徹底的に叩き込んだジャスティンだったが、どれも結果は芳しくなかった。
アナスタシアは社交場に出るには徹底的に向いていなかったのだ。淑女には程遠い。
「まあ、本当に見合いするわけじゃないんだからいいんじゃないかな?ほら、淑女に見えない方が舞踏会後に届くラブレターも減るかもしれないし!」
アナスタシアは何処までもポジティブだ。悪く言えば大雑把がすぎる。周りの目を気にしない呑気なところは、王族として教育されて育ったジャスティンには羨ましく思えた。
「アナスタシア!見てみて!ロザリンがドレスのデザイン画描いてくれたよ!」
唐突に扉が開いてリルが飛び込んできた。後ろからリアとハルキもついてくる。
「ねえねえ、どれにする?絶対どれも似合うよ!」
リルがデザイン画をテーブルに並べると、アナスタシアは感動していた。
「すごい可愛い!こんな可愛いの、私に似合うかな?」
「似合う似合う、ロザリンの審美眼を信じなさい。それから俺からはこれな」
ハルキが持っていた箱をテーブルの上に置くと、蓋を開けた。
そこに入っていたのは一揃えのジュエリーだった。どうやらジャスティンの分もある様だ。
「俺にもですか?」
ジャスティンが訝しく思って問うと、ハルキは晴れやかに笑って言った。
「これ、防犯機能付きだから。舞踏会なんて何があるかわからないでしょ?安全のために身につけて。ネックレスはシールドで、指輪は何かあったら相手に投げて」
ハルキは舞踏会を一体なんだと思っているのかと、ジャスティンとイアンは頭を抱えた。
どうやらレイズ王国での事が尾を引いているらしい、貴族に対して猜疑心が強すぎるようだ。それにハルキは仲間意識が強いというか、愛し子が絡むといつも過激だった。
そのアクセサリーは本当に大丈夫なのだろうかとジャスティンはいささか不安になったが、身につけるだけで使わなければいいのだと思い直す。どうせ必要になることも無いだろう。
二人の心配を他所にアナスタシアは喜んでいた。早速指輪をはめてみている。
「アクセサリーが似合うデザインを選ばなきゃね」
リアがいくつかのデザイン画を指してこれはどうかと提案している。琥珀がテーブルに前足をかけてデザイン画を眺めながら言った。
『アナスタシアにはちょっと派手じゃない?若いんだからもっと可憐なイメージがいいと思うわ』
リルが通訳するとああでもないこうでもないと大騒ぎだ。
こうなると男性陣はお役御免になる。ドレス選びは女性陣に任せて雑談に興じた。マロンもこちらにやって来て、ナツとタッキーとたぬたぬと何やら話しているようだった。
「当日はリルとリアはマロン達の通訳に行くんでしょう?危険の無いようにして下さいよ」
当日は拠点に残ることになっているハルキが、イアンに言う。
「もちろんだ、基本馬車の中で待機だから問題無いだろう。信用のできる騎士に護衛もさせるつもりだ」
ハルキは心配で仕方の無い様子だった。
ネズミの先遣部隊が有力な情報を入手して、事態が早く片付くことを願っていた。ハルキとしては今回の件はリルの能力を良いように利用されているような気がしてあまり気分が良くなかった。後で作戦を提案したリヴィアンにねちねち文句を言ってやろうと思っていたのだ。
協力するのは神獣達からの提案でもあったため、作戦を止めることまではしなかったが、何かあれば使える権力は全て使うつもりだった。
同胞が絡むとどんなに過激な事でもやってのけるのがハルキである。
やがてドレスが決まってアナスタシア達がロザリンの元に走ってゆく。アナスタシアのエスコートをするジャスティンも一緒に連れていかれた。
イアンとハルキは当日何事もなく終わることを願って語り合うのだった。




