おかあさんやすめ
トオルとカケルの兄弟は、熱を出してしばらく小学校を休みました。二人がすっかり元気になった土曜日のことです。いつもなら、朝だれよりも早くいちばんに起きるママが、いつまでたっても起きてきません。様子を見に行ったパパが、あわてて体温計を取って来ました。ピピッと体温計が鳴って、体温を確認してみると、なんと三十八度五分もあります。
「大変だ!ママが熱を出したぞ。」
パパが驚いています。
「朝ごはん、まだ?お腹すいたよ。」
と、そうとは知らないカケルは、のんきに言いました。
「ママの調子が悪いんだ。パパが作るよ。」
パパが作ってくれた料理はトーストに目玉焼きでした。黄みがとろっとして、白身のはしっこがかりっとしていて、おいしかったのです。
「こんなにおいしいのに、ママは目玉焼き、ぜんぜん作らないね。」
トオルが言うと、
「ママは『おかあさんやすめ』の料理は作らないようにしてるからね。」
と、パパが言いました。
「『おかあさんやすめ』って、何?」
トオルが聞きました。
「『お』はオムライス、『か』はカレーライス、『あ』はアイスクリーム、『さん』はサンドイッチ、『や』は焼きそば、『す』はスパゲティ、『め』は目玉焼きで、『おかあさんやすめ』さ。」
「そういえば、カレーライスも焼きそばも、学校では食べるけど、家では食べたことがほとんどないよ。」
「どれもおいしいのにね。」
「ママは『やわらかすぎてかまなかったり、栄養が片寄るから』って言うんだけど、どうなんだろう。パパは本当は作ってもらいたいんだけどね。」
「ぼくも食べたい。」
と、カケルが言いました。
「そういえば、カレーの作り方は家庭科の教科書にのってたよ。サンドイッチも。よく考えたら『おかあさんやすめ』の料理はどれも、ぼくにだって作れそうだね。」
トオルが言うと、
「ぼくもやりたい。」
と、カケルがはしゃいで言いました。
「よし、それなら今日はママには休んでもらって、三人でご飯を作ろう。」
そんなわけで、三人は買い出しに行って、お昼にはカレーライスを作ることにしました。
お店に行く前に、みんなで何を買うか相談しました。三人は、ママが料理するときの口ぐせになっている『まごわやさしい』の食材をなるだけ使うように話し合いました。『ま』はマメ、『ご』はゴマ、『わ』はワカメなどの海藻、『や』は野菜、『さ』は魚、『し』はシイタケなどのキノコ、『い』はイモのことです。全部食べると栄養のバランスが良くて、体にも良いのだそうです。
「カレーライスには何をいれる?」
「ジャガイモ、ニンジン、タマネギかな。」
「ママがいつも気にしてる『まごわやさしい』の材料がほとんど使えないなあ。『や』のやさいと『い』のいもだけか。」
パパが言いました。
「それなら、付け合わせに海藻サラダをつくったらどう?ワカメとレタス、それに枝豆もまぜて、ごまドレッシングをかけたら、まめ、ごま、わかめ、やさいで、『まごわや』まで使えるよ。」
トオルが提案すると、パパが手を打って言いました。
「それなら、カレーはシメジを入れたらどうだい。『し』のしいたけの仲間のきのこだ。」
「いい考えだね。やってみよう。」
トオルはニコニコして言いました。
そんなわけで、買い物へ行って三人で作ったカレーをお昼ごはんに食べることになりました。ママはまだ熱があって食欲がないので、パパが作ったネギと卵入りのおかゆを食べました。
夜ご飯は、オムライスです。シーチキンと、タマネギ、ニンジン、ピーマン、シイタケのみじん切りを胡麻油でいためて、ごはんを加えます。ケチャップで味付けしてお皿に盛ったら、今度はときほぐした卵をフライパンに流して、薄く焼きます。全体が固まったら、お皿に盛ったケチャップごはんの上にのせて出来上がり。ワカメと缶詰のコーンと枝豆の残りでコンソメ味のスープも作りました。
トオルもカケルも、大満足でした。
ママは、ごはんとスープだけ口にして、またすぐに眠ってしまいました。
トオルもカケルも心配でした。
パパは、
「大丈夫だよ。しっかり寝て、明日になれば熱も下がってくるさ。」
と、自分に言い聞かせるように言ったのでした。
次の日の朝は、サンドイッチを作りました。食パンにハムとレタスをはさんだもの、マヨネーズであえたシーチキンとゴマをはさんだものです。粉末のコーンスープのもとに乾燥ワカメをひとつまみ入れて、お湯をじゃぼじゃぼ注いだら、ワカメとコーンのスープの出来上がり。
「『き』のキノコと『ま』のマメがないよ。」
トオルが言うと、
「『まごわやさしい』を全部そろえるのは、大変だね。」
と、トオルも言いました。
ママの熱は、まだ三十七度八分もあったけど、コーンスープとサンドイッチをおいしそうに食べてくれました。
「トオルとカケルとパパがこんなにお料理をがんばってくれて、本当に嬉しいわ。ありがとう。」
ママはなんだかなみだ目です。まだ熱が高いからかもしれないと、トオルは思いました。そこで、トオルとカケル、パパとで相談して、ママには今日もゆっくり休んでもらうことにしました。ママは何度も「ありがとう」を繰り返しました。
昼ごはんは焼きそばにしました。ホットプレートを出して、食卓の上で作ります。トオルがピーマンとキャベツとニンジン、シイタケを切って、カケルがごま油でいためました。それから、モヤシと牛肉もいっしょにいためました。火が通ったらめんもいためます。調味料は塩とこしょうで、塩焼きそばにします。お皿に盛り付けて、小さくちぎったノリとかつおぶしをふりかけて、さあ、いただきます。今日はママの食欲ももどってきて、焼きそばを食べることができました。
3時のおやつには、バニラアイスクリームを食べました。なかなか食べられない特別なお菓子です。トオルもカケルも、パパもママも、ペロリと食べました。
「夕ごはんはどうする?」
「『おかあさんやすめ』のスパゲティはまだ作ってないね。」
「じゃあ、スパゲティにしよう。」
ミートソーススパゲティを作ることにしました。まず、スパゲティのパスタを熱湯でゆでておきます。パパがタマネギをみじん切りにしました。そのようすをのぞいていたら、トオルもカケルも、みるみる涙があふれてきて、大変でした。それから、タマネギのみじん切りをいためて、あめ色になったらひき肉もいっしょにいためました。お肉の色がかわったら、トマトの缶詰を入れます。ケチャップと塩で味付けして、トマトソースを作ります。ゆでたパスタをお皿に盛り付けて、トマトソースをかけたら、出来上がり。付け合わせに、レタスとキュウリでサラダを作って、ごまドレッシングをかけました。
四人とも、お腹いっぱい食べました。
「ぼくたち、けっこう料理ができるね!」
トオルもカケルも、すっかり料理が得意になった気分です。パパが後片付けしながら言いました。
「ふたりとも、りっぱな料理人だな。片付けも手伝ってくれよ。」
その夜、寝る前のことです。
「朝もお昼も夜もお米を食べてないよ。ぼく、明日はお米を食べたいよ。」
カケルがまゆ毛を八の字にして言いました。実は、トオルも同じ事を考えていたのです。
「ぼくもだよ。」
その夜トオルは、おちゃわんに山盛りのごはんを、お腹いっぱい食べる夢を見ました。
次の朝、ママはすっかり元気になっていました。
「みんなのおかげで、熱も下がって元気になったわ。お腹がすいて、ペコペコよ。さあ、朝ごはんにしましょう。」
テーブルには、おにぎりにみそ汁、サケの塩焼きにダイコンのつけものがならんでいました。
「これが食べたかったんだよ。ママ、ありがとう!」
カケルが食卓に並んだ朝ごはんを見て言いました。
「『おかあさんやすめ』た?」
トオルが聞くと、ママは、
しばらく目をパチパチさせていましたが、
「しっかり休めたわ。ありがとう。また、休ませてね。」
と、ウィンクして言いました。
トオルとカケルとパパは、勝利のハイタッチをしました。
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